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=08 追補 勇者


 王都に着くと、駆け出し冒険者のバーバルは暇になった。


 セロは聖職者として、またモタは魔術師として、それぞれ法術や魔術の上級職エキスパートの資格を得る為に大神殿や魔術師協会へと座学や実技の修行をしに行ったのに対して、剣士であるバーバルは特にやることもなかった。


 王都の冒険者組合に登録し直して、名を上げる為に魔物モンスター退治でもするべきところだが、一人きりではやることが限られてくる。


 それに、モンクのパーンチみたいに他のパーティーにゲストとして参加して依頼をこなしてみたが、どうにも肌に合わなかった。セロたちと一緒にいるときのようには上手く動けずに、大言壮語したわりには実力が出せなかったのだ。


「やれやれ。連携の違いだろうか……それとも、結局は仲間意識の問題なのか……」


 バーバルはぶつぶつと呟きながら王都の中央通りを歩いていた。


 今日は初心に帰って、古書でも漁ろうと思っていた。バーバルが子供の頃から憧れてきた高潔の勇者ノーブルについて書かれたものでも読んで、自らを奮い立たせようと考えたのだ。


 バーバルやセロの故郷はド田舎で、書物など手に入らなかった。


 だが、勇者ノーブルについては伝承として語り継がれてきた。曰く、真祖カミラや邪竜ファフニールといった二人の魔王の戦いを仲裁して、奈落王アバドンの放つ蝗害も収めた大人物――


 バーバルたちの育った地方でも、勇者ノーブルは魔物や魔族を退治して幾つかの村々を救っていたこともあって、その活躍譚はまだしっかりと口伝で残されていた。


 が。


「そんな馬鹿な……」


 バーバルは王都の古書店で思わず目を疑った……


 地方の伝承と、中央の書物とでは、勇者ノーブルの扱いが全く違ったからだ。


 奈落王アバドンを封印したのはいいものの、討伐出来なかったとして、勇者ノーブルは流刑に処されていた。バーバルも勇者ノーブルの旅路の結末は知らなかっただけに、これには大きなショックを受けた。


「たった一度のミスで……王侯貴族や民衆の熱狂はこうも冷めてしまうものなのか……」


 高潔と謳われて支持されてきただけに、その反動も大きかったのかもしれない。


 何にせよ、バーバルはどこか夢から覚めたような気分だった。守るべき人々がすぐ背後から武器で突いてくる裏切り行為――バーバルはなぜかその大衆の中に幼馴染のセロを見出していた。


 もちろん、バーバルはすぐに頭をぶんぶんと横に振った。


「いったい何を考えているのだ、俺は……」


 バーバルはため息をついた。たちの悪い冗談みたいな話だ。


 だが、これ以降ずっと、バーバルはどこか違和感といったものを拭いきれずにいた。


 パーティーの中心はバーバルであって、リーダーとして皆をしかと導いてきたつもりだ。おかげでセロやモタと一緒に組んだときはどんな依頼もこなすことが出来た。


 それなのに二人から離れると、バーバルはただの力不足の剣士として他のパーティーでは疎まれた。若くて野心家でもあったバーバルには到底理解出来ない現実だった。いや、納得したくなかったのだ――バーバルこそがセロに導かれていたという事実に。


 バーバルこそが主役であって、世界の中心たりえると信じてきたからこれまで戦ってきた。


 セロをよく守ったのも、バーバルの方が強かったからだ。まさか逆にセロに守られていたなど、バーバルにとっては二律背反以外の何物でもなかった。


 とはいえ、セロは大神殿で修行して《司祭》となって、モタも師匠について《魔女》となった。バーバルは一人で焦っていた。自分だけが何者にもなれていない。それどころか、最近では自らの力を疑い始めている。


 そんなときだ――


 王都にて聖剣の一般公開の噂が流れた。


 バーバルは酒場にてその話をしていた者に一杯奢ってから詳しいことを尋ねてみた。


「聖剣とは、伝承に聞く勇者が携える宝剣のことか?」

「そうだよ。何だ、よく知っているじゃねえか? 今は大神殿にあるんだぜ」

「ではそれを抜けば、勇者になれるということか?」

「まあな。勇者様なんて三十年以上も出てきちゃいないが……」

「それでも勇者になれる可能性があるのだろう? お前は抜きに行かないのか?」

「無理だよ! 無理! そもそも勇者になったら魔王討伐に行かなきゃならねえんだぜ? 死に行くようなものじゃねえか」

「ふむん。そういう考えもあるのか」


 自ら主人公になることを放棄する男の考え方に対して、バーバルはわずかに首を傾げた。


 もっとも、その男はさらに奇妙な話を付け加えた。


「そもそも、妙な噂もあるんだ」

「妙だと?」

「ああ。聖剣を抜きに行ったやつが帰って来ないとか、化け物になってどっかに現れたとか、そんな突拍子もない奇怪な話さ」


 バーバルは「ふん」と眉をひそめた。


 大神殿に行ってそんなことになるならセロはとうに化け物になっているはずだ……


 おそらくこれは聖剣を抜かせに行かせない為のデマに違いないとバーバルは踏んだ。他に有力な者が現れないようにと誰かが仕組んだ話が、三十年も経って信憑性を帯びてしまったのだろう……


 何にしても、その夜、バーバルは宿屋でじっくりと考えた。


 勇者ノーブルにずっと憧れていた。いずれは世界の中心的な存在になりたいとも夢想していた。


 ノーブルが高潔ならば、バーバルは熱血の勇者と謳われるようになりたかった。バーバルの体内に流れる野心という熱き血潮で七体もの魔王を討伐してみせる――そんな夢物語を幾度、思い描いたことだろうか。


 もちろん、全ては子供の頃の単なる空想に過ぎなかった……


 それに酒場の男が言ったように、魔王の討伐に行くなど、今のバーバルの実力からすれば死地に赴くようなものだ。


「だが、聖剣があれば……あるいは《勇者》の称号があるならば……」


 バーバルはベッドに横になりながら、片手を真っ直ぐ宙に伸ばした。


 何かを掴み取れると信じて。何者かになれると願って。そして、セロやモタを今度こそ己の力で導けると祈って――


 翌日、バーバルは大神殿に向かった。


 こうして聖剣を抜いたことで、三十年ぶりの勇者誕生の報が王都に流れたわけだが、このときに生じた熱き血潮がかえってバーバルを狂わせていくことになるなど、バーバル自身も気づいてはいなかった。


 勇者パーティーが結成されるのは、それから数日後のことである。


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