&96 外伝 王国生誕祭 04
「ソワサンシス様、ようこそお越しくださいました」
「ふむん。王都の本店というから……もっとファンシー全開な店なのかと期待していたんだが、存外に外見は普通だな」
たしかにソワサンシス嬢ことルーシーが指摘した通り、ファンシーグッズを扱う本店は煉瓦造りの聖堂みたいだった。
入口にだけ円柱が幾本か立って、どこか古風で荘厳な雰囲気を漂わせているものの……それこそ古の時代からある魔王城で長い間過ごしてきたルーシーからすれば珍しくも何ともない外観だ。そもそも、さっきだって大神殿を訪問したばかりで、こういうのはそろそろ飽きたと言ってもいい。
もっとも、ルーシーを誘った女性店員はというと、そんなそっけなさこそ注目した。
というのも、一般的な貴族子女たちはこうした厳めしさにかえって後れを取るものだ。特に、貴族は古ければ古いほど良いといった保守的な考えの者たちが多い。
「やはり……この方はかなりの大物ですね」
女性店員はそう呟いて、ぐっとガッツポーズをかましつつ店内へと案内を始めた。
「ささ、ソワサンシス様。こちらです。どうぞ、店内にお入りくださいませ」
「ふむ」
そんな無表情かつ塩対応に定評のあるルーシーだったが……
入店したとたん、今度は「ふおおおおおっ!」と一気にテンションを上げた。
まず、店にいた女性客の着ているドレスがゴシック趣味全開で、いかにも可愛らしかった。
しかも、そんな客の中に金髪のツインドリルの娘までいて、ルーシーは銀の長髪をほとんどいじったことがなかったのでちょっとした衝撃を受けた。
次に、店内はわりとスペースをきちんと取った広々とした空間で、いかにも本店らしく、その年の重要なアイテムがシンプルに展示されていた。ついつい私室をファンシーグッズの汚部屋にしがちなルーシーとしては、こうしたミニマルな佇まいはかえって新鮮だ――
「ふむふむ。実に素晴らしいな! 気に入ったぞ。この店ごと買い取りたいくらいだ!」
ルーシーの言葉に、女性店員は「ふふ」と笑みを浮かべた。
店内の品々には値札が張っていない。つまり、客によって言い値で提供しているわけだ。
上客ならば今後の付き合いを考えて相応の金額を提示するが、そうでないならば吹っかけてお帰り願う――とはいえ、新王家に連なるこのご令嬢は紛う方なく、上客中の上客だと店員はみなした。
何せ、纏っている雰囲気からしてあまりに高貴なのだ。
さっきから「ふおおお」と興奮しっぱなしだが、こういうときにこそ、その人物の素性が分かるというものだ。
ところが、眼前の貴族子女からは高貴さが一切損なわれていない……
さながら徹底的な帝王学でも叩き込まれたかのようで、歓喜している中でも、清らかな品性、芯の通った強さに加えて、地頭の良さを思わせる教養深さが滲み出ている。さすがは新王家に繋がる人物、これは絶対に手放してはいけない御方だなと、店員も改めて考えて、ためしに金額の話を振ってみた――
「この店をお買取りいただくには、王国の国家予算ほどが必要となりますよ」
「ふむん。その程度か。ならば、いっそ店をもらうのではなく、王国ごともらい受けるとしようか?」
「うふふ。ソワサンシス様は冗談もお上手なのですね」
「冗談? いや、妾は本気だぞ」
ルーシーが真顔で返したので、女性店員はまた「うふふ」と笑みを浮かべた。
店員はそんなルーシーの愛嬌の良さにも好感をもった。もちろん、ルーシーとしては本気である――
以前は国庫がすっからかんだった第六魔王国も、今では不死王リッチの遺した金銀財宝、さらに奈落王アバドンの聖所に隠されていた秘宝などを接収して、大陸随一の金満国家になった。お金は天下の回りものなので、ルーシーとしてもそれらをさっさと使ってしまいたい。何なら、これを機に王国を属国にしたっていいかもしれない……
すると、そんな誘惑に駆られたルーシーに近づく者がいた。
「ねえ、貴女……さっきからやけにはしゃいじゃって、このお店ごと全て買い取るだなんて仰っていたけど……私の目の黒いうちはそんなことは絶対にさせないわ!」
そう言って、敵愾心を剥き出しにしたのは――先ほどの金髪ツインドリルの貴族子女だった。
「ふむ? 誰だ、貴様は?」
