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000 第三巻刊行応援SS 観桜

冒頭を読んでいただければ分かる通り、今回のエピソードは第三巻新規エピソード募集告知SS『十三夜』と似通ったものになっています。その『十三夜』が月見ならば、こちらの『観桜かんおう』は花見というわけで、このような出だしになっている次第です。

「ふう……」

「むう……」


 夜、セロは魔王城二階のバルコニーにデッキチェアを持ち込んで、ダークエルフの付き人ドゥと一緒に仲良くまったりしていた。


 まだ少しだけ肌寒い時季ではあるが、人狼のメイド長チェトリエが用意してくれた温かいトマトジュースに舌鼓を打ちつつ、人造人間フランケンシュタインエメスがわざわざ造ってくれた魔力マナ式ヒーターのおかげで快適に過ごせている。


 すると、そんなセロたちに廊下からルーシーが声をかけてきた。


「セロよ、待たせたな」

「いや。こっちこそ急に呼び立ててごめんね。それよりも、ささ……空いているデッキチェアにでも座ってよ」

「うむ。では、お言葉に甘えて――」


 ルーシーはそう言って、セロのすぐ隣のチェアを倒して背をもたらせた。


 そして、そばで控えていた人狼メイドから温かいトマトジュースを受け取って、チェアの寝心地の良さとジュースの美味しさに「ほう」と感嘆を漏らす。


「ふむん。なかなかに乙なものだな。ところでセロよ。今晩はもしや……いつぞやの月見みたいなものなのか? そのわりには満月ではないようだが?」

「月見じゃなくて、花見をしているんだよ」

「花見だと?」

「うん。花見っていうのはこれまた人族の風習で、このくらいの時季になると夜、外で過ごしやすくなってくるから、こうやって皆で観桜かんおうを楽しむんだよ」

「ほほう。なかなかにみやびな習慣ではないか。だが、肝心の花がないのでは?」


 たしかにルーシーの指摘通り、ここは魔王城の二階であって花びらの一つも落ちていない。


 せいぜい眼下に『迷いの森』が見えて、その一部の樹々が花を付けて色合いが変じているくらいだ。ただし、もう夜で月明りしかないので、そんなあやもあまり楽しめない……


 すると、セロは「はあ」と小さく息をついて、「実はルーシーに相談しようと思って呼んだのさ」とさらに言葉を続ける――


「第六魔王国で夕方以降に皆で花見をしたいんだけど、良い場所はないかな?」

「ないな」

「そ、即答?」

「うむ。たしかに第六魔王国は四季に恵まれて、大陸で最も緑豊かな地域ではあるのだが……わらわたち吸血鬼が支配してきたとあって、皆が棺でぐーたら過ごすだけで、城や領地をろくに持たず、必然的に花畑なども育ててこなかった」

「そっかあ。月見と同様に、花を観賞する文化も持っていなかったんだね」

「そもそも、この地で花をつけるのはほとんどが魔樹だ。その色合いの美しさで惑わして、捕食しようとする魔物モンスターばかりだ」


 セロはそれを聞いて、「うーん」と呻るしかなかった。


 たしかに冒険者時代、花々を付けて『魅了』を仕掛けてくる魔物と戦ったことがあったし、それにそんな色艶やかな花に擬態して襲ってくる蝶の魔虫だっていた。


 一方で、王国では旧門貴族などが花を愛でる為にわざわざ領地で花畑を保護してきたし、また聖職者だったセロもお供え物となる花を神殿内の花壇などで育てた経験もあった。


 いわば、人族と魔族とでは、花に対する価値観が根本的に真逆なのだ。


「そっか……第六魔王国では観賞する為の花はないのかあ」


 セロがそう言ってため息をつくと、ルーシーは顎に片手をやった。


 そして、バルコニーの入口付近で控えていたダークエルフの近衛長エークにちらりと意味ありげな視線をやった。


 そのとき、セロは無性に嫌な予感がした――これまた例によっていつものパターンかもしれない。観賞用の花がないならば、花をつける魔樹を力づくで屈服させるべきといった、いかにも魔族的なやつだ。この場合、いつだってセロが苦労させられる。


 だから、セロが「はは。じゃあ、今回、花見はいいかなあ」と話を濁そうとしたら、エークが「ふんす」と鼻息荒く、真摯な眼差しでもって余計なことを言ってきた。


「セロ様。桜ならば――あります!」

「え、あるの? しかも、よりにもよって桜が?」

「はい。夜で暗くなってきたので分かりづらいやもしれませんが……『迷いの森』のあちらの方をご覧ください」

「あー、たしかにピンク色の花をつけている樹々があるね」

「あれが桜です」


 エークはそう言い切った。


 とはいえ、セロはまだ警戒しつつも、「ふうん」と相槌を打ってみせた。


 ルーシーたち魔族は花をつける樹々を危険な魔物とみなしてきたが、もしかしたらエークたち亜人族たるダークエルフは人族に近い感覚を持ち合わせているのかもしれない……


 そんなふうにセロが一縷の望みをもって、エークの次の言葉を待っていたら――


「あの桜は樹齢千年ほど。あそこらの森一帯のぬしになります」

「…………」


 セロは「あちゃー」と額に片手をやった。やはりいつものパターンだ。


「見事なピンク色の花を咲かせていますが、騙されてはいけません。あれは血の色です」

「血?」

「はい。あの桜の下には無数の死骸が埋まっています。その屍の血を吸収して、ぬくぬくと千年も育ってきたわけです。もちろん、我々、ダークエルフもたくさん殺られてきました。おかげでドルイドのヌフもあそこらへん一帯には最も強力な封印を施しています」

「ふ、ふうん」

「セロ様。私は今、感無量です」

「ど、どうしてさ?」

「セロ様があの主を倒すところを見られるのですから!」


 セロは天を仰いだ。


 花見というのは皆でまったりと桜するだけであって、決して桜するものではない。そもそも、桜は枝一本追ってはならない――理由はよく知らないが、いにしえの時代より遥か以前からそう伝えられてきた。


 もっとも、エークも、ドゥも、またルーシーも、爛々《らんらん》と目を煌かせていた。


 エークたちは主人セロがダークエルフの積年の恨みを果たしてくれると願って……さらにルーシーとしては同伴者パートナーぬしとまで称される魔物を倒してくれると信じて……


 おかげでセロは「あ、はは」と押し切られるしかなかった。


「じゃあ、今度……皆で花見でもしに行こうか」


 後日、激闘の末にセロによって従わされた桜はやけにしおらしくなって、そのあたりは公園として開発され、絶好の花見スポットになったとか。


というわけで、明日4月30日(火)発売の拙作第三巻をよろしくお願いいたします!

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