&98 外伝 王国生誕祭 06
「この女の命が惜しかったら、俺たちの言うことを聞けえええ!」
突然の闖入者たちに、王都のファンシーグッズ本店にショッピングに来ていた女性客たちは悲鳴を上げた。
上げなかったのは――当然のようにルーシーと、貴族子女を護衛する騎士で、特に後者の者たちは即座に暗器に手を伸ばそうとするも、
「変な動きをするんじゃねえぞ! この女がどうなってもいいのか?」
と、人質にされた女性の首もとに短剣が当てられたのを見て、いったん動きを止めた。
どうやらその女性はそれなりに高い地位の貴族の娘らしく、他の貴族子女たちは「ああ、ネーメス様」と嘆きつつ、それぞれの騎士に「お願い。動かないで……あの者たちの言う通りにして」と懇願した。
おかげでその場にいた騎士たちは全員、互いに視線をやりながら判断を鈍らせてしまった。
ともあれ、闖入者たち、いや賊たちはそんな様子に満足して、魔導具らしき拘束具を店内にいる全員に放り投げていく。
「ほら! それで自ら両手を拘束しろ。嵌めりゃいいだけだ。猿でもできる!」
その場にいた全員――もちろん、ヴィヴィアン・ゴスロリスキー伯爵令嬢やソワサンシス嬢に扮していたルーシーも、賊の言葉に従った。
それは強力な拘束具で、騎士たちはもちろんのこと、魔術を扱える女性店員たちまで無力化された。
これだけの物を用意していたわけだから、かなり入念に計画された襲撃のようだ。
というか、ルーシーはむしろ、うっきうきでその魔導具を率先して嵌めた。しかも、すぐ隣で青ざめていたヴィヴィに対して、
「おい、何なのだ。これは……もしや、王国祭名物の見世物というやつか?」
などと、上機嫌で尋ねてさえいた。
どうやら王都の各地で開かれている演劇か何かと勘違いしているらしい……
これにはヴィヴィも呆れ返るしかなった。
さすがにずっと病床で伏せ、引きこもっていた武門貴族の子女は違うわねといったふうに、やれやれと肩をすくめてみせてから小声で伝えた。
「違うわ、ソワサンシス様。これは見世物ではなく……本当に無法者が入って来てしまったのよ」
「では、さっさと全員で抵抗すればいいではないか?」
「それは無理だわ。だって、ネーメス・クリストファー子爵令嬢があんなふうに捕らわれてしまっているんだもの」
ルーシーは「ふむん」と呻った。
ここらへんは人族と魔族との価値観の違いだろうか。ルーシーからすれば、この場合は賊どもよりも人質となった子爵令嬢とやらが悪い。あんなふうに無様に捕らわれるぐらいならば、自ら頚を刎として憤死すべきだ。
そうでもしなければ誉れなぞ全く保たれまい……
何にしても、ルーシーは動かなかった。そもそも、セロから幾度も言われていたのだ――王都で騒ぎは絶対に起こさないように、と。
ただでさえファンシーグッズに釣られて、皆とはぐれてしまったばかりだ。
今、こうやって冷静に振り返って、ルーシーはやっと「しまったな」と、厄介ごとに巻き込まれた自らの行動を省みた。
すると、ルーシーの隣にいたヴィヴィは震えながらも賊たちに向けて声を上げる――
「あ、あ、貴方たち!」
「ん? 何だあ?」
「目的はなな何なのかしら? こんなことをしても、す、すぐ外には、幾人もの騎士や衛士たちがいるのよ。絶対に逃げられないわ」
その言葉に、賊たちはかえって「へへ」と嘲りを浮かべる。
「残念だったなあ、嬢ちゃん。そろそろパレードが始まるとあって、騎士どもはほとんど中央通りの警備についているぜ。こっちの裏通りには衛士どころか、依頼で警備をしている冒険者たちだって――」
そこで言葉を切って、賊はいかにも残念そうに肩をすくめてみせた。
「いるにはいたが、まあ、この通りってわけさ」
賊はそう言って、自らを指差した。
