000 第三巻発売記念SS ゴールデンウィーク(終盤)
夢魔のリリンの一人称は書籍版と同様に「ぼく」に統一しています。
セロが高潔の元勇者ノーブルを供にして砦内を散策していた一方で、ルーシーは妹のリリンを引き連れて砦の外に出ていた。
「さあ、妾たちはこれから冒険だ。リリン、案内せよ」
「…………」
ルーシーの目が爛々と輝いているのとは対照的に、リリンは「あちゃー」と額に片手をやった。
完璧超人の姉はたまに可笑しなスイッチが入るときがある。
あまりに天才的に過ぎるので、常人にはなかなか理解できないところなのだが……普段は出不精なだけに、たまの小旅行でやや興奮気味なのかもしれない……
というか、砦内を視察しているセロを勝手に引きずり込まなかっただけマシかなと、リリンはいったん結論付けて、砦外まで来てくれたダークエルフの護衛たちに「わざわざ付き合わなくていいよ」と片手を振った。
「それで、姉上は何がしたいのです?」
「だから冒険だ」
「そうはいっても、ここからだと……湿地帯か迷いの森くらいにしか行けませんよ」
「ならば湿地帯でいい。このどんよりと陰気で、じめじめとした、誰にも眠りを妨げられない場所は……なかなかに良いのではないか? 意外と掘り出しものかもしれんぞ」
そんなルーシーの言葉には……実のところ、リリンも同意せざるを得なかった。
かつてモタと一緒の珍道中で魔核消失の危機に晒された、忌々しき場所ではあったものの――もし地面がどろどろの沼地でなく、もうちょっとだけからっとしていて、さらに日を完全に遮る木陰などがあったなら、吸血鬼の楽園になったはずだ。
母の真祖カミラも真っ先に不死王リッチを攻め立てて、この地を占拠したに違いない。それだけ、この薄暗さとじめじめ感は吸血鬼にとって魅力的だった。
ともあれ、冒険と言われても、ここにはせいぜい墳丘墓くらいしかない。
まさに最弱と謳われた不死王リッチに相応しい地で、まさかここを通り抜けて、大陸南西の島嶼国まで行くつもりではないよなと、リリンも訝しんでいたら、
「さあ、行くぞ。リリン!」
ルーシーはリリンの腕を引っ張って、ずんずん、びしょびしょ、と突き進んでいった。
とはいえ、亡者はろくに出没しなかった。ルーシーたちほどの大物が侵入したなら、以前のように不死将デュラハンや妖精バンシーが出てきてもいいはずだが、屍鬼や屍喰鬼がたまに出てくる程度だ。
「ぼくとモタが来たときに比べて……あまりに少ないなあ」
リリンはぼやきつつ首を傾げた。
やはりこの地を統べていた不死王リッチは本当に討たれたのかもしれない……
以前に巴術士ジージが指摘した通り、死者の巴術士が倒されると、その者が召喚したものは全て消失する。
この湿地帯は古の大戦時に邪竜ファフニールが血で染め上げたことで出来たので、そのときから亡者が湧き出る場所になってはいたものの、以前に比して亡者が少ないことから、「これは早急に墳丘墓に斥候を差し向けないといけないな」と、リリンは早速結論付けた。
「ふむん。全くもってつまらんな」
おかげさまでルーシーは不満顔だ。
吸血鬼にとってはそそられる場所ではあっても、深い霧に包まれて遠くは見渡せないし……出てくる敵もそれこそ最弱の亡者ばかり……
ルーシーが血の多形術で双剣を作るまでもなく、睨みつけただけで沼地にそそくさと戻っていく有り様だ……
「これでは冒険にならん。セロからはもっと血沸き踊るものと聞いていたのに――」
ルーシーはそこで言葉を切ると、ギュッと下唇を噛みしめた。
そこでリリンは、はたと気づいた。
セロがかつて冒険者だったから、姉も真似事がしたかったのだ、と。
何なら、勝気な姉のことだから、「セロよりももっと凄い冒険をしてきたんだぞ」と自慢したかっただけなのかも、とも。
リリンはそこまで考え至って、「はあ」と息をついた。これは仕方あるまい。せいぜい島嶼国まで――いや、こうなったら最果ての海域まで到達して、立派な冒険譚でも仕上げるしかないなと、今度はリリンがかえってルーシーの腕を引っ張った。
そのときだ。遠くから声が掛かった。
「おーい、ルーシー! それにリリン! いったい何をやっているのさ?」
見ると、砦外に出てきたセロが片手を振っていた。
どうやら二人のことを心配して見に来たらしい。というか、セロからすれば亡者しか湧き出ない湿地帯になぜルーシーたちが向かったのか、さっぱり理解できなかった。それでかえって心配したようだ。
すると、ルーシーがセロに駆け寄って、甘えるようにしてしな垂れかかった。
「つまらん。本当につまらんぞ、セロよ。黄金週間なぞ、こんなものなのか」
「ええ? 急にどうしちゃったのさ?」
「ふん。何でもない……」
「それより、こっちは面白いものを見つけたよ」
「それはいったい何なのだ?」
「真祖トマトさ。この砦内の畑でリリンが育ててくれていたんだって」
その瞬間、ルーシーの目がまた煌々と輝いた。
「本当か、リリンよ?」
「は、はい。実は、家出していた間に母上様からこっそりと種を貰い受けまして……自力で育て上げたのです」
「よくぞやってくれた!」
「ありがとうございます!」
リリンが頭を下げると、今度はルーシーがリリンの腕を引っ張った。
「では、行くぞ。リリン」
「今度はどちらに?」
「決まっている。砦内だ。また、冒険だ。もちろん、セロも一緒だ」
こうしてルーシーたちは砦内に戻った。
もちろん、畑だけでなく、リリンの隠れ住んでいた納屋まで行って、さらに棺に溜め込んでいた金銀財宝まで見つけて……
結果的にリリンはルーシーにがみがみと小言を言われる羽目になるのだが……何にしてもちょっとした小旅行は楽しいものになったのだった。
今日から黄金週間の後半戦の四連休という方も多いかと存じます。どうぞお楽しみくださいませ。