表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/396

045 パーティーは解散する(勇者サイド:11)


 セロたちの晩餐会から時間を少しだけ前に戻したい――


 聖女クリーンはセロたちから逃げようと、聖鶏グリンカムビの翼を宙に放った。


 その瞬間、クリーンの身は光に包まれて、空高く舞い上がった。そして、鳥となって羽ばたいた。もっとも、自ら行き先を決めて飛んでいるわけではない。ただ、風の流れに身を任せて、定められた地点へと帰巣しているだけだ。


 そうはいっても、先ほどまでの緊迫した死地から逃れられたこともあって、クリーンはとても心地良く空中飛行を楽しんでいた。


 そうやってしばらくすると、王都が見えてきた。おそらく大神殿のそばにでも着地するのかと思っていたら、その上空でいきなり謎の渦に巻き込まれてどこかに転送させられた。


「どういうことかしら?」


 聖女クリーンは焦った。


 だが、痛みや悪寒などはなかった。


 気がつけば、巨大転送陣の門が置いてあった大神殿の地下に強制的に戻されていた。


 もしかしたら、クリーンが知らなかっただけで、大神殿の上空には侵入者に対する設置罠でも張ってあったのかもしれない。何にしても、最後だけは想定外だったが、聖鶏の翼でこうして無事に帰ってこられたわけだ。


「他の人たちは――?」


 聖女クリーンが見渡すと、勇者パーティーは全員揃っていた。


 勇者バーバルはどこか虚ろな目をしていた。モンクのパーンチはお腹を押さえてうずくまっていた。そして、エルフの狙撃手トゥレスは特に怪我などもなく、二人のそばで静かに腰を下ろしている。


 さらには、そんなパーティーを遠巻きに囲むようにして、黒服の不気味な神官たちが立ち尽くしていた。たしか、研究棟でたまに見掛ける者たちだ。この塔や禁書庫などに出入りして、表には全く出て来ず、いにしえの時代の研究だけに没頭している狂信者みたいな連中だ。


「…………」


 聖女クリーンは無言になった。明らかにおかしかった。


 曲がりなりにも神官がこれだけいるというのに、勇者バーバルも、モンクのパーンチも、いまだに法術による回復を受けていない。


 そのことをクリーンが指摘しようとすると、こつ、こつと、遠くから足音が上がった。


 直後だ。一人の男が広間に入って来た――


 大神殿の主教イービルだ。三主教の一人で、教皇の候補とされている男だ。


 まだ三十代後半のはずだが、その顔つきは情熱と狂気と冷徹と気難しさが不可解に結合した合成人キメラみたいで、宗教家というより政治家で、その思想も独裁や全体主義にほど近く、高潔さなどとうにどぶに吐き捨てたといった苛烈な人物だった。もちろん、敵対する者は手段を択ばずに全て容赦なく葬り去ってきている。


 いわば、大神殿の闇のような存在こそイービルだった。教皇の候補とはいえ、光の当たる場所には相応しくない。そのことを本人も自覚しているのか、あくまでも黒子に徹している。だからこそ、イービルは重宝された。


「最悪だわ……」


 聖女クリーンはそう囁いてすぐに目を伏せた。


 今回の出来事が主教イービルにいったいどれだけバレてしまったのか……


 それだけが気掛かりだった。イービルとは祭祀祭礼でわずかに言葉を交わした程度の付き合いしかなく、派閥的にも敵対はしていない。だからここを上手く乗り切れば、クリーンも神殿内での地位を脅かされずに済むはずだと計算した。


 が。


「まさか優等生の君がこんな火遊びをするとはね」


 主教イービルは蛇のように絡みつく声音で聖女クリーンの前に立った。


 どうやら完全にバレていたようだ……


 クリーンは瞬時に狙撃手トゥレスを睨みつけた。だが、トゥレスはいかにも心外だといったふうに、顎でくいっと勇者バーバルこそ密告者だと差した。


 何にしても、イービルはそんな仲間割れも気にせずに淡々と言葉を続ける。


「北の魔族領にて新たな第六魔王が誕生して、その魔王に勇者バーバル様が敗北したことについては……まあいいでしょう。勝敗は兵家の常です。神官たる私がどうこうと言えるものではありません」


