000 コミックス第一巻発売記念SS 昨日人族、今日魔族!? (後半)
明日、2月27日(木)に大盛無量先生によるコミックス第一巻が発売ということで、その応援SSの続きとなります。よろしくお願いいたします。
魔王城の玉座の間はまだ修復中とあって、セロとルーシーがわざわざ魔王城の入口広間まで赴くと、そこにはたしかに老齢のハーフリングの冒険者が突っ立っていた。
ルーシーは親しげにその冒険者に声をかける。
「おお! 其方はたしか――」
「お久しゅうございます。お姫さま。モニャンであります」
「うむ。十年ぶりか。息災で何よりだ」
どうやらルーシーの古い知り合いらしい。
いかにも歴戦の冒険者といったふうで、襤褸々々のマントに、得物は短剣、また身の丈のほどの弓も背負っている。
他に目立つといったら、引きずっている大きなアイテム袋だろうか。
ハーフリングと言えば、セロはどこか能天気なモタを思い出すわけだが……
そんなモタとは対照的に、このモニャンは用心深い眼差しをセロに向けてきた。
とはいえ、こればかりは仕方のないことだろう。ルーシーの隣に吸血鬼でも、人狼でもない見知らぬ魔族が堂々と立っているのだから。
「お姫さま……はてさて、こちらの御仁は? 恐ろしいほどの魔力が渦巻いているわりに……どこか不安定というか、やや危うげにもお見掛けしますが?」
モニャンが恐縮しつつ尋ねると、ルーシーは「ふふん」と胸を張った。
「この者は妾の同伴者となったセロだ。母上に代わって、新たな第六魔王として立った」
「お、おお……それは大変失礼いたしました! セロ様、改めまして某はモニャンと申します。以後、お見知りおき頂きましたら幸甚でございます」
「ええと、僕はセロと言います。つい最近まで人族で聖職者をやっていました。ひょんなことから魔族になって、こうしてルーシーと縁を得たばかりです。こちらこそ、よろしくお願いします」
セロはとても丁寧に返した。
ルーシーからはこっそり、「魔王になったのだから尊大でいい」と指導されたものの、すぐに魔王として振る舞えるほどセロは器用ではない。
ただ、モニャンはそんなセロに好感を持ってくれたようだ。さっきから短い尻尾が横にぶんぶんと揺れている。
それはさておき、ルーシーはモニャンについて説明をしてくれた。
「セロよ。この魔王城には御用商人とでも言うべきハーフリングの商隊が一年に一度ほど訪ねて来る。こやつは長らくその商隊の護衛隊長を務めていた者でな。当時から、食い意地の張った変人だった。今は引退して、独りきりで大陸のあちこちを回り、自由気ままな食べ歩きをしていたんだったか?」
「某如きのことをよく覚えておいでのようで、うれしい限りであります」
モニャンはそう言って、頭をぺこりと下げた。
セロがさらに詳しく話を聞いてみると、どうやらモニャンは『迷いの森』のマンドレイクを採取しようと北の魔族領に立ち寄って、その際にダークエルフに遭遇して真祖カミラが討たれたことを知ったらしい。
「じゃあ、カミラさんの弔問の為に、わざわざ来てくださったんですか?」
セロが尋ねると、モニャンはお悔やみを伝えつつも、急にもじもじとし始めた。
「じ、実は……カミラ様が討たれたことで……真祖トマトまで焼き尽くされてしまったのではないかと気が気でなくてですな……こうやって急いで駆けつけた次第であります」
この言葉にセロは驚いて、ついぽかんとなった。
先ほどルーシーに変人呼ばわりされていたが……なるほど、これは相当だ。まさかカミラよりもトマトが大事と言い切る者がいるとは思わなかった。これにはさすがにルーシーも怒るかなと思っていたら……
「はは。モニャンよ。そう畏まらなくてもいいぞ。真祖トマトは無事だ。となると、貴様の目的はそっちか? たしかにそろそろ真祖トマト解禁のシーズンで、今日の朝食でもちょうど食べようとしていたところだ。何なら一緒にどうだ? ついでに旅の話でも聞かせてくれ」
ルーシーがそう言うと、モニャンはぴょんと短い尻尾を立てた。
