000 第三巻刊行応援SS 成人の儀(後半)
「結局、第六魔王国で成人を迎えそうな人ってどれくらいいるのかな? モタの弟子のチャルはまだ幼いにしても……ドワーフや蜥蜴人にはいないのかな?」
どうやらセロはまだ成人の儀を諦めていないらしい……
王国の基準で言えばセロはとうに成人だが、元聖職者だけあって、やはり祝い事は欠かしたくないのだろう。
何にしても、食堂から移って、午後に玉座の間にてセロが幹部たちに漏らしたことで、以前の健康診断時に戸籍を作成した人造人間エメスが代表して答えた。
「セロ様。当国にて今年、成人に達する者は一人しか該当いたしません」
それを聞いて、セロは「おおっ」と、玉座から身を乗り出した。
第六魔王国における成人の定義がいまだに曖昧とはいえ、そこらへんを斟酌してエメスが割り出してくれたのだ。
セロが期待を胸に、「いったい誰なの?」と前のめりで聞いたのも仕方ないことだろう。
すると、エメスはあくまでも淡々と答えた――
「小生です。終了」
当然、セロは「え?」と、鳩が豆鉄砲でも喰ったかのような表情になった。
「今年で小生は十三歳になります」
「ちょっと待って。じゃあ、今まで十二歳だったってこと?」
「おや、ご存じありませんでしたか? たしかに……これまでセロ様に年齢についてお答えした記録は残っていませんね」
「そもそも、エメスは古の大戦時からずっと生きてきたわけでしょ?」
「その通りです。しかしながら、当時の勇者カミラに敗れて停止状態となって、さらにドルイドのヌフの手によって封印されたので、小生は長らく冷凍睡眠していました。肉体的にも、精神的にも、ぴっちぴちな十二歳のギャルです。終了」
「…………」
セロはつい無言になった。
だから、精神年齢が低いモタやお子ちゃまなドゥと話が合うわけか……
というか、そんな十二歳が近衛長エークや執事アジーンに拷問しちゃ駄目なんじゃないかな? いや、むしろ小さな子供が虫などを虐める感じなのだろうか……ある意味でちょっとした情操教育に当たるのかな?
などと、セロはやや混乱したわけだが、それはともかくセロは一つだけ、明らかな疑問を発した――
「ところで、なぜ十三歳で成人になるのかな?」
当然の質問だろう。現在の王国では十五歳で成人と定められている。
また、朝食時にも聞き回った通り、他の種族では「仕事を持ったとき」とか、「誰かを半殺しにしたとき」とか、「親から離れて餌場を確保したとき」とかと、てんでバラバラだった。
すると、エメスはこれまた淡々と答える。
「古の時代の王国では、女性は十三歳で成人と定めていました。少子化が進み過ぎて、結婚できる年齢を低くせざるを得なかったという事情があったのです。そもそも、その時代の遥か以前には、十歳前後で成人とみなす地域もあったとか」
セロは「ほう」と肯くしかなかった。
実際に、ドゥやディンは五歳、もしくは六、七歳で一人前とみなされているわけだから、今ではセロも年齢にこだわっていなかった。それにエメスが十二歳だったことに驚いたものの……そういえば以前にこんなことを聞かされていた――
いかにも大人のお姉さんといった外見のエメスだが、義体化して球体関節人形なので、実際の肉体は頭部の一部と心臓部ぐらいしか残っていないのだ、と。
ともあれ、セロはここでやっと笑みを浮かべてみせた。
「じゃあ、エメスの為に第六魔王国で初めての成人の儀を執り行うことにしようか」
だが、意外なことにエメスは眉をしかめた。
「セロ様。とても栄誉なお話とは存じますが……辞退させていただいてもよろしいでしょうか?」
「え? そ、それは……いったい、どうしてさ?」
「はい。成人の儀について小生のデータベースを精査してみたところ――ろくなものが出てきませんでした」
そのエメス曰く、割礼式で男性器を傷つけたり、女子割礼で女性器を縫い合わせたり、はたまた高所から飛び降りて蛮勇を示したりと、あまりに野蛮な風習ばかりだとのこと。
「さらに、こちらをご覧ください。とある島国での成人式の姿絵となります」
エメスはそう言って、玉座の間の上部に設置してあるモニタに幾つかの映像を出力した。
セロたちは「例によって、またあの島国か……」と、全員が顔をしかめたものの、やはり映像を見て「はあ」とため息をこぼすしかなかった。
というのも、それは成人の儀というよりも仮装会場みたいで、およそ一人前とは程遠い振舞いを映したものばかりだったからだ。
むしろ、反面教師として成人たちに示しているのではないかと疑いたくなるほどだ……
セロは額に片手をやって感想をこぼした。
「ええと、鳥のトサカみたいな髪型をして、『夜露死苦』や『喧嘩上等』と縫われた、やたらと傾いたこの出で立ちは――彼らの民族衣装なのかな?」
「正確にはヤンキーと呼ばれた軍隊の装備だったようです。派手なように見えるのは、いわゆる警告色といって、捕食者から身を守る為の動物の習性を受け継いだのでしょう。弱い者ほど、よく吠える――それと同じ行動原理と考えられます」
「ふうん。じゃあ、この壇上で挨拶している人を邪魔しているのは?」
「いかにも若者らしい革命、もしくは下剋上による王権打倒かと推測出来ます。やはり上の者を倒してなんぼですからね。こればかりは、いつまでも変わらぬ価値観ではないでしょうか、終了」
「…………」
セロは無言になったが、幹部たちは「ふむふむ」と意外と共感している。
強者と戦って死ぬことこそ誉れと信じている彼らにとって、どうやら成人の儀とは――第六魔王国をいずれ背負っていく若者らしく、セロを打ち負かす儀式として認識されたようだ。
「というわけで、小生は辞退いたします。今の小生ではまだセロ様を倒せません。終了」
別に倒さなくていいのに……
というか、セロとしてはただ、ただ、普通に祝いたいだけなのに……
と、セロはがっくりとほほと項垂れたわけだが、何にしてもこうして第六魔王国における成人の儀は見送られることになった。
もっとも、その後もセロ打倒を志す若者が出てくるはずもなく――第六魔王国では成人になる者が全く現れないという異常事態に見舞われたとか何とか……
途中に出てきた人造人間エメスによる健康診断のエピソードは書籍版第二巻の追補に出てくる書き下ろしになります。このSSは第三巻刊行応援ということで、もしよろしければ二巻もどうぞお手に取ってくださいませ。