 そこでいったん言葉を切ると、主教イービルは聖女クリーンのそばに来て、息がかかるほどに顔を近づけてからその耳もとで囁いた。


「しかしながら、そんな勇者パーティーに聖女が独断で加わって、さらにこの門や聖遺物まで無断使用していたとなると話は別です。君は品行方正で通っていましたから、多少の情状酌量はあるでしょうが、良くて独房入り、悪くて人知れず流刑となるでしょうね」

「――――っ!」


 それはあまりにも重すぎる処罰だった。


 聖女クリーンが憤慨してまじまじと見つめ返すも、主教イービルは顔色一つ変えない。


 ということは、今回の件だけではなく、セロを追放して新たな第六魔王にしてしまったことまで含めて勇者バーバルは全て漏らしたわけだ。クリーンは額に片手をやって、ズキズキと痛む頭痛を抑えつけた。


 すると、別のところから声が上がった。


「俺たちは……いったいどうなる?」


 聖女クリーンとは対照的に、勇者バーバルはぼんやりと尋ねた。


「さあね、勇者様。それを決めるのは私ではないですよ。王侯貴族です。まあ、勇者様についてはせいぜい蟄居にて自由は奪われるでしょうね。その後のことは知りませんよ。社交界は魑魅魍魎の世界です。控えめに言って、玩具にされるのは間違いないでしょう。お察ししますよ」


 主教イービルの口調には全く察するような気配りなどなかったが、勇者バーバルは「はあ」と息をついて俯いてしまった。もっとも、その直後にイービルが周囲の神官たちに意味ありげな目配せをしたのを聖女クリーンは見逃さなかった。


 しばらくの間、地下の広間には静寂だけが続いた。


 そんな静けさを破るかのように、イービルは広間の中央にて芝居がかった仕草で両手を広げてみせると、


「とはいっても、この国には勇者パーティーが必要です。そもそも、すぐにでも聖剣を取り戻さなくてはいけません。その責任が貴方がたにはあります」


 そんなふうに糾弾しておきながらも、主教イービルの口ぶりにはどういう訳か、聖剣などどうでもいいといったふうなニュアンスがあった。聖女クリーンが訝しんでいると、イービルはさらに大げさな身振りで言葉を続ける。


「勇者バーバル様の蟄居にてパーティーも一時的に解散となるでしょう。となると、代わりの勇者パーティーが必要になります。いや、この場合、聖剣に選ばれていないわけですから、勇者と名乗るべきではないのでしょう。むしろ、救国の英雄パーティー、もしくは贖罪の――」


 そこまで言って、主教イービルは聖女クリーンを真っ直ぐに指差した。


 クリーンは内心で、「まさか!」と叫んだ。イービルが《贖罪の聖女パーティー》と言いたげだったのは明らかだ。


 もちろん、クリーンからすれば願い下げだった。北の魔族領は化け物たちの巣窟だ。あんなところに二度も行きたくはない。だが、イービルはどうやらすでに全て知っているようだ。クリーンに向けていかにも死刑宣告でも告げるかのように含み笑いを浮かべてみせると、


「もちろん、私の一存では決められません。ただ、今回の不祥事を贖って独房入りや流刑となるのか、それとも決意を新たに魔王討伐に赴くのか――君に残された選択肢はそれほど多くないと思いますよ。そもそも、君自身は祭祀祭礼用のお飾りには飽いていたのでしょう?」