こういうところはハーフリングの愛嬌でもある。多少の無礼は許せるから不思議なものだ。
すると、モニャンはアイテム袋からごそごそと何かを取り出した――棒状の堅焼きパンとマンドレイクの球根だ。パンは西の魔族領との国境付近にある砦で手に入れたものらしい。また、マンドレイクの球根はにんにくとして知られる高級食材だ。
「それでは旅の話の前に……よろしければ、今日の朝食は某に任せていただけますかな?」
モニャンはそう言って、セロに目配せをした。
どうやら魔族の料理――素材をそのまま食べるだけ――をよく知っているらしい。セロもきちんと調理したものを食べたかったので、二つ返事で肯いた。
とはいえ、モニャンの料理はとてもシンプルなものだ。
まず堅焼きパンを輪切りにして、マンドレイクをすり潰してからパンに塗り込む。そこにチーズの細かい欠片をぱらぱらとまぶして、切り刻んだ真祖トマトを乗せる
ただし、モニャン曰く、「棒状の堅焼きパン一本につき、真祖トマトは二個が適切な量であります。難しいのはこの二個という目分量で……真祖トマトは形も大きさもバラバラなので料理人の感覚が試されるのです」
たしかにモニャンが言う通り、無農薬かつ有機栽培される真祖トマトは形などがまばらだ。もとはといえばカミラが家庭菜園レベルで育ててきたのだから出来上がりが歪なのは仕方がない。
さらに、この城にはまともに料理ができる者がいないので計量器等も置かれていない。だから、刻んだトマト二つ分すらきちんと合わない。
すると、ルーシーがセロの頭を見つめながら可笑しなことを言い出した。
「計量というなら、ちょうどいいものがあるではないか。なあ、セロよ。それを貸してくれ」
セロは嫌な予感がした。
もっとも、ルーシーはセロの許可をもらうまでもなく、セロの頭の角に真祖トマトを突き刺した。
「ふむん。程よく二個分のトマトがこの角で測れるな。どうだ、モニャン? この角を使えば、トマトを刻むのと同時に目分量まで分かるぞ」
「おお! さすがは魔王セロ様! さすがであります!」
そんなふうに褒められても全くもってうれしくないセロだったが……
何にしても、こうしてモニャンの料理は最後にマンドレイクの茎を刻んで乗せて、生活魔術の『とろ火』で焼いて完成した。
モニャンが自信満々に説明する。
「これは古の大戦以前、靴の形と謳われた国にてブルスケッタと呼ばれた料理であります。どうぞお召し上がりくだされ」
セロも、ルーシーも、一口齧って目を丸くした。
マンドレイク特有の臭いを真祖トマトのジューシーさが打ち消した上で深い味わいになっている。しかも土台になっているパンも噛みしめていくにつれ甘く、そこにチーズのまろみが加わっていく。
「これは……すごく美味しいね!」
「うむ。頬が落ちるとはこのことだな!」
「真祖トマトやマンドレイクを食材に使ったことで、最高のブルスケッタになったと自負するであります」
こうして三人は一時、朝食を楽しんだ。
モニャンの旅の話も愉快で、ついさっきまで寝室で二人して顔を曇らせていたのに、今では笑顔だ。
もちろん、モニャンが生活魔術の良き使い手であることを見抜いて、この後にルーシーのぬいぐるみことフォロボスくんの術式の修復を頼んだのは言うまでもない。
なお、モニャンは翌日には『火の国』に麦酒を求めて旅立ってしまったが――ハーフリングの商隊こと御用商人が第六魔王国にやって来て、一騒動起こすのはそれからわずか一週間ほど経ってからのことになる。
セロの角にトマトを突き立てるのはコミックス第一巻のpp35、第一話と第二話の幕間に描かれています。また、ブルスケッタについてはカバーを取った裏表紙にありますのでご確認くださいませ。
あと、最後のオチでもあるハーフリングの商隊はWEB版では出てきません。書籍版二巻及び外伝に当たる『おっさん』(カクヨム掲載)にも登場しますので、よろしければお読みいただけましたら幸いです(ちゃっかり宣伝)。