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000 第三巻刊行応援SS 成人の儀(前半)

「そういえば……成人の儀ってどうするのかな?」


 魔王城二階の食堂で、セロは人狼のメイド長チェトリエが用意した朝食を食べながらルーシーに質問した。


 クリスマスやカウントダウンパーティーのときみたいに玉座で幹部たちに尋ねなかったのは、セロからしても、それら二つより成人の儀の重要性が低いように思えたからだ……


 そもそも、魔族は不死性を有している。それに第六魔王国で生活している亜人族にしても、皆が長寿の種族だ。肉体的にも、精神的にも、成人の定義にばらつきがあるに決まっている――と、セロは判断したわけだ。


 実際に、質問されたルーシーはというと、真祖トマトをもぐもぐしながら隣に座っていた付き人のディンと目を合わせた。


聖人・・の儀もぐ?」

「違いますよ、ルーシー様。セロ様が仰ったのは――性人・・の儀です、きっと。ちょっとエッチな儀式なのですよ」

「もぐー!」


 ルーシーはどうやら真祖トマトを喉に詰まらせたようだ。


 すでにセロの正式な同伴者パートナーとなって夜の営みだって幾度もしているのに、相変わらずこういう話題にルーシーは弱い……


 それはともかく、またもや魔族的に可笑しな方向に話が向かおうとしていたので、セロはすぐさま訂正した。とはいえ、セロの話を改めて聞いても、ルーシーは首を傾げるばかりだった。


「成人だと? いまいちよく分からんな。ディンは理解できたか?」

「はい。セロ様が仰っている成人というのは、おそらく一人前と認められた状態を言うのではないでしょうか?」

「ふむん。一人前か……」

「私たちダークエルフにはそうした儀式はありませんが、基本的に仕事を持ったときに集落から一人前だと認められますよ」


 ディンがそう答えると、セロは「なるほど」と相槌を打った。


 そして、すぐ隣で真祖トマトをリスみたいに齧っている付き人のドゥに対して話を向けてみる。


「ドゥは成人になったのはいつ頃だったの?」

「五さいです」

「ご、五歳! 本当に?」

「地下ではたらいてましたです」


 ドゥはそう言って、「どや」と胸を張ってみせた。


 そういえば、セロはかつて近衛長のエークから聞かされていた――ドゥは以前、『迷いの森』の地下に広がる洞窟の安全を確かめる為にカナリヤ役をやっていた、と。


 すると、今度はルーシーがディンに話を向けた。


「ディンもやはり五歳の頃だったのか?」

「いえ、ルーシー様。私はドゥと離れて一年ほど、長老たちのもとで魔術を学んでいました。その後にヌフ様のもとで封印の手伝いを始めたので、一人前というならばその頃……およそ六、七歳だったかと存じます」

「ほう。なるほどな。双子でもばらつきがあるのだな」


 ルーシーはそう言って、フォークとナイフを置き、血反吐ミックストマトジュースの入ったグラスに手を伸ばした。そのタイミングで、今度はセロが「ルーシーはどうだったのさ?」と尋ねた。


わらわか? そうだな……一人前ということならば――」


 ルーシーはジュースをごくりと飲んでから、「うーん」としばらく記憶を探った。


 さすがに長く生きているだけあって、相当に昔の出来事らしく、あまり覚えていないらしい。ルーシーは仕方なく、そばではべっていた人狼の執事アジーンに聞いた。


「何か知っているか?」

「もちろんでございます。ルーシー様がまだ小さかった頃――あいつムカつく、と『万魔節サウィン』で仰ったことを覚えていらっしゃいますか?」

「ああ、ブラン公爵のことか。いたなそんなの」


 そんなの(・・・・)で済まされた吸血鬼のブラン公爵だが……実のところ、セロはよく覚えていた。


 何せ、一人前ということならば、セロを立派な魔族へと成長させてくれた人物《やられ役》だ。百人近い配下と共に、半壊した魔王城に攻め込んできたのは最早、懐かしい思い出だ。


 とはいえ、やはりというべきか……それ以前にルーシーと因縁があったらしく、ルーシーはやっとこさ思い出したようだ。


「そういえば、母上と邪竜ファフニール様の会合時に勝手に乗り込んで来て、いけしゃあしゃあと御託を並べたものだから、妾がぷんすかと怒ったことがあったな」

「はい。その際に、カミラ様は――ならば殴ってきなさい、貴女はそれが許される立場だわ、と仰いました」

「うむ。それで思いきり殴って半殺しにしてやったのだ」

「そして、カミラ様はこう仰ったのです――これで貴女も立派な吸血鬼よ、と」


 その話を聞いて、ルーシーは「うむうむ」と幾度も肯いた。


 もちろん、セロはやや白目になった。ムカつく相手を半殺しにして一人前とは、いかにも魔族的な考えだが……


 何にしても、こちらも成人というわりにはルーシーの子供時代の出来事らしい。


 ちなみに、王国では一律で十五歳になったら成人とみなされる。


 もちろん、それ以前に奉公に出る子供だっているが、結婚出来る年齢が十五歳なので法律で成人をそのように定めている。だから、新年早々、成人の儀を設けて、「これで大人の仲間入りだ」と皆に祝福される。


 そんなわけで、セロも「こりゃあ……魔王国では成人の儀は難しいかな」とこぼして、セロたちのそばにはべっている人狼のアジーンとチェトリエにふと視線をやった。


「吸血鬼とダークエルフは分かったけど……人狼はどうなの?」


 あくまで興味本位で聞いたに過ぎなかったものの……


 二人は目を合わせてから、こちらもルーシー同様に「うーん」と顎に、あるいは頬に片手を当てつつ、結局、代表してアジーンが答えた。


「一人前ということでしたら、親から離れて、餌場を確保できたときでしょうか」

「……餌場?」

「はい。手前てまえども人狼は魔族ながら肉を食べる習慣が残っていますので、その肉を一人で狩って、親から独り立ちして、一人前と認められます」


 すると、今度はチェトリエが付け加えた。


「私も親から深い谷に落とされて、よじ登ったときに認められた気がしました」


 セロとしてはこれまたやや白目になりつつも、「そっかー」と答えるしかなかった。


 何にしても、第六魔王国では成人の定義すら曖昧なまま、この日の朝食は穏やかに過ぎていったのだった。

ブラン公爵の名前がまさかまた出てくるとは……「005 吸血鬼ブラン公爵の急襲」に出てきた人物ですね。335話ぶりの再登場です(名前だけならたまに出てきましたが)。

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