「こういう場合は貴女から名乗り出るものなのだけれど……まあ、いいわ。聞いて驚きなさい。私は旧門七大貴族たるゴスロリスキー伯爵の長女、ヴィヴィアンよ」
「ほう? 妾は、真祖カミ――」
と、またカミラの長女と言いかけて、ルーシーは「こほん」と咳払いしてから名乗りを続けた。
「ええと、ヴァンディス王家の遠縁に当たるソワサンシスだ」
「あら? まさか貴女が名高いソワサンシス様でしたの? これは失礼しましたわ。ご病気で長らく伏せって、社交界にもろくに出られない引きこもり令嬢と伺っておりましたから……王国祭でこれほど人がたくさんいる日にお会い出来てとーっても光栄ですわ」
ヴィヴィアンは皮肉混じりにそう言って、「ふん」と鼻を鳴らした。
相手が新王家の遠縁の子女とはいえ、これは相当に無礼だろうと思われがちだが……実のところ、そうでもない。
というのも、実際に旧門七大貴族はあまりに可笑しな連中ばかりなのだ。「かの者が傅くのは現王ではなく、秘湯だけ」と謳われるヒトウスキー伯爵を筆頭に、たとえ王族が相手でも一歩も引かない。
そもそも、新王家は立ったばかりで、もとは武門貴族のヴァンディス侯爵家とあって、ヴィヴィアンは家格では決して劣らないと自負していた。
所詮は貴族として優雅さのゆの字も知らない、猪武者ばかりというわけだ。
とはいえ、ルーシーはやや警戒した。
「ほう? 妾のことを知っているのか?」
「ええ。もちろんですわ。王国の貴族図鑑やその家系図を覚えるのは、貴族として最低限の教養でしてよ」
もちろん、ヴィヴィアンは言外に「病気で伏せって、ろくな教養も身につけなかったのかしら?」と見下したわけだが、ルーシーは気にせずに問いかけた。
「これまで貴様と会ったことはなかったはずよな?」
「ええ。ございませんわ。そもそも、貴女は病弱で一度も家を出たことがないんじゃなくて? まさかこんな場所でお見かけするとは思ってもいませんでしたわ」
「ふむん。ならば、よい。まあ、同じ趣味を持っている者同士だ。よろしく頼むぞ」
ルーシーはそう言って、にかっと晴れやかな笑みを浮かべた。
そんなきっぱりとした物言いに――むしろ、ヴィヴィアンはきょとんとして、わずかに両頬を赤らめた。
というのも、王国の貴族子女は多かれ少なかれ権謀術数の中を生きる。だからこそ、相手に見下されない知識と教養を身につけ、もってまわった物言いのレパートリーばかり増えていくわけだが……
たまにこういう清々しいまでに男勝りな貴族子女がいる。そして、不思議とそんな女性は皆から崇拝されがちだ。事実、塩対応で有名な女聖騎士のキャトル・ヴァンディスなど、その最たる例だろうか……
「し、し、仕方がありませんわ! これからソワサンシス様も、私のことを気軽にヴィヴィと呼んでくださっていいんですからね!」
これだからキャトル同様、ヴァンディス新王家の血筋の者はと、ヴィヴィアンはあわあわしながらいかにも金髪ドリルっぽい態度をみせた。
「ふむん。相分かった。ところで、ヴィヴィよ。妾は本気でこの店を買い取りたいのだが?」
「ダメに決まっているでしょ。そもそも、この本店に初めていらしたということは、『ファンシーグッズ愛好会』のメンバーでもないのでしょう?」
「おお! それだ。その愛好会だ! 妾は詳しく知りたかったのだ!」
ルーシーはぐぐいと身を乗り出した。
あまりにも美しい顔が眼前に迫られたので、ヴィヴィアンはさらに顔を真っ赤にする。
ちなみに、ルーシーはこの愛好会の存在をハーフリングの商隊から聞いていた。ヒトウスキー伯爵にためしに確認してみたが、「麻呂は秘湯以外に興味を持たないでおじゃる」と言われて、仕方なくこうして王国まで足を伸ばした次第だ。
そういう意味では、もし愛好会の噂がなければ幾らセロの同伴者とはいえ、王国の生誕祭に赴くことなく、今頃は魔王城で棺にでも入ってぬくぬくしていたはずだ……
とにもかくにも、そんな前のめりなルーシーに対して、ヴィヴィアンは自尊心でも刺激されたのか、「えへん」と胸を張ってみせた。
「いいですわ。愛好会の会員ナンバー一桁を誇って、その二つ名『黒ゴシックのヴィヴィ』こと――私が貴女に色々と教えて差し上げましょう!」
こうしてルーシーは今後、無二の親友となるヴィヴィアンと知己を得ることが出来た。
もっとも、そんな二人の背後には忍び寄る影があったのだが……