表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

59/396

048 作られた熱狂(聖女サイド:01)


 王国南西にある辺境伯邸で行われた園遊会はすでに三日目に突入していた。


 女聖騎士キャトルは同い年で仲の良い王女プリムの誘いを受けてやって来たわけだが、その肝心のプリムはというと、いつも多くの貴族たちに取り囲まれているので、まだ挨拶ぐらいしかろくに出来ていなかった。


 この五日間で貴族の男たちは山での狩猟にいそしみ、女たちは田園の風景、温泉、それに美食などに舌鼓を打っている。園遊会というよりも、ちょっとした小旅行みたいになっていたが、もちろんこれだけの貴族が集まれば、裏でこそこそと動き回る輩も出てくる。


 実際に、辺境の穏やかさに比して、王国を取り巻く現状は厳しくなっていた。


 キャトルは自慢の長い金髪をいじりながら、「ふう」と小さく息をついてから思い出した。初日の晩も武門貴族の妻や娘たちの会合に顔を出した後すぐに、父シュペル・ヴァンディスの部屋に呼ばれたのだ――


「非常に不味い事態になった」

「急にどうなさったのですか、お父様?」

「勇者バーバルが魔王に敗北したそうだ」

「…………」


 キャトルは絶句するしかなかった。


 園遊会にいる間に勇者パーティーが勝手に出陣していたことにも驚いたが、よりにもよって魔王に負けたなどとは……


「相手は第七魔王の不死王リッチですか?」

「いや、違う。北の魔族領に新しい魔王が立ったらしい」

「は? 北……ですか? 真祖カミラを討ったばかりだというのに……ということは、あの日、出会わなかった長女のルーシーあたりでしょうか?」

「分からん。詳しい情報については王都に戻ってから精査しなければならない。何にしても、これから園遊会は荒れるぞ」


 父シュペルはそう言って、椅子にどさりと背をもたれた。


「ところでお父様。勇者パーティーの皆はいったいどうなったのでしょうか?」

「全員、無事に戻って来たそうだ」


 それを聞いて、キャトルは「ほっ」と息をついた。


「だが、今回の勇者はもう駄目だな。王命で蟄居になったそうだ」

「それでは、勇者パーティーは?」

「解散だろうな。だが、新たな魔王がどう動くか未知数だ。魔王に対抗出来るパーティーをすぐにでも編成し直さなくてはいけない。今晩もこれから武門貴族の集まりに出てくるが、当然その話になるだろうな」

「そうですか……」

「何ならお前が中心になるか?」


 父シュペルがからかうような視線を流してきたので、キャトルはすぐさま頭を横に振った。


「冗談はよしてください。武家の娘としてはたしかにほまれではありますが、さすがに己の実力はわきまえているつもりです」

「ふむ。欲がないな。まあ、何にしても、新しいパーティーは厳しい状況に置かれるだろう。何しろ勇者がいないのだ。よほどの人材を集めないと国が荒れかねない。お前のことは引き続き押しておくから、新しいパーティーのことはくれぐれも頼んだぞ」

「はっ!」


 キャトルは敬礼しつつも決意を新たにした。


 バーバルとは肌が合わなかったから、新しい仲間たちが自らを高みに導いてくれる存在であってくれたらと望むばかりだ。果たしてセロは戻ってきてくれるのだろうか……


「そうそう、それとここだけの話だが――」


 父シュペルは声を小さくすると、室内にもかかわらず用心深く警戒してみせた。キャトルは辺境伯の実家でもまだ魔族の侵入を疑っているのかと目を見張った。


「聖女クリーンが懲罰房に入れられたそうだ」

「聖女様が? 懲罰とは……いったい何をなさったのですか?」

「分からん。これについては主教イービルが絡んでいる。奴と関わるとろくなことにならん」


 キャトルは「はあ」と深いため息をつくしかなかった――


 それがちょうど園遊会初日の晩のことだ。あれから父シュペルは社交界の最中だというのに、いつもよりもよほど忙しく動いている。園遊会そのものもいつの間にか、貴族たちの疲れを癒す為の小旅行といったおもむきから、魑魅魍魎が跋扈する伏魔殿にも似た雰囲気に変じていた。


 今日はやっと最終日で、各界で目立った功績を残した人々が褒章を受けるということで、辺境伯邸の広い前庭にて盛大な式典が行われている最中だ。高名な魔導騎士、芸術家や吟遊詩人などが次々に呼ばれている。


 すると、唐突に邸の正門に馬車が三台着いた。


 キャトルは眉をひそめて、いったい誰が来たのだろうかと見ていたら、まず大神殿の主教フェンスシターが出てきた。これには式典に出席していた貴族たちもざわついた。


 主教フェンスシターは小太りの中年男で、立場的には日和見なので主教イービルの腰巾着とも小間使いとも言われている俗物に過ぎない。とはいえ、聖職者が貴族の園遊会にやって来るのはいかにもおかしい。生臭坊主だと公言しているようなものだ。幾ら俗物と評判の男とて、まともな感性があるなら来るはずもないのだが……


