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034 真実を見抜く者


 パーティーが一斉に勇者バーバルを犯人として指差したせいか、トマト畑にはしばらくの間、白々とした空気が流れた。


 ダークエルフの双子の片割れ、ドゥまでが真似をして、


「……こいつ」


 と、指を差している始末だ。


「ええと……私はダークエルフのリーダー、エークと言います。ところで最初に聞くべきでしたが、なぜこのトマト畑に人族の皆さんがいるのでしょうか?」


 エークはそう言って、眼前の面々を見渡した。


 そして、エルフの狙撃手トゥレスを見掛けて、すぐに顔をしかめた。


 一方で、トマト泥棒と名指しされた勇者バーバルはというと、エルフとダークエルフが犬猿の仲で、これ以上に話がこじれるのを危惧して、慌ててエークの質問に応じた。


「申し訳ない。ここがダークエルフの管轄しているトマト畑だとは露知らず、許可も取らずに入ってしまった。もしや、ここも迷いの森の延長線上だったのだろうか? まず非礼は詫びよう。それに賠償が必要だと言うなら払おう。何にしても俺たちはすぐにここから出て行きたい」


 勇者バーバルにしては珍しく平身低頭といった感じの釈明だったが、エークはさらに怪訝な顔つきになった。


 そもそも、人族の間で魔王が討伐対象としてよく知られているように、魔族領でも勇者パーティーはお尋ね者とされている。いまだに相手はきちんと名乗っていないが、エークの前にいるのはどう見ても、バーバル、モンクのパーンチ、それに狙撃手トゥレスだ。


 唯一女性だけはよく知らないが……法術ですぐさまパーティーを完全回復したところを見ると、かなり高位の神官のはずだ。おそらく光の司祭と呼ばれたセロの後任に当たるのだろう。


 エークはそう判断して、さらにこう結論付けた――


 何にしても雑魚・・だ。


 セロの進化した自動パッシブスキル《救い手オーリオール》によって数段強化されたエークの敵ではない。何なら、ドゥはともかくディンにも及ばないかもしれない。


 だからこそ、賢明な近衛長でもあるエークは顎に片手をやって疑り深い目つきになった。


 いや、待てよ……


 本当にこんな雑魚どもが勇者パーティーなのだろうか……


 逆に、これは第六魔王国に対する欺瞞工作の一環であって、実は偽物ではなかろうか、と。


 実際に、たとえ《救い手》なしでも、エーク本来の実力ならバーバルをど余裕で倒せそうだ。エークはセロが人族だった頃の実力を知らないものの、少なくともセロとパーティーを組むのにこの面子では不釣り合いにも程があるとみなした。唯一マシなのが名も知らぬ女神官ぐらいか。


「…………」


 そんな疑心のせいか、エークはつい無言になってしまった。


 一方で、勇者パーティーはというと、エークの不気味な沈黙に対して情けなくもびくびくと震えるしかなかった――


 眼前のエークはさすがにダークエルフのリーダーというだけあって、たった一人で勇者パーティーを相手に出来るだけの猛者だ。すぐそばにいる子供たちですらかなりの実力者に見える……


 もちろん、勇者パーティーからすれば、ダークエルフがセロの配下で、かつ《救い手》によって強化されていることをまだ知らない。そういう意味では、エークたちを過大評価していた。いわば、勇者パーティーも、エークも、互いに不幸な思い違いをしていたわけだ。


 とはいえ、勇者パーティーはエークの機嫌を損なうことを恐れた。


 ここが《迷いの森》の延長線上だというなら、敵対してしまったら他にも潜んでいるはずのダークエルフとも戦わなくてはいけない。


 その一方で、エークもまた恐れていた。


 このひ弱なパーティーが偽物ではなく、もし本物だったとしたらセロの知人に当たる。


 バーバルたちがセロにした仕打ちについてはルーシー以外聞かされていなかったので、たとえ魔族領に侵攻した勇者パーティーといえども、エークの判断一つで無礼を働いていいものかと、さっきから悩み抜いていたわけだ。


