&102 外伝 王国生誕祭 10
「うーん」
「うーん」
と、本物のセロと現王シュペル・ヴァンディスは二人して呻っていた。
今、セロはシュペルの護衛に扮しつつ、王都のファンシーグッズ専門店で本物のルーシーの買い物に付き合っている状況だ。
セロやルーシーに扮した高潔の元勇者ノーブルや夢魔のリリンにはすでに馬車で王城に向かってもらった。いつまでも二人がここにいると、裏通りの人だかりが解消しないし、さらなるハプニングが起きかねない。
それにこれ以上、余計な二次災害が起きないように中央市場で待機しているはずのダークエルフの付き人ドゥやディンを拾ってほしかった。
おかげで現在、店内では今回の騒動が起きる直前と同様――
女性店員、幾人かの貴族子女、彼女たちの護衛騎士たちに加えて、シュペルとセロがいるだけに過ぎない。
もちろん、お店のすぐ外には近衛たちが立哨して、たとえ貴族であろうとも入店を拒んでいる。ただ、シュペルからすれば、セロたちを伴ってさっさと退店したかった。というのも、さっきから、
「現王……それではこちらの商品は如何でしょうか?」
「うーん」
「王女キャトル様には絶対にお似合いだと思うのです。何でしたら王と王女様のペアルックなんかで社交界にお出になられるのもよろしいかと?」
「うーん」
と、まあ、こんな感じで女性店員がぐいぐいと迫ってくるのだ。
さすがは貴族子女たちを相手に商売をしているだけあって、現王相手でも全くブレない。
むしろ、これを機に王都でファンシーグッズを広めようと殺気立っているほどだ。何せ、店内には今、姿形だけは現王の護衛やその娘のソワサンシス嬢に扮しているものの、第六魔王国の魔王と妃までいるのだ。
しかも、その妃は何と言ってもファンシーグッズ愛好会の会員番号ナンバー一番だ。たとえ現王にちょっとばかし粗相しても取り繕ってくれるに違いない。
そんな現状を受け、女性店員は「乗るしかない、このビッグウェーブに!」とばかりに現王を攻め立てていた。
おかげでシュペルはというと、さっきから「うーん」としか言えない有り様だ……
その一方で、本来ならば、ぐいぐいと商魂逞しく寄ってくる女性店員からシュペルを守るべき護衛のセロもまた「うーん」と呻っていた。
ルーシーの買い物がいつまで経っても終わりを迎えそうになかったからだ。
とはいえ、セロからすれば二つの大きな収穫はあった――
まず、ルーシーに何とまあ人族のマブダチができたことだ。
旧門貴族でも有名なゴスロリスキー伯爵の令嬢だそうで、ヒトウスキー伯爵同様に一癖も、二癖もありそうな人物ではあるものの、好き嫌いがはっきりしている分だけかえって裏表はなさそうだ。
ともすれば、近衛長のエーク同様に「王都を灰燼に――」などと言い出しかねないルーシーの情操教育にはちょうどいい相手かもしれない。
実際に、今だってセロ以外には無愛想なルーシーがにこにこしながらゴスロリスキー嬢とショッピングしているぐらいだ――
「貴様にはこの羊悪魔型のドレスがいいのではないか?」
「あらあ。素敵ね、ルー……じゃなかったソワサンシス様。あと、このぬいぐるみのフォロボスくんシリーズだってなかなか良くてよ」
「ふむ。実は、妾はすでにフォロボスくんを幾つか持っていてな」
「え? このシリーズは最近、お店に入荷したばかりなのに?」
「昨年、モルモが妾にお土産として持たせてくれたのだ。部屋にずいぶんと飾ってあるぞ」
「ずるい。もしかして……他にも?」
「ま、まあな」
「私としては何としてでもルーシー様の私室にお呼ばれしたいわ」
「ならば、四の五の言わずに来い。何なら帰りの馬車で魔王城に共に来るか?」
「それは……なかなかに素晴らしい提案ね」
完全にルーシーとバレているのはともかくとして、セロは生温かく二人を見守った。
このままファンシーグッズ同好会の子女たちと仲良くなってくれるなら、いつかはルーシーだって人族の社交界に気兼ねなく出てくれるかもしれない。つい昨日まで「人族の付き合いに興味なぞない」と言い張っていた人物とは思えないほどだ。
「あと……ショッピングはなるべく早く終わらせてほしいな」
