=14(追補) ドワーフ
亜人族と言えば、エルフ、ダークエルフ、蜥蜴人、それにドワーフの四種族がまず挙げられる。
もちろん、ハーフリング、犬人、虫人に魚人、また有翼族や他の獣人などもいるのだが、気位の高さについては先の四者が抜けている。その理由は単純だ――四竜の庇護、もしくは加護を受けているからだ。
四竜とは、空竜ジズ、土竜ゴライアス、水竜レビヤタン、火竜サラマンドラで、このうち第六魔王国と何かと縁のあるゴライアス様については血反吐共々、すでによくご存知であろう。
事実、古の大戦にて、エルフとダークエルフが袂を分かった際には、当時のダークエルフのリーダーがわざわざ岩山の洞窟内にいるゴライアス様に庇護を求めに行っている。
もっとも、この四竜の中では、火竜サラマンドラだけ、やや格が落ちる。
というのも、古の大戦にて本来の火竜が倒されてしまったせいだ。だから、今の火竜は代替わりした竜であって、超越種のイモリがその役割を担って、改めて大きく成長した姿に当たる。
伝承では、そんなイモリが身を守る為に四方を山で囲んで、溶岩を垂れ流したのが現在の『火の国』の始まりで、もともと火に対して強い耐性を持ち、さらに錬成などを得意としたドワーフがその加護を求めて住み着いたとされる。
当然、竜の加護だけあって、セロの『導き手』同様にとても強力な身体強化が掛かるので、一般的にドワーフは近接戦闘だけならば人族や亜人族の中でも最強を誇ると謳われている。
とはいえ、ドワーフを語るときには必ず付いてまわる言葉もある。それは――火と酒だ。
火とは錬成のことで、ドワーフは山々に囲まれた陸の孤島に住んでいることもあって、独自の文化を生み出してきた。
それは工芸品の刀や甲冑などで、王国では一風変わった芸術品として集める好事家が後を絶たない。
また、酒は説明不要だろうか。火の国の麦酒と言えば、酒樽一つで商家が丸々買えるとまで言われる超高級品で、それほどに値が高くつくのには美味以外の他に、当然のことながら理由がある――
火の国が長らく鎖国政策を採り続けてきたせいだ。
そもそも、王国から火の国に行く為にはまず北の魔族領か、東の魔族領を通らないといけない。
しかも、そんな危険な街道や砂漠を商隊で何とか突破した先には、火山の灼熱地帯まで待ち受けている。
さらに、ドワーフはかなり気分屋で偏屈な種族なので、真っ当な人族の商人がやっとたどり着いたとしても、商いが出来るかどうかは全くもって分からない……
結局、火の国から出回ってくる商品というのは、長寿のハーフリングが旅の過程でこつこつと信頼を勝ち取って、王国にわずかに流しているだけというのが現状だ。
とはいえ、ドワーフは血気盛んな者が多いだけに、特に若者などはそんな保守的な風土に嫌気が差すのか、
「そろそろ、他種族の国家と交易を持つべきだ。このままでは我らの技術も停滞してしまうのではないか?」
と、多様性のなさからくる、ドワーフ文化の硬直性に危機感を抱いていた。
その代表者が族長の息子であるオッタだ。
年齢は百歳を超えるのだが、人族の感覚からするとやっと二十歳を超えたばかり。成人して何かを成し遂げてみたいと、ちょうど意気込んでいる頃合いだ。
ちなみにドワーフの背丈はハーフリングとさして変わらない。ただし、筋骨隆々で、その風貌は男女問わずよく似ていて、いわゆる落ち武者を想像するだけで事足りる。
ただ、オッタは族長の息子と分かるように、両頬に火竜の尾を描いた入れ墨がある。
「いつまで遥か昔の失敗にいじけて、固陋な政策を採り続けるのだ?」
そんなオッタが壇上から尋ねると、広場の半数から「そうだ!」と声が上がった。
同時に、手も上がった。足も上がった。体もなぜか舞い上がった。つまり、皆がいきなり喧嘩を始めたのだ。
「我々、ドワーフは最強の戦闘種族! 魔王にだって対抗出来るはずだ!」
オッタがさらにけしかけると、広場では盛大な殴り合いになってしまった……
とまれ、終始こうなのだ。ドワーフは基本的に酔っぱらいで、生まれたときから母乳の代わりに酒を飲むとまで言われている。それで健康的に育つのだから、やはり人族とは根本的に異なる種なのだろうが……
結局のところ、そんなふうに酩酊したままなので、翌朝には何を議論していたのかさっぱりと忘れてしまって、
「そいや、昨日は何を話してたんだべ?」
「おめーの母ちゃんの足がくせえってことじゃなかんべかあ?」
「それで思い出したが、最近、山向こうに良い足湯を見つけたんよ」
「マジか! 行くべ! 早速、遠征じゃあああ!」
こんなふうに二日酔いの刹那主義で生きているのがドワーフなのである。
が。
その日の晩のことだ――
「ありゃあ……なんじゃああああ!」
「世界が終わる! わしら全員、死んじまうううう!」
「こりゃあ、あれだべ……創世の神話に出てくる、世界の破壊ってやつじゃな」
「死ぬならせめて火のついたアルコールでも飲んでから逝くべ!」
ドワーフたちは皆、空を覆うばかりの『隕石』を見た。
それが隣国である第六魔王国に落ちると、ドワーフたちは珍しく全員が素面のままで広場に集まって、朝まで議論をぶつけてついに決を採った――
「第六魔王国へと公式に訪問する。我々は長らく鎖国してきたが、この一歩はドワーフ文明の新たな夜明けとして刻まれるだろう!」
オッタはそう高々と宣言した。
隕石の中からは珍しい土や鉄、あるいは未知の物質などが得られることもあって、そうした物が新たな技術革新に繋がるはずだと、ドワーフの若者たちは熱烈な支持を打ち出したわけだ。
こうして二十人ほどからなるドワーフの外交使節団が様々な工芸品や酒樽などを担いで、大いなる期待を胸に、「えいさ、ほいさ、よいやっさ」と第六魔王国へと出発したのだった。
このとき、セロはもちろんのこと、モタもまた知らなかった――そんな他国の正式な使節団に対して、外交に全く向かないモタたった一人で対応せざるを得ない事態が起こることを。