000 第三巻刊行応援SS クリスマスデート(終盤)
本当はここからさらに二編に分けようかとも思ったのですが……今週末のうちに収めたかったのでかなり「ほう? 北の街道がこんなふうに発展していたとはな」
「ね。凄いでしょ。以前は殺風景な道に草原しかなかったのにね」
セロとルーシーは仲良く、第六魔王国の城下街を腕を組んで歩いていた。
何せ、今日はクリスマス――文化の日みたいに祝祭日には指定していないものの、第六魔王国で初めての正式な年中行事に当たる。
それが実質的にぱこぱこの日になってしまったことについてはセロも慙愧の念に堪えないわけだが……一応、名目的には恋人や家族とプレゼント交換する日にまで何とか押し返せた。
要は、そのプレゼントが肉体か、それ以外の心のこもった贈り物かの違いである。
そんな妥協の賜物はあったが、ルーシーとのクリスマスデートは新鮮で、セロも少しは救われた思いになった。
「ここまで城下街が大きくなっているとは思ってもいなかったぞ。こんなことなら、もっと早くに視察にでも来ればよかった」
「まあ、僕はエークに連れられてよく来ているけど……ルーシーは温泉宿にしか足を運んでいないものね」
「うむ。母上の統治時代、城から出る機会がろくになかったせいか、どうにも出不精になってしまっていたようだ。そもそも吸血鬼自体、棺にこもってずっと眠っている種族だからか、どうしてもそんな生来のこもり癖が出てしまうのかもしれないな」
「これからはもっと一緒に外に出ようよ。城下町だけでなく、王国だって、あるいは大陸中だって、色々と案内するよ」
セロがそう言うと、ルーシーは「ふふ」とはにかんでみせた。
かつては急造りのトマト畑と林くらいしかなかった北の街道も、今では立派な城下街――何より、第六魔王国の表の顔でもある。実際に、ここには舗装された大通りと、外交施設や宿泊施設、あるいは商業施設が立ち並び、その裏通りにはそれらに勤めるスタッフたちが居を構えている。
ちなみに、本格的な住宅街はさらに北にあるリゾートスパこと温泉パークの外縁部に環状型に拡がっている。
さて、ルーシーは目を輝かせながら大通りを進むと、その途中でふと足を止めた――
「ここは……もしや商店街なのか?」
「うん。そうだよ。かまぼこ型天井を設置して、王国から来た冒険者たちに武器、防具、道具、魔術書や法術書、あるいは食事なんかを売る為に一ヶ所にまとめてみたんだ。屋根があるから雨や雪や血反吐が降っても買い物に困らないしね」
「王国の冒険者といえば……いずれは『迷いの森』も一部封印を解除して、迷宮型ダンジョンとして挑ませる予定なんだろう?」
「王国内が平和になったら、騎士も兵士も食いっぱぐれるから補填してあげないとね」
「なるほど。シュペル王に恩を売って、さらに冒険者どもにはここで武器なども売って、あるいは素材を買い取って、経済まで回すということか?」
「まあ、たしかにそっちが本音なんだけど……その前に『迷いの森』の先にある砦に行ける道を開通して、交易できるようにきちんと舗装しなくちゃ。冒険者にはまず、その護衛をしてもらいたいかな」
「ふむん。母上の時代では考えられなかったほどの進歩だな」
ルーシーはやれやれと肩をすくめてから、またセロに甘えて寄りかかった。
せっかくのデートなのに話題が第六魔王国の現状や政策、その問題点についてというのがいかにもこの二人らしかったが……
そんな二人とすれ違う王国から来たらしき人族や亜人族たちが「あれが第六魔王とお妃様よ。これからきっと――ぱこぱこするんだわ」と遠巻きに見てくるものだから、セロはつい、かあっと顔が紅くなった。セロほどの精神異常耐性を貫通するのだからよほどのことだ。
とはいえ、そんな者たちだって恋人とのショッピングを楽しんでいるようで……
どうやら第六魔王国が新たに打ち出したクリスマスに期待してやって来てくれたらしい。
「ふむん。セロよ。どうやらジージの言っていた宗教上の棲み分けとやらも成功していると見ていいのではないか?」
「そ、そうだね……まあ、ぱこぱこよりも贈り物に力を入れてほしいんだけどね」
今度はセロがやれやれと肩をすくめる番だった。
すると、ルーシーはアーケードの途中でとあるお店を見つけて、「ふ、おおお!」とテンションを一気に上げた。
「こ、こ、こ、これは……ファンシーグッズショップではないか!」
ルーシーは珍しく小躍りした。
実のところ、このお店はセロによるサプライズだった。