セロとしては切にそう願うばかりだ……
次に、もう一つの収穫と言えば、芋虫盗賊団なる胡乱な連中と繋がりができたことだろうか。
というのも、その頭領たる人物が連行されて出ていく際に、出入口付近にいたノーブル扮するセロとすれ違いざま、
「へへ。じゃあ、頼んましたぜ、旦那」
と、小声で言って目配せまでしてきたのだ。
当然、頼まれることなど何一つとしてなかったセロがこれまた小声でノーブルに確認したところ――
「実は……魔獣はいなかったのだ」
「あ、やっぱり?」
セロは「はあ」とため息をついた。
店内にいた皆がやけにルーシーに視線をやるものだから、「おかしいなあ」とセロもずっと思っていたのだ。
「で。結局、どういうことだったの?」
「ルーシー殿としては今回はしゃいで引き起こしてしまったことを大事にしたくはないらしい」
「まあ、あの魔力の放出はマズかったよね。魔術師協会とか、大神殿とか、魔力反応に敏感な人たちならばすぐに分かっちゃうもの」
「うむ。それで魔獣の出現にしたわけだ」
「でも、王都で魔獣を召喚するなんて重罪だよ? 死刑どころか、一族郎党末代まで処されてもおかしくない。よくもまあ、あの盗賊の頭領がそんなことに承知したものだね。精神異常でもかけて洗脳しちゃったの?」
「いや。それはしていない。何せ、幾つものアクセサリーで耐性を有していたようだからな」
「へえ。じゃあ、いったいどうやって言質を取ったのさ?」
セロがノーブルにさらに声をひそめて尋ねると、今度はリリンが沈んだ顔をしながらやって来た。
「本日中に外交的努力によって、第六魔王国に盗賊どもの身柄の引き渡し要求をいたします」
「……え?」
「今回の事件、表向きには盗賊どもが魔獣を放ったことになります。これだけの騒ぎです。噂も今頃、広まっている最中でしょう。ただ、野獣使いでもない盗賊がよりにもよってあれほど禍々しい魔力を持った魔獣を放ったということは――」
「なるほど。つまり、特殊なスキルを有していたか、盗賊たちが協力して未知の召喚術を使ったか」
「はたまた、伝説級のアイテムを持っていたか。そのいずれかの可能性が高いと推測されるはずです。その真偽を確かめる為にも、魔獣が再度現れたとしても被害が少ない第六魔王国にて拷問すべき、と」
「なるほどね。そんなふうに話をもっていって、盗賊たちを釈放するわけか」
セロが納得すると、ノーブルが「いや」と頭を横に振ってみせた。
「釈放するかどうかはセロ殿に判断を任せる」
「どういうこと? 本当に拷問して殺してしまおうってことかな?」
「それでも構わないが、あの者たちはそれなりに利用価値があるはずだ。そうなのだろう、リリン殿?」
「はい。その通りです。事実、王国側の協力者には現王やヒトウスキー卿を始め、いわゆる主流側の人族しかいません。毒には毒を持って制すではありませんが、裏社会の者たちを取り込んでいく好機ではあります」
セロは「ふうん。なるほどね」と相槌を打った。
元聖職者で頭の固いセロからすれば、そんな者たちと付き合いたくはなかったが……何にしても、今回やらかしたのはセロの同伴者たるルーシーだ。為政者としても、また片割れとしても、尻拭いぐらいしなくてはいけない……
「まあ、第六魔王国で留守番をしている人造人間エメスには良いお土産ができたと考えるべきかな」
ともあれ、こうして王国生誕祭の目玉である魔王セロとルーシーの凱旋パレードは幕を閉じた。
セロたちと入れ替わりで王都を満喫できると思っていたノーブルとリリンだったが、リリンはすぐさま外交にて、また盗賊たちを第六魔王国まで連れて行くということでノーブルはその護衛にて――結局のところ、ろくに羽を伸ばせずに終わったのだった。
ディン「市場、面白いねー」
ドゥ「うん」
↑ある意味で一番王都を満喫した二人。
あとは王国生誕祭のエピソードを幾つかやってから本編に戻ります。漫画もスタートしましたし、それに合わせて作品も締めにかかります。また、外伝や記念SSなどでごちゃごちゃしているので、今月中に第四部をいったん削除して、章立てもやり直してすっきりさせます。
何卒、よろしくお願いいたします。