 その瞬間、黒服の神官たちがやっと動いて、聖女クリーンを拘束して強引に連行していった。


「そんな! 私は、この国の為に良かれと思って――」

「時間は差し上げますよ。懲罰房でよくよく考えることです。己の運命さだめについてね」


 こうして聖女クリーンは暗闇の中に数日ほど放り込まれた。


 ほとんど日が入らず、トイレもなく、ネズミがたまに肌を齧り、虫が幾匹も体を這いずり回るような劣悪な環境で、クリーンは手足を縛られて横になってじっと過ごした。


 食事はスープだけで、それも床にぶちまけられた。主教イービルが語った通り、「良くて独房入り」ということは、最悪の場合はここよりもさらにひどい環境でずっと幽閉されることになるわけだ。


 だから、懲罰房からやっと出されたときには、クリーンは日のもとを無様によろめきつつも、パーティーを再編して魔王セロと対峙することを選ばざるを得なかった――






 そんな暗闇と似たような場所ではあったが、王都の外縁部にある貧民街スラムにとある人物はじっと潜んでいた――魔女のモタだ。


 あれからモタには追手がついていた。北の魔族領に行こうと冒険者組合に寄ってみたらお尋ね者にされていたのだ。何とか逃げ出したはいいものの、このままでは一人で魔族領に行かざるを得ない状況だ。さすがにそれはモタでも厳しい。


「うー。せめて一人だけでもいいから前衛がいてくれればなー」


 もっとも、このとき魔女モタはまだ出会っていなかった――モタの人生を百八十度も変えてくれる人物に。モタの本当の冒険は、これから始まろうとしていた。






 また、そんな暗闇とは対照的な華やかさの中に女聖騎士のキャトルはいた。園遊会の初日は終わったばかりだったが、貴賓や行事などを変えてまだ幾日かは続く――


 武辺者のキャトルにとっては苦痛以外の何物でもなかったが、もちろん、このときキャトルもまた知らなかった。そんな煌々と明るい場所にもかかわらず、世界そのものを陥落させる為のドス黒い陰謀が渦巻いていたことなど。






 王城から離れた塔上の一室に勇者バーバルは蟄居させられていた。


 ランプの明かりだけで、窓もなければ、隙間風さえ入ってこない。外の音とてろくに聞こえない薄暗くて狭い部屋だ。ここに入れられてからというもの、現王も、王女プリムも、あるいはパーティーの仲間たちも一切訪れては来ない。


「俺も勇者ノーブルと同じ運命か……ふん。憧れに近づけたとでも思うべきかな」


 そんな皮肉を言う余裕ぐらいはあったが、バーバルは己をほとんど死んだ人間同然だと認めていた。


 勇者として返り咲くことはもう決してないだろう。魔王に二度も負けたのだ。かつてノーブルは奈落王アバドンを討伐せずに封印しただけで失脚させられた。今頃、キャトルの出ている園遊会ではバーバルに対する罵詈雑言で埋め尽くされているに違いない。


 それに、身分をはく奪されて、改めて冒険者になることだって出来やしないはずだ。よりによって聖剣を魔王国に置き忘れてきたのだ。その罪をどのように贖わせるか。王国の上層部はすでに考えているはずだ。


「なぜ……俺はあれほど……セロに嫉妬してしまったんだろうな」


 とても不思議な気分だった。


 勇者と呼ばれていた頃は、あんなにセロに執着していたのに……


 今となってはそれがあまりに馬鹿げた負の感情だったと理解出来る。己の愚かさを客観的に分析して、そんなふうに冷めた目で自身を捉えることも可能になっていた。


 そもそも、セロ討伐を思いついたのはなぜだったのかと考えを巡らす――たしか、どうしようもないほどに他愛のない思いつきでしかなかったはずだ。第七魔王こと不死王リッチの討伐失敗後に、王女プリムの寝室にて寝物語で話したことがあった。


