000 第三巻発売記念SS ゴールデンウィーク(閑話)
はてさて、黄金週間をセロに提案したはずのモタはいったい? といった小話になります。
「いてらー!」
浮遊城が『迷いの森』の上空を通っていく姿を地上で見送りながら、モタは「にしし」と上機嫌で笑った。
これで邪魔者の大半がいなくなった。モタの性格を知り抜いている生真面目なセロは当然として、やっかいなのはむしろ夢魔のリリンだった。
吸血鬼は基本的にぐーたらな種族だと聞いていたのに、真祖カミラ直系の娘たちは皆の手本となるべく育てられたせいか、セロに輪をかけて真面目だ。リリンも外交官という職を得てからは日々、あちこちを飛び回っている。
しかも、女将をサボってこそこそしているモタを目敏く見つけては、「料理を教えてほしい」とくるから、親友ではあるもののモタとしては目の上のたんこぶだった――
「でもでも、そんなリリンもいないしねー。ぐへへ」
モタはそう言って、温泉宿泊施設にちらりと視線をやった。
残るモタの天敵は大将のアジーンだけだ。
人狼として鼻が利くだけでなく、敏捷性の高いハーフリングよりよほど素早い。最大の難敵と言ってもいいわけだが……
「アジーンもこの時間は温泉宿で忙しなく働いているし……こんな外までは私を探しにやって来られないからね。逃げるならば、今がチャーンス!」
モタはまず身を隠す為にトマト畑に入った。
本当ならば、お金を払って借りている温泉宿の一室に戻って、頭から布団をかぶって寝呆けていたかった。だが、温泉宿に戻れば、アジーンに間違いなく見つかる。
それに女給をやっている吸血鬼たちだって難敵だ。彼女たちは闇魔術に長けているから、モタの認識阻害ならばすぐに見破ってしまう。
もちろん、モタの方が魔女として様々な魔術を扱えるが、『魅了』や『幻惑』など精神異常系については爵位持ちの吸血鬼たちに軍配が上がった。
「てなわけで、今日からしばらくよろしくねー」
「キュイ!」
モタは早速、トマト畑の畝でヤモリたちに挨拶した。
その一匹をぴょこんと頭に乗せて、「ではでは、れっつらごーだぜい」と、鼻歌をうたいながら進む。
城もなく……宿にも帰れず……となると、今、この第六魔王国にはろくに眠れる場所がない。残ったダークエルフたちは『迷いの森』の地下洞窟にいったん戻るし、吸血鬼たちはそれぞれどこかしらに置いた棺で過ごすが……
はてさて、モタはいったいどうするのかというと……
「キュキュイ!」
ヤモリがちょんと指差した方には、竜が大口を開けた姿を象ったかのような洞窟があった――
そう。土竜ゴライアス様の住まいに通じる入口だ。
ヤモリたちに話は通してあって、セロたちがどこぞに小旅行している間、モタはここでひっそりと寝て過ごすつもりだった。その為のキャンプ道具一式はすでにアイテムボックスに詰め込んでいる。
それら一式の入った袋を取り出して肩に担いでから、モタはうっきうきでトマト畑を出た。
「さあ、めくるめく、ぐーたらニート生活へ!」
が。
その瞬間、ド、ゴゴゴゴゴ、という掘削音に加えて――
ブブブウウウウウーンといった転圧音、はたまた、ジョバアアアアアといった水音までモタの耳に届いた。
「ふあ?」
いったいこれは何事か、と。
モタがびっくりして直視すると、洞窟前の岩山のふもとではセロとノーブルとの激闘の跡を直すべく、ダークエルフたちがあくせくと働いていた。
二人が造ったクレーターを上手く利用して、ゴライアス様のいる地底湖から地下水を引き上げて新たにプールを建設しているらしい……
しかも、ドワーフたちまで隕石の落下調査もかねてボーリング孔を掘っている始末だ……どうやらこれら工事音があまりにうるさいとあって、ここら一帯に認識阻害をかけていたようだ……
「やばやば!」
モタはすぐに自身に認識阻害を掛けようとした。
だが、「くんくん」と、近衛長のエークに代わってこちらに残っていた監督代理の人狼メイドことトリーに鼻でかがれて見つかってしまった。
「あら、モタじゃないですか。もしかして、アジーンからこっちを手伝えって言われたの?」
「い、いやあ……そ、そのう、なんていうか……ほーんのちょっとだけ、気分転換?」
「ちょっとだけ? わざわざ、キャンプ道具一式まで担いで?」
「こ、こ、これは……ええと、ちがくて……」
「あ、そっか。そういうことか。もしかして、ここに泊まり込みで働けって言われて来たんじゃない? モタってば、温泉宿でまーた何かやらかしたんでしょ」
トリーは「仕方ないなあ」と言いつつ、モタにてきぱきと指示を出した。
モタは涙目になるしかなかった。こんなふうにガチの力仕事をさせられるならば、まだ温泉宿で働いていた方がマシだ。
何はともあれ、こうしてモタの黄金週間は思惑とは違って、こき使われて終わったのだった。
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