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032 畑守(中編)


「全員、散れ!」


 と、勇者バーバルが指示を出す前に――


 エルフの狙撃手トゥレスは《潜伏ハイディング》によってスニーキングを始めていた。


 馬鹿正直にバーバルやモンクのパーンチに付き合う義理はなかった。それにさっきから畑に入った二人の悲鳴と叫声がずっと上がりっぱなしだ。


 やはり、このトマト畑には何かいる……


 狙撃手トゥレスはさらに用心して自身に《隠形》をかけた。


 実は狙撃手では扱えないスキルだ。それをはばかることなく使用した。


 そうやって、しっかりと存在自体を消してから畑を観察すると、畝間に小さな堀のようなものが続いていることに気づいた。そこをヤモリたちが行き来している。もっとも、まだトゥレスには気づいていないようだ。


 トゥレスはそのヤモリたちをスキルで《分析アナライズ》して、


「――――っ!」


 トゥレスは驚きで、思わず声を上げそうになった。


 何とか両手で口を塞いで事なきを得たが、額から滴り落ちてくる汗を止めることは出来なかった。心音もさっきから、ドクン、ドクン、と高鳴っている。


「……ば、馬鹿な」


 トゥレスの驚きも当然だった。


 というのも、この畑にいるヤモリたちは全匹、最終進化・・・・していたからだ。


 本来、モンスターは進化すればするほどその姿が大きくなる。実際に竜はその典型例だろう。物理的な巨大さはそれだけで脅威になり得る。


 だが、トゥレスは聞いたことがあった――世界最強たる四竜こと超越種の血を引いた一部のモンスターだけ、最終進化にてその姿を小さくするものがいると。最大まで膨張した果てに一気に収縮して、高魔力マナ高密度の状態に戻っていったのが眼前にいるヤモリたちなのだ。


 しかも、この畑には、蜥蜴系で最も危険なモンスターとされるバジリスクよりも遥かに強い超越種直系のヤモリたちが無数にいて、今もちょうど勇者バーバルとモンクのパーンチを追いやっているところだ。


 下級魔術の《土の槍ソイルスピア》などしか使わないのは、特級魔術を使用すると畑に被害が出ると踏んだからなのだろう。つまり、そうした計算ができるだけの高い知性も備えているわけだ。


「王国の騎士団を総動員しても太刀打ち出来るはずもない」


 トゥレスはそこまで見抜いて、「ふう」と小さく息をついた。


 こうなったら三十六計逃げるに如かずだ。つい聖女クリーンの言葉に乗せられたが、まだ魔王認定していない呪人や魔族を討つ為にこんな場所で命を投げ出すのは愚かでしかない……


 そう判断して、トゥレスは畑から出て、ゆっくりと距離を開けていった。


 幸いにしてヤモリたちはいまだトゥレスに気づいていなかった。それにどうやら畑内だけがヤモリの縄張りテリトリーのようで、畑外にまで関心を払っていないように思える。


「何とかなりそうだな……」


 と、狙撃手トゥレスは小さく笑って、じりじりとさらに後退した。


 もっとも、このとき狙撃手トゥレスは足もとにばかり注意して、上空に対する警戒を疎かにしていた。そもそも、なぜヤモリが畑内だけで活動していたのかといえば――


「キイ、キイ」


 トゥレスはその鳴き声を耳にして、恐る恐ると上空に視線をやった。


 そこにはいつの間にか空を覆うほどのコウモリの大群がいた。そう。畑外はコウモリたちがヤモリに代わって見張っていたのだ。


 トゥレスの頬は一瞬で引きつった……


 スキルの《隠形》で見つかっていないことを祈るしかなかった……


 とはいえ、トゥレスも馬鹿ではない。コウモリはもともと視力がない代わりに超音波によって位置関係を把握する生物だ。つまり、トゥレスがどれほど巧妙に隠れようとも、コウモリたちにはとうにお見通しというわけだ。


「キイ!」

「ちくしょう!」


 トゥレスは畑の方に駆け出すしかなかった。


 すでに横も、背後も、コウモリたちによって塞がれていた。


 逃げる先はトマト畑の畦道しか残されていない。まるでそこに追い立てられているかのようで嫌な感じがしたが、先ほど勇者バーバルが宙を跳んでそのあたりに着地したのを見掛けていた。何なら共闘すればいい――


 そこまで考えて、畦道に駆け込むと、


「そ、そんな……」


 トゥレスはさすがに絶句した。


 勇者バーバルも、モンクのパーンチも、晒し首にされていたからだ。


 一応、死んではいないようだが、「うーん」と二人とも顔が原型を留めず、白目まで剥いている。


 そして、トゥレスは《索敵》が出来るからこそすぐに感づいた。この畦道にも幾匹ものヤモリが潜んでいて、今も虎視眈々とトゥレスを狙っていることを――


「ちい!」


 だから、トゥレスは舌打ちしつつも、せめてヤモリだけには標的にされないようにと、もう一度だけ自身に《隠形》を掛けるも、コウモリたちはすでに直上にやって来ていた。そのつぶらな瞳はまるでこう語っているようだった――もう遅い、と。


 次の瞬間、トゥレスを囲むように土の壁が盛り上がった。


 それから、ぽと、ぽと、と。トゥレスに向けて何かが落ちてきた。


 糞か、と気づいたときには、トゥレスは全身を掻きむしっていた。何しろ、それは土竜ゴライアスでさえも嫌がった強烈な猛毒なのだ。


 こうして数秒後、ヤモリたちが土の壁を収めると、そこにはスライムのようにゲル状と化したトゥレスという名の未知の物体Xが誕生していたのだった。



一応、状態異常なので多分治るはずです。

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