要は、お店ごと贈り物を用意したわけだ。元聖職者でわりと吝嗇なセロにしては大胆な決断だ。それだけセロにとってルーシーは大切な存在だし、以前に浮遊城を贈られたので、どうやったらそれに相応しい物を返せるかと、頭を悩ませた結果とも言える。
何はともあれ、ルーシーは人目も憚らずにセロに飛びついた。
「セロ、ありがとう!」
二人はその場でくるくると回って、その様はまるで華が咲いたかのようで、セロはそんなルーシーの耳もとに「メリークリスマス」と囁いたのだった。
そんな二人を遠巻きに見守る、もとい尾行する人物がいた――
言うまでもないだろう。真祖カミラと近衛長のエークだ。わざわざセロたちに気づかれないようにと、認識阻害によって人族の冒険者に扮している。
実は、先ほどセロたちを指して、「ぱこぱこするんだわ」と呟いたのはカミラだったりする……
それはさておき、大量のファンシーグッズを前に小躍りしている娘の姿を見て、カミラは「へえ?」と頬へと片手をやった。
「あんなレアなもの……いったいどこから手に入れてきたの?」
その問いかけに、北の街道の整備を主導した、もといグッズショップ開店の手伝いまでしたエークは淡々と答える。
「まず、第二真祖のモルモ様がルーシー様にかつて贈られたという話を聞きつけて、そこから仕入れ先のハーフリングの商隊、次いで『迷いの森』の先の砦にある露天商、さらに王国のとある貴族と繋がっていって……最終的には『ファンシーグッズ愛好会』なる闇の社交界とコンタクトを取ることに成功しました」
「そ、そんなものがあったの? 王国って意外に底深いわね」
「ええ。現王女がヴァンディス家のキャトル殿で助かりましたよ。早速、王女の命ということで、その社交界を通じて王国にある本店から出店をお願いした次第です。ここが二号店になるということで、結果的にかなり尽力してくれました」
「高くついたんじゃないの?」
「金額の話ですか?」
「違うわよ。王国の社交界って言ったら、ろくな貴族どもじゃないでしょ? 貸し借りの話よ」
「その点については旧門貴族筆頭のヒトウスキー卿にも尽力いただいております。赤湯入り放題の年間パスポートでわりと簡単にケリがつきました」
「あら、そう」
ヒトウスキー卿にはあまり興味がないらしく、カミラも相槌を打つに留めた。
何はともあれ、はしゃぐ娘を見守るカミラの眼差しには、どこか慈しむような温もりがあった。
エークがつい興味本位でこう尋ねたほとだ――
「カミラ様はルーシー様に何かプレゼントはなさらないのですか?」
「馬鹿言わないでちょうだい。プレゼントをあげるほど、もう子供でもないでしょう?」
「そんなものですか」
「そんなものよ。そもそも、私が元人族だってのは知っているでしょう?」
「もちろんです。何せ、吸血鬼の真祖が勇者の始祖でもあったわけですからね」
「そういう意味では、私のクリスマス観というのはむしろ王国の保守的なものに近いのよ。家族で揃って、静謐にゆっくりと過ごすのが一番合っているの」
カミラは意外にもどこか寂しげに答えた。
たしかにせっかく家出していた娘たちが全員揃って帰ってきたというのに、今やエークを横に侍らして、ぱこぱこの方のクリスマスを過ごしている……
ルーシーは「カミラがストーカー紛いのことをしている」と危惧していたが……
もしかしたら、当のカミラは娘たちと一緒に過ごしたかっただけなのかもしれない――と、エークが考えを巡らせていたら、
「あら、エーク。いったいどうしたのかしら? 急に黙り込んじゃって?」
カミラもルーシーの真似をして、エークの左腕に絡みついてきた。むにゅんと胸が当たって、エークは情けないほどに両頬を紅く染める。
こうしてエークとカミラはついに『赤坂プリンセスホテル』にやって来た――
「ところで……古の時代より遥か以前から生きている私からすると、このホテルのネーミングセンスはどうかと思うのよ」
「そうですか? 提案したのは人造人間エメス様ですよ。島国のぱこぱこ文化を継承するならば赤プリこそ相応しいと、と」
「あんの……阿呆人形め」
「まあ、プリンセスと謳っているだけあって、最上階のスイートルームにはお姫様のゴシック趣味の意匠がこれでもかと施されています。おかげで、とある闇の社交界の貴族子女たちの予約も絶えません。これからセロ様たちが向かわれるのもそんな部屋なんですよ」
その言葉を聞いて、カミラは「ふうん」と呟いて、やけに底深い眼差しになった。