 さらに、馬車からは二人の人物が進み出てきた。それら人物を見て、貴族たちの騒々しさは一気に増した。キャトルの耳にも嫌でもひそひそ声が届く――


「なぜ冒険者が来たのだ?」

「田舎のモンスターでも狩りに来たのでは?」

「しかしながら、もう一方の御仁は? どこかで見たことがあるような……」

「ま、まさか! そんな馬鹿な! こんな式典に出てくるような御方ではないぞ」


 そんな騒々しさを掻き分けるかのように、武門貴族でも勇猛果敢として知られる精悍な辺境伯がわざわざ皆の前に進み出てきて、喧騒を止めるようにと両手を広げる仕草をした。


 主教フェンスシターの後を歩いてくるのは、英雄ヘーロスだった。三十代前半の好男子で、強者に相応しい屈強な体格に、よく焼けた浅黒い肌――いかにも叩き上げの冒険者なのだが、その戦歴は凄まじい。個人で北の魔族領にある《竜の巣》の毒竜討伐まで果たしたことがあるほどだ。


 そんな英雄ヘーロスが前庭の中央に来たとたん、口さがない貴族たちは先ほどまで冒険者と蔑んでいたはずなのに、すぐに掌をくるくると返し始めた。


「勇者よりも勇者らしい英雄とはまさに彼のことだな」

「バーバル様のことは聞きましたか? 何でもまた負けたそうですよ」

「勝手に魔王退治に赴かれたとか。以前から神殿の騎士団からも独断専行に過ぎると嫌われていましたからな」

「それでは、いったい今後、勇者パーティーはどうなるのかしら?」


 そんなひそひそ話と共に、英雄ヘーロスからしだいにキャトルへと視線が移ってくる。


 どうなるかと問われても、キャトルの方が知りたいぐらいだ。そんな不躾な貴族たちの視線に堪えきれずに、キャトルはつい目を伏せてしまった。


 さらに、主教フェンスシター、英雄ヘーロスに遅れて、一人の老人が杖をついてゆっくりと歩んできた。そのとたん、老いて引退していた公侯爵たちが一斉に跪いた。そんな姿に驚いて、他の貴族たちも次々に倣っていく。


「よい。とうに引退した爺だ。皆もおもてを上げられよ」


 その老人は穏やかに言った。


 キャトルも跪いていったい誰なのかと訝しんだが、すぐにひそひそ声で理解できた――術士のジージだ。


 百年ほど前に高潔の勇者ノーブルと共に戦った大魔術師らしい。


 そして、魔術師協会の重鎮として、多くの後進を育て上げ、長らく王族の魔術指南も勤めてきた大人物でもある。亡くなられた先代の王から「師父」と敬われていたので、その頃を知っている者たちは自然と膝を地に突いたわけだ。


 もっとも、ここでもまた百年前の話に絡んで勇者パーティーの噂が増えてきて、キャトルに一方的な視線が集まってくる。キャトルもいい加減に辟易したが、そこにふらりとまるでキャトルを守るかのようにして王女プリムがやって来た。


「まあ、今日の主賓がそんなにしょげた顔をしていては駄目ですよ」

「……え?」


 王女プリムに急に手を引かれて、キャトルは主教フェンスシター、英雄ヘーロスや巴術士ジージのもとに連れてこられた。いつの間にか、父シュペルもそばに来ている。


 そんな前庭の中央にて、辺境伯が貴族たち全員の注目をいったん伯自身に戻すと、


「皆様にご紹介しよう。まず、フェンスシター卿だ。本来なら聖女クリーン様にお越しいただく予定だったが、聖女としての外せない所用があって、急遽来られなくなってしまった。代理としてわざわざこのような場にお越しいただいた卿には深く感謝を申し上げたい」


 辺境伯がそう説明すると、会場からは拍手が上がった。


 そんな拍手が静まるタイミングを見計らって、父シュペルが集まった人物の紹介を辺境伯から引き継いだ。


「次に、皆さんもご存じやもしれないが、数々の冒険と功績で知られる英雄ヘーロス殿だ」


 そのとたん、武門貴族たちを中心として声と拍手が上がる。


 シュペルは「こほん!」とわざとらしく咳払いして、その声援を止めると、今度は老人のそばに立った。


「そして、どの功績によって称えればいいのか、不詳の身では――」

「よい。年寄りは気が短いのだ。手短に頼むぞ」

「はっ! それでは、かつて王家の魔術指南役でもあらせられた巴術士ジージ様だ」


 直後、会場からは「やはりか」とか、「まさかこんな場所でまみえるとは」とかといった言葉が上がった。


「最後に、我がヴァンディス家の長女ではあるが、聖騎士のキャトル。それからこの会場には来ていないが、引き続き、モンクのパーンチ殿、狙撃手のトゥレス殿にも参加していただく」


 そこまでシュペルが言うと、さすがに貴族たちの喧騒は否が応でも増していった。今、ここで何が宣言されるのか、誰もがすぐに気づいたのだ――


 父シュペルは再度、会場が静かになるのを待った。そして、会場をいったん見渡してから辺境伯と声を合わせた。


「本日、勇者バーバル様が蟄居した状況を鑑みて、新たに聖女クリーン様を旗頭にした魔王討伐のパーティーを結成した。我々はこのパーティーにて魔王討伐を行うことをここに宣言する!」


 会場は歓喜に包まれた。


 勇者バーバルの敗北の報はそれだけ不安を掻き立てていたのだ。


 その一方で、キャトルだけが落ち着かない顔をしていた。なぜなら、新しいパーティーにセロはともかく、魔女モタの名前がなかったせいだ。


「モタは……どこに行ったのかしら」


 そう呟くも、すぐに王女プリムがやって来て、「さあ、主賓なのだから皆に改めて挨拶に行きましょう」とまたもやキャトルを引っ張っていった。その日、キャトルはそれこそ一生分の社交界での挨拶をすることになって、勇者パーティーにいた頃よりへとへとになったのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