 ただ、それでもエークは底深い眼差しで狙撃手トゥレスをじっと見つめた。


 他の人族はまだしも、このエルフだけは話が別だ。ダークエルフにとってエルフが犬猿の仲だということもあるが、そもそもからしてトゥレスは――


 というところで、エークは「ん?」と、ふいに宙を見た。


 すると、ドンっ、と。


 何かが畦道に飛来した。いや、正確に言うと、ぶっ飛ばされてきた。


 人狼の執事ことアジーンだ。


 見るも無残なほどに襤褸々々ぼろぼろで血塗れだった。人造人間フランケンシュタインのエメスによる《白リン弾》の実験に付き合っていたせいだ。


「「「「ひいっ!」」」」


 当然のことながら、勇者パーティーは全員、情けない悲鳴を上げた。最早、すぐさま命乞いでもしてきそうな雰囲気だ……


 エークは額に片手をやって、やれやれと頭を横に振ってから、


「アジーンよ。いったい何をやっているのです?」

「……ふん。ご褒美だ」


 血塗れのアジーンは自らの性癖をはばかることなく露出してサムズアップした。エークは頬を赤らめて、つい羨ましいなあと思ってしまった。


「「「「ひええっ!」」」」


 そんな二人の変態性に勇者パーティーは全員、ドン引きした。最早、付き合いきれないと、三跪九叩頭でもして助命を嘆願してきそうな勢いだ……


 もっとも、そんな勇者パーティーの中でも、女は度胸というべきか――


 聖女クリーンだけは何とか気を取り直してエークに話しかけた。


「実は……私どもは目的があってこの地に来たのです」

「ほう。その目的とは?」

「セロ様にお会いしたいのです」


 聖女クリーンはずばりと言ってのけた。


 そもそも、クリーンは聞き逃していなかった――「セロ様に近づけちゃダメ」と、エークと手を繋いでいるドゥが言ったのだ。


 ダークエルフの子供が様付けしているぐらいだから、セロとは何かしらの交流があって、さらに敬意まで持っているということだ。それをリーダーであるエークが知らないはずがない。


 クリーンはそう考えて、エークの懐へと切り込んでみせた。


 一方で、エークはまだ用心深く、クリーンをしげしげと見つめてから尋ねた。


「なぜ会いたいのでしょうか?」

「私どもはセロ様とのすれ違いによる誤解で、取り返しのつかないことをしてしまいました。その謝罪と話し合いをしたいのです」


 もちろん、セロが魔族となっていたら謝罪も話し合いもするつもりなど毛頭なかったが、嘘も方便ということで、クリーンは沈痛な面持ちで語ってみせた。王国民だったなら、それだけでケロっと騙されたことだろう。


「…………」


 しばらく沈黙だけがその場を支配した。


 聖女クリーンの機転によって、勇者パーティーも何とか息を吹き返した。このままエークを押し切って、セロのいる場所まで案内してもらおうかといった雰囲気にまで回復している。


 が。


 エークは意外な人物に顔を向けた。


「ドゥ?」


 すると、ドゥはふるふると小さく頭を横に振った。


 ちなみに、同じ双子のディンが若くして博識な上に魔術にも長けているのに比べると、ドゥはさほど頭も良くないし、魔術も上手く扱えない。だから、ディンに少しでも近づきたいと武器を手に練習しているのだが、それもいまいち伸びてこない。


 それほど劣っているにもかかわらず、エークがセロの側にドゥをわざわざ配したのには理由があった――


 ダークエルフの中で他の誰よりも真実を見抜く力があったからだ。最長老のドルイドからは《巫女》かもしれないと示唆されたこともある。


 何にしても、セロがあまりにお人好しな性分だけに、欺かれて誤らないようにと、エークはドゥに大切な役割を持たせてセロのすぐ側に付かせたわけだ。


 そのドゥが聖女クリーンを否定した。


 だから、もう迷うこともなく、エークは突き刺すような口調で聖女クリーンに答えた。


「やはり会わせるわけにはいかないですね」


 そして、同僚の執事にちらりと視線をやると、アジーンも起き上がって、エークに並んでから言葉を続けた。


「もし、貴殿らがそれでもセロ様に会いたいと言うならば――」

「私たちを倒してから行くことです」


 こうしてエークとアジーンは勇者パーティーの前に立ち塞がったのだった。


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