つまり、この裏通りを警備する為に配置された冒険者が盗賊行為を働いたのだ。いや、より正確には賊が冒険者に扮していたのか。何にしても、やはり入念な強盗の計画に違いなかった。
「そ、そんな嘘でしょ……」
「嘘じゃあねえよ。じゃなきゃ、オレたちだってこんなに簡単には襲撃できねえさ。王国民は皆、第六魔王とその妃をよほど見たいんだろうぜ。おかげさまで絶好の稼ぎ時ってやつさ」
「稼ぐって……目的はお金なの?」
「それもあるが――テメエら、貴族どもの身柄もだよ。オレたちがこの王都から出ていくまで、大人しく捕まっていてもらうぜ。まあ、安心しろや。大人しくしていれば命までは取らねえ」
その言葉に、貴族の子女たちは「ああ」とまた嘆いた。
さながらお通夜みたいな雰囲気だ。これにはルーシーも不満顔だった。とはいえ、ぱっと見た感じでも、戦えそうなのはお付きの騎士たちくらいか。少なくとも貴族子女に立ち回れるほどの実力者はいない。
また、その騎士たちとて、賊たちに比べればずいぶんと少ない上に、今や魔導具で拘束されている。
「さあて、嬢ちゃんら。身分を名乗れ! 嘘をついたら、この娘の顔に傷が一つずつ増えていくぜ」
賊はそう言い放った。
さすがに全員を人質として捕らえるつもりはなさそうだ。高位の者だけ連れて行くつもりなのだろう――
すると、ヴィヴィはソワサンシス嬢ことルーシーにちらりと視線をやった。今、この場で最も身分が高いのは間違いなく新王族のヴァンディス家に連なるソワサンシスだ。
ただ、病弱とされるソワサンシスがはたして人質などという過酷な状況に耐えられるかどうか……
今はまだ元気なようでも、おそらく今回の王国生誕祭に参加しようと、薬や法術に頼って無理をして出てきたはずだ……
と、ヴィヴィはそこまで心配して、数歩、前に進み出た。
「人質というならば、私を連れて行きなさい! 私は――ヴィヴィアン。旧門七大貴族が一つ、ゴスロリスキー伯爵家の長女よ!」
賊たちはそれを聞いて、「ほほう?」と色めきだった。
かなりの大物だ。本当なのかどうか、人質にしていたクリストファー子爵令嬢のネーメスに確認してから、さらに「こいつより身分の高い娘はここにいるか?」とネーメスを脅しつける。
もっとも、ネーメスは頭をぷるぷると小刻みに横に振った。当然、彼女はソワサンシスの存在をまだ知らない。
「さあ、人質は私だけでいいでしょう?」
「ふん。威勢がいい嬢ちゃんだな。さっきまで震えてたくせに……どっか気に喰わねえぜ」
そんなやり取りの間にも、他の賊たちはてきぱきと女性店員から店にある金銭などをふんだくった。それがちょうど終わったのか、賊の一人が声を上げる。
「兄貴! 盗ったぜ。あとは人質以外、どこかの部屋に閉じ込めておくだけだ」
「そうか。まあ、ちょっとだけ待て。おい、女ども! テメエら、やっぱり全員、家名を名乗りやがれ!」
兄貴と呼ばれた賊の質問に、ヴィヴィはかえって声を荒げた。
「ちょっと待って! 私が人質になるって言ったでしょ!」
「うるせえっ!」
その瞬間、賊はヴィヴィの頬を片手で叩いた。
拘束されていたとあって、ヴィヴィは「きゃっ!」と、その場にどさりと倒れる。
「やっぱ、テメエ……何か隠してんなあ? 誰かいんのか? ここにテメエよりも高貴な奴がよおお!」
賊はそう尋ねながら、ヴィヴィの腹を足で小突いた。
「ううっ」
ヴィヴィは嘔吐く。
直後だ。ぶちん、と。何かが切れる音がした。
「貴様ら……殴っていいのは、殴られる覚悟のある者だけだ。さらに足で小突くなぞ、誉れも何もない。そのことをよくよく自覚しているのだろうな?」
賊は眉をひそめた。
というのも、絶対に外れないはずの高度な拘束具が……ぷちぷち、ぶちんっ、と。物理的に裂けていったのだ。
しかも、よりにもよって賊たちの眼前で禍々しい魔力を放っていたのは――怒りで認識阻害が解けた、第六魔王国の妃こと吸血鬼のルーシーだったのだから。