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000 第三巻刊行応援SS カウントダウンパーティー直前

 魔王城の尖塔に錬金釜、もとい大鐘を付ける工事はものの数時間で終わった。


 ここらへんはさすがに工事慣れしたダークエルフや吸血鬼、それにヤモリたちである。もっとも、今回は重たい錬金釜などを宙に持ち上げてくれたコウモリたちの活躍が大きかった。


 とはいえ、魔王城の三、四階の使用人の間は主人セロには見せられない――というか、そこら中の壁にセロの姿絵が張ってあって、とてもじゃないが通すことが出来ないので、当日は専用の鉄板(エレベーター)でセロには尖塔まで行ってもらうことになった。


 むしろ、この昇降口の追加工事の方がよほど大変だったわけだが、それでも夜通しで終えるのだから、最早、いにしえの時代よりも技術は発達したと言えるかもしれない。


 それはさておき、工事が終わったことを受け、セロ、お付きのドゥ、飼い猫のぽちたろう、それに加えて錬金釜にお別れを告げる為にモタが、近衛長エークに連れられて尖塔までやって来た――


「いやあ、意外に高いもんだね」


 セロが驚くと、普段は巨大ゴーレムで空を飛んでいるドゥもはしゃぎだす。


「高いのすごいです!」


 実際に、ここからならば王国の北の城塞を超えて王都まで微かに見える。他にも北海付近の第二真祖モルモの古塔、『火の国』の山々に囲まれたドワーフたちの首都、さらには砂漠まで眺望ちょうぼうできるほどだ。


 湿地帯の霧が濃くなければ、もしかしたらヒュスタトン高原やその先の港湾都市だって視認出来たかもしれない……


「それではセロ様。本日の日付が変わるタイミングで、このバチでもって、大鐘をがつんと叩いてくださいませ」


 エークがセロに木製のバチを手渡してきた。


 どうやら『迷いの森』の樹齢千年近い人面樹から切り取って作られた霊験あらたかなバチらしい。


 そもそも、もとは錬金釜とあって、西洋式のベルの内部にぶら下がっているぜつがなく、外部から衝座つきざに向かってバチでがつんと叩いて鳴らすしかないとのこと。しかも、カウントダウンパーティーまでもう少しということで、リハーサルなしの一発本番だ。


「ええと……壊れやしないよね?」


 今のセロの力でもって叩けば、バラバラに砕けるかもしれない……


 そんなふうにセロがバチを片手に惑っていると、どこからともなく情けない声が上がった。


「ここは……ぼくの処刑場でしょうか?」


 当然、その場にいた全員が「ん?」と首を傾げた。


 セロはすぐにドゥを見た。この場で一人称が「ぼく」なのはドゥだけだ。ただ、ドゥにしては声がやけに甲高かった。そのドゥはというと、セロに見つめられてきょとんとしている。


 次いでセロはモタに視線をやった。この面子の中で声が高いのはモタだ。もっとも、モタも三日前に食べたおやつをいかにも思い出せないといったふうな顔つきだった。セロはさらに子猫ベヒモスのぽちたろうを見て、「まさかね」と眉をひそめてから、


「年の瀬になって疲れでも出たかな……変な声が聞こえてきたよ。今晩はこの鐘を叩いて、皆と一言二言くらい交わしたら、早めに寝るとしようかな」


 そう呟いて、鐘の中帯あたりに触れた。


 直後だ。


「ひゃう!」


 と、今度は嬌声が上がった。


 ……

 …………

 ……………………


 セロは咄嗟にモーニングスターを取り出してドゥを守った。


 エークも短剣を両手に持って、セロの前に躍り出たわけだが――そこでモタが「んー」と、嬌声を上げたモノ(・・)に対して『分析アナライズ』を行った。


「これさあ……もしかしたら、インテリジェンス・アイテムじゃね? 錬金釜全体に魔力経路が張り巡らされているから、ほぼ魔族に近いものかなー」

「てことは、やっぱりこの大鐘が喋ったの?」


 セロが疑問を発すると、錬金釜もとい大鐘はおずおずとまた声を上げた。


「はい。喋ったのは――たしかにぼくです」


 セロたちは武器を収めたものの……今度は皆がぽかんと開いた口が塞がらなかった。


 たしかに知能を有する道具インテリジェンス・アイテムは幾つか神話などで伝わっているが、当然のことながらセロも、長寿のエークも、そうした魔導具に詳しいモタもこれまで見たことがなかった。


