006 新たな魔王
「いったい、どうすればいいんだ?」
セロはそう呟いて、自問自答した。
吸血鬼の真祖カミラならいざ知らず、公爵ブランは正々堂々と戦う魔族ではないようだ。
しかも、かなり慎重な性格らしく、真祖の長女たるルーシーを過小評価していない。だからこそ、これほどの数の吸血鬼を集めてきたわけだ。
おそらく、まともにやっても勝ち目はない……
しかも、四方を固められているので逃げることすらままならない……
すると、ルーシーは臆することもなく言ってきた。
「セロよ。雑魚どもを任せてもいいか? 妾はブランが許せない」
その言葉にセロは武者震いした。
そして、戦いを避けることばかり考えていた己を恥じた。何より、戦って死ぬ――それこそがセロにとって本望なのだと考え直した。
「分かった。出来る限りの足止めはするよ」
セロはそう答えて、数百もの吸血鬼と魔王城前で対峙した。
この場所こそが死地だと悟った。だが、意外なことに全く怖くはなかった。
勇者パーティーにいたときよりも、いっそ心が晴れやかに感じられた。セロのことを役立たずとも、法術が使えないとも蔑む者はここにいない。むしろ、ルーシーはセロを信頼して、はっきりと大役を任せてくれた――
だから、セロはアイテムボックスから凶悪なモーニングスターを取り出した。
司祭は神官職なので、本来は杖かメイスを装備するのが通例だが、セロは勇者パーティーでも中衛で戦うことが多かったので、中距離でも攻撃できる武器を選んだ。
結果として、棘付き鉄球と鉄柄を鎖で繋いだモーニングスターを振り回しまくる光の司祭が爆誕したわけだが……闇の暗黒司祭となった今ではさほど違和感がなくなっている。これにはセロもさすがに苦笑した。
「さあ! 僕と共に死にたい者だけかかってこい!」
そんなセロの決死の覚悟に対して、数百もいた吸血鬼たちは躊躇した。
そもそも、セロは勇者パーティーの一員として真祖カミラを撃退するほどの力を持っている。しかも、誰でもいいから道連れにしようと、凶悪極まりない武器を構えてさえいる。
一方で、ブラン公爵側は圧倒的に有利な立場だ。だから、こんな戦いで傷すら負いたくないという心理が吸血鬼たちについ働いてしまった。
それに、戦って死ぬことこそ誉れと考えるような潔い魔族はブラン公爵に味方などしていなかった。要は、この場にいるほとんどの吸血鬼は日和見主義者なのだ。真祖カミラがいなくなったのでブラン公爵の眷属になった。ただそれだけなのに、決死のセロと馬鹿正直に戦いたくなどない……
が。
「来ないならば、僕から行くぞ」
セロは淡々と告げた。
吸血鬼たちにとって、不思議とその言葉は死刑宣告のように響いた。
そこからは一方的な蹂躙が始まった――
「喰らえ!」
セロがモーニングスターを振るうたびに、吸血鬼の数がどんどん減っていくのだ。
吸血鬼も鬼のはずだが――棘付き鉄球を振るって吸血鬼たちをミンチにして、鉄柄で原型がなくなるほど殴打して、鎖で首を無慈悲に締め上げて、そうやって累々と積み重なっていく死体に片足をかけて、さらなる獲物を物色するセロはまさに悪鬼羅刹、あるいは人修羅といってもよかった……
「助けてえええ!」
「俺の足が! 手が!」
「ヤバい……あれはヤバい……」
「この戦いが終わったら、屍喰鬼と結婚するんだ……ぐぎゃ」
圧倒的に有利な立場にいたはずなのに、吸血鬼たちはパニックを起こしていた。
弱い吸血鬼などはその場から逃げようとして、逆に「貴様だけ逃げるなあああ」と、他の吸血鬼の手にかかる始末だ。
さらに、鬼ごっことはよく言ったもので、獲物を求めてセロは「次は誰だあああ?」と舌舐めずりまでしてみせる。こうなってしまうと、セロもいわゆるある種のゾーンに入っていた。
だから、ルーシーとブランとの決戦はいまだ始まってすらいないというのに、もうすでに吸血鬼たちは半壊といった酷い有り様だった。
「あ、あ、あれは……いったい何だ? 私は……何を見せられているのだ?」
ブランは呆然と、宙からその光景を眺めていた。
