000 第三巻刊行応援SS カウントダウンパーティー前夜
その日、第六魔王国の幹部たちは魔王城の玉座の間でやけに渋い表情を作っていた。
というのも、セロがふいにこんな疑問を発したからだ――
「皆は年末年始どうするの? カウントダウンパーティーはどこでやるのかな?」
当然のことながら、クリスマスと同様、魔族は年末年始などの概念も持ち合わせていない。
そもそも、人族とは生きる時間があまりに違うのだ。魔族は不死性を有しているし、この場にいるダークエルフにしても亜人族の中では最長の寿命を誇る。
そういう意味では魔族にとって年末年始は誕生日みたいなものだ。若い頃は盛大に祝って、幾年を大事に数えるが、年を重ねるにつれて誕生日どころか、自分の年齢すらどうでもよくなってくる。あまりに長い時を生きる種族にとって新年なぞ、それこそいつもの日常と何ら変わらない……
ただ、魔族一年生で、つい最近まで十代後半の若者だったセロはというと、
「王国ではカウントダウンをした後に鳴らす鐘の数も、その地域の教派によって違うんだよね。百八回も鳴らすところもあるし、たった一回だけだったり、あるいは月の数だけ十二回だったりと、色んなマイナールールがあるんだよ。第六魔王国はどうなっているのかなあ?」
そんなふうにいかにも元聖職者らしく、教会の鐘の数を気にする始末だ。
しかも、目を爛々《らんらん》と輝かせている。家族と共に過ごすクリスマスとは違って、王国では年末年始は友人たちと楽しく騒ぐ年中行事になっているので、どうやら新たに仲間となった皆と祝いたい一心のようだ。
これにはさすがのルーシーをもってしても、
「いや、セロよ。年末年始なんて普通に棺で寝て過ごすぞ」
とはなかなか言い出せず、玉座の間はしーんと静まり返ってしまった。
逆に、そんな静けさを前にして、セロは「もしや僕に秘密でサプライズパーティーでも用意してくれていたのかな?」などと、にっこにこで呟くほどだ……もちろん、そんなものは微塵も用意されていない。
「というかさ。今、気づいたんだけど……この魔王城に鐘なんてあったっけ?」
セロはそう言って、ふと首を傾げた。
当然、皆の視線は城のことを最もよく知っているはずの人狼の執事アジーンに向けられる。
「え、ええと……残念ながら鐘はございません」
「ということは、新年には大鐘を叩いてきたわけじゃないんだ?」
「はい、セロ様。まさにその通りです」
「じゃあ、いったい何を叩いたのさ?」
セロはやや訝しげに尋ねた。
アジーンは呻くしかなかった。ここで「年末年始なんて特別なことは一切何もしていません」などと答えたならば、セロはがっかりするに違いない。
だから、敬愛する主君を落ち込ませたくはなかったアジーンはというと……
ここでいったんこめかみのあたりに指をやって、ぽくぽくぽくと考え込んで、ちーんとついに答えを出した――
「実は……手前を叩いてきたのです!」
「……え?」
「毎年、ルーシー様が手前を煩悩の数だけ百八回も叩いてくださったのです。そのたび、手前は絶叫を上げてきました! それこそが第六魔王国の新年の始まりなのです!」
もちろん、ルーシーは「んな?」といった表情を浮かべるも、セロは顎に片手をやりつつさらに尋ねる。
「へえ……百八回も? で、鐘の音の代わりに絶叫を上げたと?」
「はい。そうなのです。魔王城の尖塔にお尻から貫かれて、さらに体も叩かれて、北の魔族領全体に届けとばかりに声を荒げてきました。そういう意味では、今年はルーシー様ではなく――むしろ、セロ様が手前めを叩いてくださいませ!」
アジーンは熱を帯びた目でもってセロをじっと見つめた。人はこれを狂気と呼ぶ。
……
…………
……………………
それはさておき、これにて新たな風習が第六魔王国に誕生してしまったわけだが……ここでそんなアジーンだけが喜ぶイベントなぞ許して堪るか派と、まあセロが喜ぶんなら何でもいいんじゃね派にすぐさま分かれた。
前者の筆頭がダークエルフの近衛長エークで、後者はルーシーだ。言うまでもないが、エークについてはアジーンに対するただの嫉妬以外の何物でもない――
「お待ちください、セロ様」
「いったいどうしたのさ、エーク?」
「大鐘ならばございます。最近、仕入れたばかりの錬金釜です。それを早速、転用いたしましょう」
エークがそう主張するも、たまたま出席していたモタが「げっ」と声を上げた。
ちなみに、モタは第六魔王国の正式な幹部ではないのでこうした集まりに本来ならば参加しない。望めばすぐにでも幹部になれるのだが、玉座の間での定期的な集会に出席するのが「めんどくしゃい」ということで断っている。
ただ、今日はアジーンの秘蔵肉コレクションをくすねようと魔王城二階にやって来たタイミングで、セロから「カウントダウンパーティーの話をするから出なよ」と声をかけられて出席したわけだが――
「ちょっと待ってよ、エーク。仕入れた錬金釜って、依頼していたおやつ研の備品じゃないのさ」
「その通りだ。ちょうど大鐘に形も似ているし、叩けばアジーンよりもよほど良い音が出ることだろう」
「いやいや、何言ってんのさ。ダメに決まってるでしょー」
「ふむん。それでは……本当にいいのか、モタよ?」
そこでエークはモタのそばにやって来て、ぼそっと耳打ちした。
「クリスマスのときのような喘ぎ声を第六魔王国全体に響かせることになるんだぞ? それも百八回も?」
そのとたん、モタは真っ青になった。
あのときのスウィートルームでの一幕はモタにとってちょっとしたトラウマだ。
もちろん、エークだってそんな心の傷を負わせた張本人ではあったものの……それだけにモタの傷を抉れば錬金釜の転用を承諾するだろうと踏んでいた。いやはや、本当にひどい大人である。
何にせよ、モタはトーンダウンした。たしかに新年早々、あんな絶叫なぞ聞きたくもない。
当然、セロはそんなモタの様子にまた訝しむしかなかったが……元聖職者のセロからすれば、いかにも魔族らしい絶叫なんかよりも、慣れ親しんだ鐘の音の方がよっぽどよかったのでエークの案を採用した。
今度はアジーンが「んな?」といった表情を浮かべるも、さすがにセロの決断に異を唱えるわけにはいくまい。
こうして魔王城の尖塔に錬金釜、もとい大鐘を設置するリフォーム工事が年の瀬にもかかわらずに急ピッチで着工することになったわけだが――それが新たな事件を巻き起こすことなど、このとき誰も知るはずもなかった。




