&93 外伝 王国生誕祭 01
※本来は「&92 外伝 尻に敷かれる(後半)」の後に割り込み予定でしたが、なろうの仕様上、割り込みの予約投稿ができないのでいったんここに載せています。後ほど、「&92」のあとに移動します。
本当は第三巻刊行応援ということで文化の日あたりに投稿したかったのですが、年末年始は季節のイベントごとがびっしりで、SSのネタが豊富とあって後回しになってしまいました。拙作では珍しい王都を舞台にしたエピソードになります。
先ほども書きました通り、もとは応援SSの色合いが強いので、外伝というよりも追補みたいな気軽な感覚でお読みください。全部で十話ぐらいになります。よろしくお願いいたします。
第六魔王の愚者セロが王都を来訪する――
その一報だけで王国北方に所領を持つ貴族たちは震えあがった。
こればかりは仕方のないことだろう。幾ら愚者セロと現王シュペル・ヴァンディスが裸一貫で共に赤湯を楽しむ仲とはいっても、さすがに貴族たちの魔族に対する偏見は早々にはなくならない……
ヒュスタトン会戦で共に戦った武門貴族、あるいはヒトウスキー卿を中心とした旧門貴族の中には、今後のことも含めて、魔族と公平に付き合いたいと考える者が増えつつあるものの、それらとてまだ少数派に過ぎない……
残念ながら、ほとんどの貴族は大陸に覇を唱えた第六魔王国の戦力を恐れて、あくまでも追従しているだけなのだ。
貴族ですらそうなのだから、ろくな情報を持たない平民になると、「魔族は人族を見かけたら襲いかかってくる」といったステレオタイプからいまだ脱却出来ずに――
「魔王セロって血が好きみたいだぜ」
「妃のルーシーってのが吸血鬼で、夜な夜な血を啜っているんだってよ」
「知っているか? 第六魔王国は血塗れなんだぜ。冒険者が血の風呂に入らされて泣き喚いたってよ」
「風呂ならまだマシな方さ。あの国では血反吐をソースみたいにかけて食べるんだそうだ。とんでもねえこった。俺らとはもとから価値観が違う」
と、まあ、王国北方の街道ではこんな噂で持ち切りになっていた。
もちろん、セロやルーシーが好んで飲んでいるのは血ではなくてトマトジュースだし、冒険者たちも赤湯の素晴らしさに咽び泣いたわけだが……何にしても、土竜ゴライアス様の血反吐は常人には理解しづらいものらしい。
そんなこんなで、もし魔族と目でも合わせたら、体中の血を一滴残さずに啜られるといった噂まで出回ったものだから――
ゴト、ゴト、と。
セロたちを乗せる馬車は進むものの、それを皆で平伏して迎える様はまるでお通夜のようだった。
王都に近づくにつれ、セロが元人族で光の司祭と謳われていたこと……はたまたルーシーが『世界三大美少女』として人気を誇ること……といった事情を知る貴族たちも増えてくる一方で……
聖騎士団の中隊を先頭にしつつも、ダークエルフの精鋭や吸血鬼たちが漆黒の儀仗兵となって進む禍々しさや物々しさはどうしようもなかった。そもそも、ヒュスタトン会戦時は内戦中だったのであまり気に留めなかったものの、古の時代以来、王国が初めて正式に魔族を迎え入れるのだ。騒然となるのは仕方のないことだった。
とはいえ、そんな領都や村々とは対照的に、馬車内はいたって平静そのものだ――
「王国はどうかな、ルーシー?」
「ふむ。退屈だな」
「じゃあ、次の領都での領主の出迎えでも受けるかい?」
「下らん。妾は棺で寝ている。出迎えとやらはセロに任せる」
「本当にいいの? 次は高級な黄金肉の産地らしいよ。僕がいたときには蝗害の影響でろくに放牧できなかったはずだけど……いやあ、今から楽しみだなあ」
セロの言葉を聞いて、ルーシーは「じゅるり」とみっともなく唾を飲み込んだ。
そんな様子も含めて、会話だってやや可笑しかった……セロが王国にいたときには蝗害はすでになくなっていたはずだし、ルーシーだって食い意地は張っていない……
「ぼ……じゃなくて、ええと、妾は……別に食べたいわけじゃないんだぞ」