ルーシーとて、セロがここまで強いとは思っていなかった。
いや、強さは分かっていた。先ほど《魔眼》で確認したばかりだ。だが、そのルーシーでもセロの本質の一面しか見ていなかった――
勇者パーティーはセロが自動スキルの《導き手》を発揮していたから強かったわけではなかった。むしろ逆だ。そう。セロそのものも、決定的かつ絶対的に強かったわけだ。
決死の覚悟にて、自らも鼓舞し、そして高みへと導こうとする。
さらなる強敵を求めて――
力も望んで。今はただ誉れだけ願って――
そうして、己の持つほとんどの魔力を自動スキルに注ぎ込んで、無心で力の頂きへと手を伸ばす――あの姿こそ、まさに魔王に相応しい。
「ふ、はははは」
ルーシーは思わず笑ってしまった。
そもそもルーシーこそ、今まさに実感しているのだ――
セロの自動スキルである《導き手》によって、本来の力よりも何倍にも強くなってしまったことを。
「ブランよ。すまないが、手加減をしてやれる自信がない」
「何だと……?」
「これほどに昂ったのは初めてだ。今の妾なら、第一魔王の地獄長すら倒せそうだよ」
直後だ。
ブランがわずかに瞬きした間に――
「《浮遊》」
眼前にルーシーが跳んで来て、ブランの胸を血の魔剣で貫いていた。
「ば、馬鹿な……」
「言っただろう。手加減など出来ないと」
「これ、ほどの、力が、ありながら……なぜ、カミラの、もとで、大人しくしていた?」
ブランが震える手をルーシーへと伸ばすも――
ルーシーは「ふん」と鼻を鳴らして、突き刺した魔剣をそのまま上へと逆袈裟斬りにして、ブランの腕も飛ばしてしまった。そう。ルーシーも本来、セロの《導き手》がなくとも十分に強かったのだ。
「魔王になぞ興味がなかったからだ。母に何度も譲られかけたが、ずっと断ってきた」
「地位も……名誉も……求め、なかった、と言うのか?」
ブランの問いかけに対して、ルーシーは魔剣を上段に構えると、
「欲のない子だと、母からは散々言われたよ。ただ、そんな妾でも、今、やっと、心の底から欲するものができた」
「それ、は……何だ?」
「貴様程度の小者には一生かけても分かるまい」
刹那、真っ向からブランを斬りつけた。
ブランの体はバラバラになって地へと落ちていく。
「セロ!」
ルーシーが呼びかけると、セロも気づいたようだ。
モーニングスターを振り回して、棘付き鉄球でブランを一瞬でミンチにした。
その力強さに、ルーシーは改めて惚れ惚れとなった。
すると、まだ残っていた吸血鬼たちの残党は我先にと逃げ出した。峰で戦っていたので、転げ落ちて死ぬ者もいたほどだ。
「逃がしてよかったの?」
セロが問うと、ルーシーは「ふふ」と微笑して肩をすくめた。いかにも有象無象などどうでもいいといったふうに――
「それよりも、セロよ。妾の前に立ってみよ」
セロは「ん?」といったん首を傾げるも、言われた通りにした。
すると、ルーシーは息がかかるほどの距離で、また《魔眼》を使ってみせた。こんなに無防備に《魔眼》を使うものだから、もしかしたら求婚を意味するといった話は俗説なのかなとセロも訝しんだ。
「ふむん。やはりか。どうやらセロは戦っている最中に《暗黒司祭》から卒業したようだぞ」
「え?」
「《愚者》になっている。これで古の魔王の力を継承したわけだな」
「ええと、それは……どういうことかな?」
セロがおどおどと尋ねると、ルーシーは屈託のない笑みを浮かべた。まるで荒涼とした峰に美しい花が一輪だけ咲いたようだった。
「セロは新たな魔王になったのだ。真祖カミラに変わって、この地を治めなくてはいけない。まあ、せいぜい精を出すことだ」
ルーシーはそう言って、セロと並び立った。
こうして仲間はというと、ルーシーたった一人しかいない魔王が誕生したわけだが――何にしても、世界はすぐにセロを中心にして回っていくことになる。
物語は今、まさに動き出したばかりなのだ。
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