#04 バーバルは目撃する(勇者サイド:15)
「目覚めの気分は如何ですか?」
「……最悪だ、と言いたいところだが以前よりはマシかな」
「なるほど。おそらく魔核が安定し始めたのでしょう。いやはや、良かったですよ」
「呪いで魔族になって嬉しいものかよ」
バーバルは「ふん」と鼻を鳴らした。
最後の手術前よりは格段に体調が良い。傷みも、吐き気も、ほとんど感じない。
それどころか、今ならば魔王となったセロとも対等に渡り合えるのではないかといった高揚感まであった。もっとも、体のサイズも部位も変わってしまったのだ。それに慣れるのにまだ時間は必要だ。
そんなバーバルはというと、やはり薄暗い一室で寝かされていた。
大神殿の研究棟にまだいるのだろう。本当に蟄居先に戻らずとも大丈夫なのかと気にはなったが、最早このような合成獣みたいになり果てた身では戻ることも出来まい。
バーバルの身代わりになった者は果たして、永遠に閉じ込められることを望んだのだろうかと珍しく感傷的になったが、その一方でバーバルは底深い眼差しで天井の染みを見つめた――どうせ常識などろくに持ち合わせていない黒服連中のことだ。おそらく、折を見て身代わりの者を始末するに違いない、と。
「まあ、俺にはもう関係のないことだ。王国民を守る勇者など、とうに止めたのだからな」
バーバルがそう呟くと、椅子に座っていた黒服の神官が「ん?」と首を傾げた。
「どうかなさいましたか?」
「いや、何でもない。気にするな」
「では、体調は如何ですか? 何でしたら、これからすぐに調整や精度実験を行いますが?」
まるでバーバルのことを物扱いするような言い草が少しだけ気に障ったが、ここでじっと横になって、染みを数えているよりはマシかと思い直して、
「分かった。付き合おう」
バーバルはそう答えて、上体をゆっくりと起こした。
前回のような無数の針で貫かれたような痛みは全くやって来なかった。
今なら眼前にいる黒服を縊り殺して逃げられると思ったが、ふと首に何かがぶら下がっていることに気づいた――鉄製の首輪だ。しかも、何か呪詞のようなものが纏わりついている。
「……これは?」
「アクセサリーはお嫌いですか?」
「文字通りの首輪ではあるまい? 俺を飼うつもりか?」
「そんなつもりは毛頭ございませんよ。あくまでもそれは安全装置です」
「安全装置だと?」
「はい。バーバル様の魔核は鎖骨のあたりに形成されています。その為、もしバーバル様が叛意などをお持ちになった場合、その首輪を爆発させます」
「貴様!」
「お待ちください。我々はあくまでただの研究者に過ぎません。バーバル様のような力など持ち合わせていないのです。それとも、バーバル様は素直に我々の指示に従ってくださいますか?」
黒服の神官は両手を上げて降参のポーズを作ってみせた。
いかにも自身の非力さをアピールしているように見えるが、フードを目深に被っているせいで表情は全く読み取れなかった。ただ、その口ぶりがやけに落ち着いているのがバーバルには気になった。
だから、かまをかけるつもりでバーバルは神官衣の胸もとを掴んで脅しつけてみた。
「今、ここで貴様を殺したらどうなる?」
だが、黒服の神官はというと、身震いすらせずに淡々と答えた。
「もちろん、その首輪が爆発することでしょう」
「ふん。爆発に巻き込まれて死ぬかもしれないというのに、やけに冷静なものだな?」
このとき、一瞬、バーバルはもしや爆発はブラフなのではないかと疑った。そうでもなければ、黒服の神官がこれほど平静でいられるはずもないからだ。
そもそも、バーバルはこの連中にとって最高の被験体だったはずだ。元勇者など、そう簡単に手に入れられるものでもない。そんな被験体に考えられ得る限りの手術を重ねて出来た、一種の最高傑作こそが今のバーバルだ。
果たして簡単に爆破することなどあり得るのだろうかと、バーバルは推測してみたわけだ。
が。
「長く生きていると、自然と落ち着くものなのですよ」
黒服の神官はそう言って、バーバルの両腕をぽんぽんとタップしていったん床に下りると、ゆっくりと黒い神官衣を脱いでみせた。
「……まさか!」
眼前にいたのは、人工人間だった。
しかも、バーバルよりもよほど醜い体だ。おそらく生ける屍を幾つか組み合わせているのだろう。腐乱していて、その臭いを抑える為なのか、食人植物の花びらが胸のあたりに咲いている。
「気でも……狂っているのか?」
「それは科学者にとって最高の誉め言葉ですよ」
「何だと?」
「かつて大陸そのものを消滅させる爆弾が出来たとき、政治家はこう言ったそうです――今や科学は罪を知った、と。それに対する科学者の返事は――罪とは何だ? だったそうですよ」
「……では、貴様らにとって、罪とはいったい何なのだ?」
バーバルが絞り出すような口調で問い詰めると、黒服の神官は天に指差してからいっそ清々しく言ってのけた。
「罪とは、神の座に挑まないことでしょうかね」
「は? 何を言っているのだ?」
「我々は皆、神の子だという話ですよ」
「…………」
「その意味を知る為にも、貴方は力を得るべきなのです。何者かになって、初めて見える地平もあります。我々とは違って、貴方にはまだその可能性があるのですから」
黒服の神官はまたフードを目深に被って、「それでは行きましょう」とバーバルに告げた。
バーバルはしばらくその背中をじっと見つめた。今のバーバルにとって世界の地平とは、薄暗い一室の闇に紛れて、何ら見出すことも出来なかった。
「今や科学は罪を知った」
「罪とは何だ?」
――の件は、カート・ヴォネガットの『タイタンの妖女』(ハヤカワ文庫)からの引用です(もしかしたら『猫のゆりかご』だったかもしれません)。