「知っているよ。本命は料理だろう?」
「うん。そうさ。とりあえず、棺で寝ているから食材や料理は持ってくるように」
「はいはい」
つまり、この二人はセロでも、ルーシーでもない――影武者なのだ。
セロの方は高潔の元勇者ノーブルがドルイドのヌフに高度な認識阻害をかけてもらって、またルーシーの方は夢魔のリリンがなり代わっている。
はてさて、王国への公式な初訪問だというのにこの変装はいったいどうしたことかというと……
そもそも、当のセロも、ルーシーも、とっくに王都に入っていたのだ。
もちろん、王都訪問にあたっては大神殿の地下にある奈落こと『地獄の門』を使用した。かつては不死王リッチが大量の亡者を送り付けてきたこの門は――結局のところ、封印されずに、その座標が岩山のふもとに設定されたままだ。
それを利用して、本物のセロとルーシー、近衛長のエークと付き人のドゥとディンは王都の地下へとやって来た。
当然、現王シュペルや大聖女クリーンには事前に話を通して、両者ともに出迎えてもらっている。
「王国へようこそ、セロ殿、ルーシー殿」
「大変ご無沙汰しております、皆々様」
今となっては王国の現王、そして大神殿の最高位聖職者となった両者がセロたち一行に挨拶をする。
もっとも、セロはかつて通い詰めたはずの大神殿の暗部に初めて足を踏み入れて、ちょっとした感動を覚えていた。
「おお……大神殿の地下がこんなふうになっていたなんて」
以前、聖女パーティーが不死王リッチの偽物を討伐したときに報告を受けていたから、頭では理解しているつもりだったが……やはり百聞は一見に如かずだ。
「ほほう。なかなかに良いではないか。妾は王国の王城よりもこういった暗くて、じめじめしたところに棺を置いて、王国祭の間はずっと寝ていたいものだ」
ルーシーがそんなことを言い出したので、セロは「まあまあ」と宥める。
ちなみに、この場には現王シュペルや大聖女クリーン以外にも、王国側の近衛騎士たちもいた。
だが、まずセロの禍々しい魔力に当てられて気絶しかけ、次いでルーシーを見て『魅力』にあっけなくかかって、さらにエークを眼前にして彼我の実力差を思い知らされ、最後にドゥやディンを見て……ちょっとだけほっこりした。
全くもって平気な顔をしていたのはクリーンのおっかけこと、ごく少数の神殿の騎士たちだけだ。
「セロ様、ルーシー様に敬礼!」
そんな神殿の騎士たちが立礼すると、セロも、ルーシーも、顔見知りの者たちに首肯を返した。
「さあ、ルーシー。地上に出るよ。楽しみにしていたものがあるんでしょ?」
「うむ……仕方あるまい。この地下の暗さと湿り気にはとても心惹かれるのだが……うう、致し方あるまい。心を鬼にして地上に出るとするか」
ルーシーは後ろ髪引かれるような思いだったようだが、何にしてもこうしてセロたち一行は王都にやって来た。
もちろん、今回こんなふうにセロたちが非公式に訪問したのには三つの理由があった――それらは全てルーシーの事情によるものだ。
一つ、セロが学生の頃に過ごした神学校を見てみたい。
二つ、真祖トマトが王都でどんなふうに受け入れられているか見てみたい。
三つ、『ファンシーグッズ愛好会』なる闇の社交界に出て有志の者たちと交流したい。
というわけで、最後のものはまあともかくとして、一応は視察という名のセロとの王都デートみたいなものである。そこらへんはもちろん現王シュペルも大聖女クリーンも理解していて、「はは」、「うふふ」と色々と手配してくれている。
おかげで、いまだにゴト、ゴト、と――
ルーシーに化けて公式訪問しているリリンはいかにも姉を真似て仏頂面をしている一方で、意外なことに当のルーシーは「るんるん♪」とスキップしながら器用に階段を上がったのだった。
書籍版と同様にリリンの一人称を「ぼく」にしています。お馬鹿な作者的に混乱してしまうので、ここらへんはご了承くださいませ。