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000 第三巻発売記念SS ゴールデンウィーク(中盤)

 浮遊城は『迷いの森』を超えて、砦の上空にやって来ていた。


 今回、冒険もとい旅行先の候補は三つ上がった。それぞれ、『砂漠』、『火の国』と、この砦だ。もっとも、当初はセロの帰省もかねて王国にでも行こうとなったのだが――


「セロ様。お待ちください!」


 玉座の間で外交官こと夢魔サキュバスのリリンがすかさず声を張り上げた。


「現状、王国は武門貴族のシュペル・ヴァンディス侯爵、それに旧門貴族のヒトウスキー伯爵などを通じて親睦を深めていますが、それでもまだ同盟を結んだわけではありません。浮遊城による越境は敵対行為とみなされます」


 すると、玉座の間にいた幹部たちはいかにも「それがどうした?」といった顔つきになった。しかも、よりにもよって人造人間フランケンシュタインエメスが「ふむん」と小さく息をつきつつ、


「それでは旅行がてら、いっそ制圧いたしましょう。どのみち小生がかつてやり残した仕事でもあります。何なら、これを機に王国を滅ぼすとしましょうか。終了オーバー


 などと言ったものだから、他の面々も「うんうん」と肯き始めた。


 そんな様子に慌てたのはむしろ玉座でまったりしていたセロだった。なぜ実家への帰省が母国の殲滅に繋がってしまうのか。あまりに好戦的な魔族のあり様にセロは項垂うなだれるしかなかった。


 何はともあれ、リリンの指摘通り、浮遊城で王国の上空を飛べば何かとトラブルになるかもしれないということで、帰省の線はなくなって、先ほどの三つの候補の内、『砂漠』はこないだ言ったばかり……『火の国』は溶岩の源泉垂れ流しであまりに熱いからと敬遠されて……


 結局のところ、わりかし無難な砦への小旅行となった。


 そんなわけで浮遊城は砦上に滞空しつつ、高潔の元勇者ノーブルとリリンを先触れにして、かれこれ数十分ほど――


「おーい!」


 と、ノーブルが片手をぶんぶんと振って、セロたちを招き入れるような仕草をしたことで、セロも含めた幹部たちは浮遊する鉄板で砦に下りた。


 このとき、セロと共に赴いた幹部は、ルーシー、エメス、近衛長のエーク、ドルイドのヌフに双子のドゥとディン、それに加えて幾人かのダークエルフの護衛たちで、執事のアジーンは第五魔王国を攻めたときと同様に温泉宿泊施設にて待機している。


 また、今回の黄金週間の発端となったモタも、「砦だったら、こないだ行ったばっかりだしなー」と同行を断っている。


 そのかわりに「だったら、オレが行ってみてもいいか?」と、モンクのパーンチが筋トレ仲間のノーブルの故郷を見たいと同行することになった。


 さて、砦の入口広場に下り立ったセロはというと、異様な光景を見た。


 住民全員が膝を地に突け、頭を垂れて、ひざまずいていたのだ。その半分近くは平身低頭、地に額をこすりつけて土下座までしている。しかも、たまたま小さな女の子が家からてくてくと出てきて、


「ママー、何やってるの?」

「こら! ダメ! 家の中に隠れていなさい。殺されるわよ!」


 などと悲壮な声を上げたものだから、セロは「あ、はは」と頬をぽりぽり掻くしかなかった。


 ともあれ、これはまあ仕方のない反応だろう。何せ、新しい第六魔王の愚者セロといえば、勇者パーティー時代に真祖カミラを討ってその地位を簒奪さんだつし、娘のルーシーを手籠め(・・・)にした上に、仲間だった勇者バーバルたちも倒して、最近は『火の国』と第五魔王国まで手中にしたと噂されるバリバリの武闘派の(・・・・)魔王だ。


 無意識のうちに垂れ流している禍々しい魔力マナは何とか抑えているものの……それでも魔神の如き雰囲気オーラを纏っていて、初めてセロを見る者は失禁を隠せなかった。


 もちろん、事前にノーブルとリリンが言葉を重ねて説明したのだが――


「なるほど。ノーブル殿は人質というわけか」

「愚者セロを牽制する為にあえて懐に潜ったのだな」

「リリンちゃんも……もしかしてルーシー様同様に日々、はりつけにされたり、凌辱されたりしているのかも……」

「ママー、凌辱ってなにー?」


 と、終始、こんなふうだったので、ノーブルやリリンとしても仕方なく、当のセロを実際に見てもらって、その人となりを判断してもらおうとしたわけだ。その結果がこれである。


 とはいえ、セロ以外の第六魔王国の幹部たちはさも同然といった顔つきだ。


 ルーシーからすれば、この国境線上にある砦はすでに第六魔王国の所有物であって、当然、その住民たちは国民、もとい下僕か奴隷である……


 また、エメスからすれば、珍しい呪人たちが多いことも合わさって、いっそセロよりも禍々しい狂科学者マッドサイエンティストのギラギラした目つきを全く隠せていない……


 さらに、エークを始めとしたダークエルフたちからすれば、敬愛する主人セロを畏怖して頭を垂れるのは当然のことであって、何なら幾人かにえを出してもいいんじゃないかとまで考えている始末だ……


 朱に交われば赤くなるとはまさにこのことである。


 そんなお通夜みたいないたたまれない空気にセロもさすがにどうしたもんかねと、「はあ」と小さく息をついたものだが、それを一変する者が現れた――モンクのパーンチだ。


「さっすが王様って出迎えが違うもんだな―。なあ、セロ?」

「……え?」

「普段の魔王城じゃあ、セロが気さくだからか、配下の皆も簡単な挨拶で済ませているが、こういうふうに外遊するとセロが魔王になったんだなあって実感するぜ」

「いやいや、王と言ったって、僕はまだまだ新米だよ」

「でもよ。王様には違いないだろ? ここにいる皆だって、しっかりと飯を食わせてやらねーとな」


 パーンチがそう言って、セロの胸をトンッと小突いたものだから、セロは笑みを浮かべてみせた。


「うん。そうだね。この砦の皆は仲間も同然だよ。僕は全員を守っていきたい」


 その一言が静寂の水面に下りたことで、砦の空気に波が立ち、一気にざわつき、そして皆が上体を上げてセロを称え始めた。


 この日、セロは砦の皆にたしかに受け入れられたのだった。

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