000 第三巻発売記念SS ゴールデンウィーク(序盤)
昨日、『トマト畑 三巻』がついに発売しました!
そんなわけで三巻発売を記念した本稿にはネタバレを含んでいますので、WEB版の第二部、もしくは書籍の第三巻をお読みいただいてからお楽しみくださいませ(時系列としてはそれらの後の話になります)。
魔女のモタは魔王城一階の大階段を駆け上がった。
モタにしては珍しく、目の下には隈ができ、ちょっとだけ頬もこけている……
ただ、温泉宿泊施設の女将業でこき使われて疲れたというより、どちらかというと何かに熱心に打ち込んだばかりといったふうで、げっそりしているわりにはどこか精気に満ちている。
その小脇には古文書を幾つか抱えて、いかにも道場破りでもしそうな雰囲気で、モタはついに魔王城二階にある玉座の間の大扉の前に着いた。そして、誰何しようとするダークエルフの近衛たちの制止を振り切って、モタはドンッと両手で扉を開けた――
「セロおおおおお!」
モタの怒声が玉座の間に響く。
集まっていた幹部たちが「ん?」と訝しげに闖入者に視線をやるも、モタは構わずにどすどすとセロのもとに向かった。
「い、いったい……どうしたのさ、モタ?」
「聞いてよ。セロ! ここ数日、ろくに寝ずにこの古文書を読み込んでいたんだけどっ!」
「うん」
「古の時代の遥か昔には、黄金週間って呼ばれる期間があったんだってさ!」
「ほう」
「その黄金週間ってのはね。ものすげえええー休めんの!」
「へえ」
「どれぐらい休めるかっていったら、おおよそ一週間から十日間……何ならわたしは一か月だって休みたい! そう。休みたいのおおおおお!」
セロはやや遠い目になった。
これはあれか。勤労感謝の日にモタの働きを慰撫するつもりで、公布式で色々と引っ張り回したことに対する当てつけか。最近、第六魔王国を訪れる人々が増えて、女将の仕事に忙殺されているモタからすれば、そろそろ我慢の限界なのかもしれない……
だから、セロは「そっかあ」と同情しつつも、玉座の間にいた人造人間エメスに話を振った。
「ねえ。エメス。モタの言った黄金週間って?」
「はい、セロ様。データを精査したところ、モタが指摘した通り、古の時代より遥か以前に、例によってとある島国で設けられた大型連休のようです。終了」
「あー。またその島国の話かあ」
セロはため息をついた。この島国が関わるとろくなことがない……
特に、元聖職者のセロからすれば、クリスマスだったり、バレンタインだったり、そうした本来は宗教的な出来事をいかにも俗世的なものに変容しているとあって、全くもって良い感情を持てない。
というわけで、今回のモタの陳情もろくでもないことにならないうちにさっさと却下しようとしたら、エメスが「ふむん」と顎に片手をやった。
「しかしながら、セロ様。この黄金週間はなかなかに興味深いです」
「どんなところが?」
「まず、経済効果が挙げられます。大型連休とあって国民の財布の紐が相当に緩むらしく、当時は市場などが活性化したそうです」
「なるほどね。たしかに僕も冒険者だった頃、依頼のない日は酒場とかで騒いだものだよ」
「それに、長期的に休めるとあって、旅行や帰省する者も多かったとか」
「帰省かあ……そういえば、第六魔王になってから実家に帰っていないなあ」
「さらに、まとまった時間を使って、自らのスキルなどを成長させる者もいたと、とある島国の『レジャー白書』なるデータには残っています。終了」
エメスがそうまとめたところで、モタがいかにもしたり顔で「ほらあ」と言った。
今度はセロが玉座の肘掛けに左ひじを置きながら、「ふむん」と頬に片手をやる番だった。
たしかに勤労感謝の日を施行しただけでは暗黒魔王国のレッテルを覆すことはできないだろう。実際に、魔族は疲れ知らずとあって、以前よりもよほどよく働いている。
そんな最前線たる温泉宿泊施設で女将をやっているモタの苦労も推して知るべしといったところか……
セロはモタがまたギャアギャアと騒ぎ出す前にエメスへと尋ねた。
「その黄金週間って、基本的には何をやる日だったの?」
「当初は映画などの娯楽を普及させる為に、そういった業界が休みに黄金と付けて喧伝したようですね。似たような言葉に、花金、プレミアムフライデーや、めっちゃホリディなどが挙げられます」
「ええと、当初はっていうことは……後々に変化したってこと?」
「その通りです。先ほども申し上げた通り、旅行する者が増えました。黄金週間と言えば、国内、海外旅行で賑わったそうです。終了」
そう言われても、セロも「うーん」と呻るしかなかった。
そもそも、この大陸では旅行をするのはせいぜい王侯貴族くらいだ。街の壁外に出れば野獣に襲われるとあって、冒険者や騎士を連れて行かなければ昼の街道でも油断はできない。
まして夜の野営など、たとえ守られていても、慣れない者は寝ることすら無理だろう。せっかくの大型連休を施行しても、映画はセロの時代にはない娯楽だし、旅行もそう簡単には普及するまい。となると――
セロが「自らのスキルなどを成長させるか」と呟いて、いかにも自己鍛錬に当てようとしたところで、モタが「出かけたい!」と大声を出した。
「え? モタは冒険でもしたいの?」
「そうだよ。セロ! 冒険しよう! 黄金週間は冒険の日々だよ!」
もちろん、モタとしてはだらりと休みたいだけで、決して冒険なぞには出たくないのだが……
このままでは女将のスキルを上げる期間になりそうだったので、モタとしては泣く泣く、次善の話にもっていくしかなかった。
とはいえ、セロは第六魔王だ。さすがにそうやすやすと冒険には出られまい。
すると、セロの隣にいたルーシーが「いいかもな」と助け船を出した――
「妾もちょうど外に出てみたかったところだ。その黄金週間とやらに一攫千金、冒険者になってみるのも悪くないかもしれない」
「でもさ、ルーシー。僕たちはそう簡単には魔王城から離れられないよ」
セロがそう指摘するも、ルーシーも、エメスも、何よりモタまでも、「何を言っているんだ?」といったふうな顔つきをした。だから、セロが小首を傾げると、代表してモタが応えた。
「だったらさ。浮遊城で行けばいいじゃん! それこそちょっとした旅行だよ!」
というわけで、次話は冒険(旅行)編になります。