 そもそも、王国の宝物庫にも、第六魔王国の目録にも、そんな高度な魔導具は存在しなかった――


「もしかして、これ……すっげー掘り出し物なんじゃね?」


 モタが急にはしゃぎだしたので、何はともあれセロはその大鐘に話しかけた。


「ええと、名前を聞いてもいいかな?」

「名前はありません。釜でも、鐘でも、お好きなようにお呼びください」

「分かった。じゃあ、暫定的に大鐘・・と呼ぶよ。ところで、大鐘――君について聞きたいんだけど、君は王国から来たんだよね?」


 セロがモタにちらりと視線をやるも、購入したモタもその出所はよく知らないらしい……


「はい。直近は王国にいました。とある錬金術好きな貴族に使われていたのですが、錬金釜としてのレベルは高くないということで、ハーフリングの商隊に買われました」

「レベルは高くないっていうけど……喋れるなんてとても珍しいんじゃない? それこそ国宝級だよ?」

「ええと……普段、こんなふうに話をすることはありません」

「へえ、そうなんだ?」

「そうはいっても、ぼくの釜内で錬金される物が危険かどうかは察知出来ますから、そこでピーとか、ブーとか、はたまたピンポーンみたいな声を上げてお知らせすることはしてきました」


 セロは「ふむふむ」と肯いた。


 たしかに初心者用の錬金釜の中にはそういった安全装置の術式が織り込まれている物がある。


「なるほどね。それで最終的にモタの手に渡った、と?」


 つまり、モタがやらかさないようにと、「安全装置付きの錬金釜ですよ」とハーフリングの商隊は近衛長エークに持ちかけたのかもしれない。すると、当のモタが合いの手を入れた。


「わたしも予算の都合で上級者用の錬金釜が買えなかったんだよねー。もともと、たくさん錬金できる大きな釜が欲しかっただけだしさー」

「ふむふむ。要は、錬金好きな貴族も、ハーフリングたちも、エークやモタまでも、君が喋れるとは思ってすらいなかったわけか」


 セロがそう言うと、大鐘は「はい」と返した。


「どうやらそのようですね。今回はさすがに……そのバチで壊されるかもしれないと思って悲鳴を上げましたけど」


 セロとしては、「あ、はは」と頬をぽりぽりと掻くしかなかった。


 たしかにセロをよく知らない者からすれば、禍々しい魔力の波動はさしずめ破壊の邪神とか、世界滅亡を欲する魔神にしか見えないだろう……大鐘にすれば消滅の危機だ。


 何にせよ、セロはさらに質問を続けた――


「ところで、王国の貴族に渡る前はどこにいたの? 君を造った人はいるんじゃない?」

「ぼくが造られたのは遥か昔のことで、もともとはこの地にあって滅亡の道をたどった王国でした。その後は転々として、しばらくの間は東の魔族領……不死王リッチの宝物庫にいました」

「なるほど。リッチのもとか。だから、世に知られていなかったんだね」


 セロは納得したが、ドゥの両腕で抱かれているぽちたろうはというと、いかにも「こんなのあったっけ?」といった顔つきだった。


 仕方あるまい。不死王リッチは金銀財宝には目がなかったが、魔導具はその範疇ではなかった。


 そもそも、リッチは死霊の巴術士(ネクロマンサー)ではあるが錬金術師アルケミストではなかった。おそらく湿地帯を通り抜けようとした商隊を屍喰鬼グールたちが襲った際にたまたまこの錬金釜を手に入れて、そのまま庫内に放ってしまったに違いない……


 すると、ここにきてモタが唇をつんと突き出して剣呑な表情を作った。


「ねえねえ、セロ。やっぱ、この子を大鐘にするのは止めようよ。錬金釜として使いたいなー」


 たしかにインテリジェンス・アイテムなど、世界に一つあるかどうかだ。こんな尖塔に鐘として吊るすのではなく、釜として使い続けたら、神話級のアイテムに成長するかもしれない。


 とはいえ、その使用者がモタだというのがセロには気になったが……


 何にしても、セロはそれ以外にも引っ掛かったことがあったので、早速、ドゥにお願いすることにした。


「エメスをここに呼んできてくれるかな?」


 先ほど大鐘が話した「滅亡の道をたどった王国」という言葉が気になったからだ。それはいにしえの大戦で人造人間フランケンシュタインエメスが滅ぼした国家の可能性がある……