「不死王リッチなど俺の敵ではなかった。俺一人で十分に倒せたはずなのだ」

「では、聖女クリーン様が邪魔をしたと?」

「その通りだ。屑野郎セロほども役に立たない女だった」

「ですが、バーバル様は幼馴染のセロ様が抜けてから、ずっと調子がよろしくないと噂で――」

「そんな噂を信じるな!」

「…………」

「勘弁してくれ、プリムよ。貴族どもはいつも無責任に好き勝手なことばかり言うものだ」

「では、セロ様が魔王になった今、白黒はっきりとさせるタイミングなのかもしれませんね」

「全くだよ。すぐに分からせてやるさ。どちらが本当の主役なのかな」


 こうして王女プリムに誇示するかのようにしてバーバルは決断してしまったわけだ。


 もっとも、今となってはさながら熱き血潮が凪のように引いてしまったかのように。そんな短絡的な決定をした自分をなじってやりたい気分だった。


 おそらく熱に浮かされていたのだ。聖剣に選ばれ、勇者となって、王女プリムと結ばれて、王国の未来を一身に背負い、自分をより大きく見せつけたかった――そんな子供じみた誇りの為に、ずっと付き合ってきた幼馴染を追放してしまった。


 バーバルは己の仕出かしたことに苛まされて頭を両手で抱えた。不可能だとは分かっていたが、もう一度だけセロに会って確かめたかった。二人の間にまだ友情があるのかと。あるいは、セロはバーバルを赦してくれるのかとも。


 もちろん、それがどれだけ身勝手な言い草かは分かっていたし、バーバルも今度こそセロに誠心誠意謝罪するつもりでいた。


 が。


 そのときだった。


 こん、こんと――部屋のドアが叩かれたのだ。


 そして、バーバルが返事をするまでもなく、ドアは勝手に開くと、入って来たのは黒服を来た神官たちだった。


「何の用だ?」

「バーバル様、是非とも我々に協力していただきたいのです」

「セロを倒せというのなら土台無理だぞ。最早、人の手に負える存在ではない」

「ならば、簡単な話です。貴方も人でなくなればいい」

「はあ? ……いったい、何が言いたい?」


 黒服の神官の一人が代表してバーバルに近づくと、何事かをその耳もとで囁いた。バーバルはつい鸚鵡返しする。


人造人間ホムンクルスに……なれだと?」

「かつて我々の祖先は人造人間フランケンシュタインという失敗作を生み出しました。しかし、今の我々ならばそれを超える技術を持っていると自負しております」

「俺に化け物になれというのか?」

「魔王を倒す為です。もちろん、すぐに答えを求めているわけではありません。じっくりとお考え下さい」

「馬鹿な。そんなモノになるわけなどなかろう?」

「どのみち貴方に残された選択肢はさほど残っているとは思えませんが?」

「…………」


 そう言って、黒服の神官たちは恭しく部屋を出ていった。


 薄暗い塔上の一室でバーバルはまた両手で頭を抱えた。黒服の神官の言う通りだ。選択肢など与えられていない。人知れず死罪になるか。そうでなければ化け物になるかだ。


 もちろん、このときバーバルは知らなかった――彼の運命さだめはすでに悲劇という名のくびきから決して逃れられないものになっていたことを。



(第一部、了)



お読みいただき、ありがとうございました。

よろしければ、現時点での評価で構いませんので、↓にある★評価やブックマークをお願いいたします。連載の励みにして頑張ります。


これにて第一部は終了となります。明日からは第二部です。これまで陰でひっそりと動いていた者たちとセロは対峙していくことになります。お付き合いいただけましたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
[一言] 知る由もなかった「系」です。 そう、即ち知る由もなかったと表現していなくとも、それに準じた言葉であれば系に含まれるのです。 そもそも、最近のなろう系作品というのもなろうで出されている作品以外…
[一言] モタ、キャトル、バーバルの3人が1話で知る由もなかった系の対象となります。
[一言] ワンターン、スリィーキィルゥ… もとい 1話に3知る由もぉ… 読者は遠くを見つめながらそう思った。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