「もちろん、小細工を施してくれたのよね?」
エークはそれに答える代わりに、「はあ」と小さくため息をついた。
実は、エークの執務室でカミラに捕まったときに脅されていたのだ――「セロたちは赤坂プリセンスホテルのスイートに泊まるはずだから、こっそりとベッドルームを覗けるように隣室に細工をしろ」と。
いやはや、そこまで実娘をストーカーするつもりかと、さすがのエークも戦慄したものの……
「やってくれたら、エメス以上のご褒美を貴方に与えてあげてもいいのよ。うふん」
と、薔薇のように棘の付いた鞭をパシンッと振るわれながら脅され――もとい、ご褒美という名の利益供与を受けて、エークはあっけなく陥落した。
……
…………
……………………
そんなわけでここは赤プリの最上階、セロたちが泊まるスイートの隣室だ。
カミラとエークは人族の高ランク冒険者に扮して宿泊している。もちろん、細工した穴から隣室を確認して、カミラは「ふむふむ」と満足げだ。
「カミラ様……本当に覗くおつもりなのですか?」
ご褒美に釣られて、ちゃっかり細工を施してしまったエークが指摘するのも何だったが……
意外や意外、カミラは覗き穴から目を放して「ふう」と小さく息をつくと、その場にぺたりとしゃがみ込んだ。
「本当はね……ここに来るまでに、ルーシーに私を見つけてほしかったのよ」
「それは……どういう意味ですか?」
「家族って何だと思う?」
「男やもめの私にそれを尋ねますか?」
「あら、そうだったわね。ごめんなさい……でもね。私ってば、今でも家族っていったいどういうことなんだろうって考えることがたまにあるのよ」
「三姉妹……いえ、今では元エルフのシエンも含めて、お子様が四人もいるではないですか。考えるまでもないでしょう?」
エークがそう聞き返すと、カミラは頭を横に振って、どこか遠い目つきになった。
「私は元人族だったと言ったでしょう? 人族の女性はお腹を痛めて子をなすものなのよ」
「それはダークエルフも同じです」
「まあ、そうよね……だから、吸血鬼だけが特別なのよ。『血の契約』で子をなせてしまう。たしかに血を流した痛みはあったけど、出産のそれとは全く異なるものだわ」
「つまり、ルーシー様たちをいまだ実子とみなせていない、と?」
「そこまでは言わないわ。血が繋がっていなくとも、多くの時間や価値観を共にして、血よりも濃い関係の家族になるなんて例は幾らだってある」
「たしかに。セロ様とモタもそのような不思議な関係性ですよね」
「ええ。あの二人はちょっとした理想よね。そんな関係に近づきたくて……私はルーシーを知りたいと思った。共にいたいとも思った。ただの後継として帝王学を身につけさせるだけでなく、家族になりたいと考えた」
「その結果が……覗きですか?」
「…………」
「ルーシー様が気づいてくれなかったら、このまま本当に覗くおつもりなのですか?」
「……そこまで悪趣味ではないわよ。隣から上がってくるぱこぱこの音に耳を塞いで、せいぜいここから見える夜景を楽しみにトマトジュースでも一口呷って、今度はリリン、ラナンシーやシエンのもとにでも悪戯に向かうわ」
その返事にエークはやれやれと肩をすくめると、部屋の扉へと足を向けた。
「それでは、私はそのトマトジュースでも取ってきますよ。せいぜい、絞りたての美味しい物でも持ってきましょう。少しだけお待ちください」
「あら? クリスマスプレゼントかしら……うれしいわ」
「夜の女王と謳われるほどなのに、意外と安上がりで済むのですね」
「高い女ほど、物の価値にはこだわらないものよ。エーク、今の貴方って……とても素敵ね。惚れてしまいそう」
「そうやって甘えて、いったい何人の男を口説いてきたのです?」
「さてね。人族だった頃の話よ。もう忘れてしまったわ」
カミラがまた寂びそうに呟くと、エークは「では、行ってまいります」と言って出ていった。
広いスイートルームに一人だけ残されて、カミラは「ふう」と息をついた。
ルーシーに気づかれずにこの隣室に入った時点で、カミラの悪戯は完結していた。だから、エークを待たずに出掛けしまってもよかった。
とはいえ、エークからのせっかくの贈り物だ。無下にするわけにもいくまい。まあ、放置した方がエークは喜びそうな気もするが……
「あれな性癖さえなければ……本当に良い男なのにもったいないわ」
カミラがそう呟くと、覗き穴から急に音が漏れてきた――
ぱこ、ぱこっ、ぱこん! と。