 すると、エメスは浮遊する板に乗ってすぐにやって来た。


「ほう? これはなかなかに懐かしい物ですね、終了オーバー


 いつもは淡々としたエメスにしては珍しく、感嘆を口にした。セロが「懐かしい?」と促すと、エメスは「はい」と話を続けた――


「小生を造った博士はこれらインテリジェンス・アイテムのことをエルリックシリーズと呼んでいました。他にも、二対の剣など様々な物があったはずです」

「それらはまだ残っているのかな?」


 セロがそう尋ねるも、エメスは頭を横に振った。


「古の大戦後、小生は長らくこの魔王城の地下に封印されていました。それらシリーズがどこにどう散っていったのかはさすがに分かりかねます、終了オーバー


 その場にいた大鐘も含めた皆が「そっかー」と、残念そうな声を上げた。


 もっとも、モタは変わらずに強硬姿勢を貫いた。


「ねえねえ。いいよね? 錬金釜として使ってもさ? そもそも、エークを通して購入したのはわたしなんだしー。この子はおやつ研の立派な備品だよ?」


 だが、今度はエメスがいかにも不審そうな顔つきを作ってみせた。


「いったい、モタは何をほざいているのですか?」

「え? どゆこと? だって、喋れる錬金釜なんてすげーじゃん。この子を使えば、わたしの錬金の腕もめきめき上がって、すぐに魔王城サイズのおやつだって錬金しちゃうよー」


 セロは「はあ」とため息をついた。モタならやりかねないから本当に不安しかない……


 もっとも、エメスはやはり顔をしかめたままだった。


「だから、何をほざいているのです? このインテリジェンス・アイテムは――そもそも錬金釜ではありませんよ、終了オーバー


 しーん、と。尖塔には沈黙が下りた。


 当の大鐘でさえも、「え?」と驚いたほどだ。そんな状況を受けて、エメスがさらに説明する。


「なぜか、分析や鑑定の結果で名称が釜になるように幾重もの認識阻害が施されていますが……この古風な(・・・)術式を小生はよく知っています。そこから推測するに、古の大戦時に博士が悪用されることを憂いたのでしょう」


 エメスはそう言って、同じ人物から造られたモノを慈しむようにその中帯をゆっくりと撫でた。


「これは紛う方なく――大鐘です。それも聖鐘です。所詮、現在の王国の大神殿にある物なぞ、全ては紛い物(レプリカ)に過ぎません。この鐘の音を聞けば、セロ様の『救い手(オーリオール)』同様に、皆に祝福が与えるといった唯一無二のアイテムです。終了オーバー


 ここにきてモタは渋面を作るしかなかった。また、ドゥに抱えられたぽちたろうも「あちゃー」と自身の目利きのなさを嘆いたわけだが……




 何にしても、その日、第六魔王国どころか、大陸中に届けとばかりに美しい音は鳴り響いた。


 護国繁栄を祈って鳴らされた聖なる音は皆の心を穏やかにして、身体能力ステータス強化バフ、特にラックの上昇がかけられ、さらには第六魔王の加護まで加わった。


 その一方で――


「おや? この鐘の音は?」


 エルフの大森林群の大樹に突き刺さっていた寂れた古剣はふと目覚めた。


「ほう。こりゃあ懐かしい者の声じゃねえか」


 島嶼国の隅に打ち捨てられてしまった傷だらけの盾は「ひゅう」と口笛を吹いた。


「ふむ。久しぶりに会いたいものだな」


 砂漠に埋もれていた鎧は自身に風魔術を掛けて、砂を一気に吹き飛ばした。


「なるほど。どうやら全てを伝えるときが来たようじゃの」


 王国の大神殿地下の古書室にひっそりと隠れていた襤褸々々(ボロボロ)の古文書はごそごそと動き出した――


 この日、聖なる音がとどろいたことで世界中に散らばっていたインテリジェンス・アイテムがその役割を果たそうと、めいめいに誰かの手に渡って、第六魔王国を目指し始めたことを……鳴らした張本人のセロはまだ知らなかった。

ストーリー構成上、鐘の音が鳴った後の話を付け足しましたが、カウントダウンパーティーそのものについては次の話で詳しく描きます。

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[一言] 「えらいこっちゃー」(モタちゃんじゃなくて ’80年代の早川SFとか創元社推理文庫とか読んでた読者勢
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