さながら鞭打つかのようにしだいに甲高くなっていくではないか。
これにはさすがにカミラもギョッとした。一回戦を始めるにはさすがにまだ早すぎる。あるいは、カミラが知らなかっただけで、セロは意外に飢えた野獣なのだろうか? そういえば、頭の固い聖職者ほど、変態が多いとも耳にしたことがある……
ともあれ、カミラは悪趣味なぞ持ち合わせていなかったものの……
ついつい興味心が勝ってしまった。この激しいぱこぱこがいかほどのものか、ちょっとだけ確認してしまおうと心が傾いてしまったのだ。
「こ、こ、これも……きっと、母の務めよね?」
などと、自己正当化を図りつつ、ごくりと唾を飲み込んで、穴に片眼をやると……
そこにはなぜか――三角木馬に座らせられているエークがいた。
「……は?」
そんなエークの他には、『俺が拷問だ』で有名なかかしエクシアが全力で鞭叩きをしていて、さらにはドルイドのヌフの姿まで視界に入り込んできた。
当然、カミラはしばし首を傾げたわけだが……
「ふふふ。カミラよ。積年の恨みつらみだ――その部屋に封印されよ!」
ヌフがそう高らかに宣言したことで、カミラは「しまった!」と、嵌められたことに気づいた。
そして、咄嗟にバルコニーから飛び降りようとするも、すでにヌフの封印が掛かって、抜け出すことが出来なくなっていた。
そう。全ては罠だったのだ。
ストーカー行為がしつこいカミラに対して、ルーシーが一計を案じたに違いない。
隣室でお仕置きみたいに鞭打たれているエークが漏らしたとは考えづらいから、ヌフがセロたちにちくったのか……はたまたあの場に居合わせたラナンシーだったのか……
何にしても、カミラはここでやっとにやりと笑ってみせた。
「さすがは帝王学の全てを叩き込んだ娘だけあるわね。してやられた……けど、まあ、いいわ」
カミラはそう言って、自身を封じている透明の壁に手をやった。
「どうやら封印とはいっても数日ほどしか持たない簡易版みたいだし、これが解けたら――見てらっしゃい。夜の女王は舐められっぱなしじゃあ、ないんだからね」
そんなふうに強がって、カミラは後退ると、大きなダブルベッドに「ふう」と背中から倒れるようにして寝転んだ。
「メリークリスマス、ルーシー」
どこか満足げに呟いて、カミラはしばらくの間、ぼんやりと天井を見つめた。
一人きりのクリスマスも悪くはない。
そもそも、勇者パーティーに討伐されてからこっち、ずっと一人でひっそりと過ごしてきたのだ。絞りたてのトマトジュースが飲めないのが悔しいが、魔族なので飲まず食わずでもどうとでもなる……
「ある意味では……これが娘からの初めての仕返しかもしれないわね」
カミラがそんなふうに感慨深く言ったときだ。
どこからともなく、声が上がった――
「メリークリスマス……母上」
「メリークリスマス……母上様」
はっとして、ベッドから上体を起こすと、いつの間にか周囲にはルーシー、リリン、ラナンシーにシエンがいた。しかも、ルーシーの隣にはセロまでいる。
「な、なぜ……ここに?」
その問いかけに、ルーシーが代表して答えた。
「クリスマスはぱこぱこする日ではない。家族と共に過ごす日だと、セロがあまりにうるさくてな。とはいっても、素直に母上を呼んでも一緒に過ごしてはくれなさそうだから、こうして母上の策略を利用させてもらった」
すると、リリン、ラナンシーやシエンが笑みを浮かべて続いた。
「料理はお任せください。何なら、この日の為に腕を鍛えてきたといっても過言ではありません」
「あたいはそんな姉貴の為に色んな食材を採ってきたぜ。海賊時代からクリスマスは七面鳥と決まっているからな」
「七面鳥は子を滝に落として旅をさせると言います」
いや、それは七面鳥ではなく獅子では?
と、カミラは冷静にシエンの韻にツッコミを入れたかったが――
「ところで……今年は僕もご一緒していいですかね?」
ルーシーの同伴者たるセロがどこかおどおどとカミラに尋ねてきたので、カミラは込み上げてきた涙を片手で拭ってから答えてみせた。
「もちろんよ。メリークリスマス、ミスター・セロ」
ここで『メリークリスマス・ミスターローレンス』あたりが流れれば最高かなと思います。皆様にこの短編がささやかなプレゼントになれば幸いです。
次話はお蔵出しの掌編集『クリスマスプレゼント』になります。隣室に取り残されたエーク、かかしエクシアが出張して嘆くアジーン、それにマッチ売りの魔女モタが出てきます。よろしくお願いいたします。




