000 第三巻刊行応援SS クリスマスデート(中盤)
話は少しだけ遡る――
近衛長エークにドルイドのヌフがお見合い話を持ちかける前のことだ。セロは魔王城の玉座の間で幹部たちについぽろりと独り言を漏らした。
「そういえば……そろそろクリスマスの時期かあ」
直後、王国出身の高潔の元勇者ノーブルと巴術士ジージ以外は皆、「ん?」と首を傾げた。
当然だ。魔族にクリスマスなどという宗教的な行事は伝わっていない。
また、人族のそれにしても、ユダヤ教のハヌカーなどと合わさって、冬の一層寒くなった時季に燭台のもとに家族の皆で集まって、子供にプレゼントを贈るといった古式正しいものだ。
もちろん、セロは聖職者だったので、この時期には冒険者活動や勇者パーティーをお休みして、大神殿に赴いて奉仕活動をしてきた。第六魔王となった今ではさすがに大神殿で奉仕は出来ないが……モンクのパーンチが出身村の孤児を連れてきたので、そんな子たちやドゥやディンに何かしらプレゼントでもしようかなと、セロはふと思いついたわけだ。
とはいえ、王国出身の三人以外はクリスマスを知らない幹部連中ばかりだったので、代表してルーシーが尋ねてきた。
「セロよ。そのクリスマスとやらはいったい何なのだ?」
セロが概要を伝えると、ルーシーは「ふむん」と、さらに首を九十度ほども傾けた。
「なるほど。基本的に家族の集まりということか……つまり、クリスマスの日には、第六魔王国においても血縁同士で、あるいはそれぞれの種族ごとで過ごした方がいいのだろうか?」
ルーシーならば真祖カミラや妹たち、あるいはセロならばモタやパーンチかもしれず、人狼やダークエルフもそれぞれ種族ごとにまとまってプレゼントでも交換すればいいかと、ルーシーたちは考えをまとめたわけだが、そこで皆がはたと気づいた。
人造人間エメスだけが独りぼっちなのだ。
もちろん、普段からあまり群れないエメスからすればどうだっていいことかもしれないが……ルーシーは気に留めたので話を振ってみた。
「どうだ、エメスよ。貴女のデータベースに何かしらクリスマスについての情報はあるか?」
かなり昔からある習慣らしいので、独り者でも楽しく過ごせる仕組みがあるはずだとルーシーは気づいたわけだ。
「それでは、検索しましょう。そうですね……古の時代より遥か以前の話にまで遡りますが……どうやらクリスマスといっても宗派によって様々な違いがあったようです。それに加えて……ほう? これはなかなかに面白いデータがありました」
「もったいぶるな。皆にさっさと説明せよ」
「分かりました、ルーシー。実は、とある東方の島国では、子作りの為の行事になっていたようです」
「ふむう? どちらにせよ、家族を増やす為に共に過ごすという話ではないのか?」
「いえ、趣きは全く異なるものです。その島国では、あくまでも恋人とぱこぱこすることが主目的でした」
「……は? ぱこぱこ……だと?」
「はい。何なら、恋人でなくとも構わなかったようです。ぱこぱこする為ならば誰でもよく、クリスマスという雰囲気でとにもかくにもぱこぱこしてみせる――実に不健全な年中行事だったみたいですね。終了」
……
…………
……………………
とんでもない島国だなと、玉座の間にいた全員が遠い目になった。
そういえば、バレンタインのときだって、聖人の誕生日がなぜかチョコレートを贈る邪な日になっていたのもたしかこの島国ではなかったかと、全員が「はあ」とため息をついた。
いやはや、この時代に跡形もなく滅んでいるようで本当によかった、とも。
もちろん、元聖職者のセロとしては、そんな下賤かつ卑猥かつぱこぱこな行事を容認できるはずもなく、「却下だね」と言いかけたところで……唐突に巴術士ジージが声を張り上げた。
「不健全どころか、素晴らしい行事ではありませぬか!」
そう叫んだジージの両目は煌めいていた。
さすがはモタの師匠――こういうときは大抵、モタ同様にろくでもないことをやらかす前触れに違いないと、早速、セロたちは警戒した。
そんなジージはというと、目を輝かせながら滔々と説明を始める。
「子作りをする為の行事とは、まさに新生した第六魔王国に相応しい行事ではありませぬか? クリスマスと言えば、どうしても王国の大神殿の教派を汲んだ内容じゃが……究極至高完全合一聖魔絶対超越現人神教のクリスマスを新たに定義し直すことで、王国のものと差別化が図れますじゃ!」
一応はきちんと理屈が通っていたし、「新生の第六魔王国」という響きも良かったので、幹部たちは一様に相槌を打った。
とはいえ、セロからすれば、その長ったらしい新興宗教の神輿にされるのだって嫌なのに、さらにクリスマスがぱこぱこの日になったら目も当てられないということで、これまた「却下だね」と言いかけたところで……今度は意外なところからジージに援軍が出てきた。何と、人狼の執事アジーンだ。
「宿屋の大将として意見させていただきますが――悪手ではないと愚考いたします。というのも、旅館の建設ラッシュで宿泊施設を多く建て過ぎたきらいがあるからです」
アジーンはそう言って、そんな建設ラッシュの音頭を取った近衛長のエークに視線をやった。今度はエークが「ふむ。たしかに」と首肯して話に加わる。
「中長期的には、公民館や住居などに施設を転用出来ると考えて大目に造ったわけですが……短期的には、ぱこぱこの日にすることで、利用客のさらなる増加、延いては増収が見込まれるでしょう。これは上策かと」
「その通りですじゃ。いっそ第六魔王国では出会いのイベントにしてしまうのも手ですな。そうやって究極至高完全合一聖魔絶対超越現人神教の信徒も増やしていけばよろしい。ふふ……固陋な王国の聖職者どもには考えも及ばないことですじゃ」
そんな頭の固い元聖職者がすぐ目の前にいるんだけど……
とは、セロも言い出せなかった。ただ、やはり頑固なだけあって、セロはなかなかゴーサインを出せずにいた。そんなセロを隣に座っていたルーシーがつんつんと突いてくる。
セロはそれに気づいて、「ん?」と首を傾げて小声で話かける。
「どうしたのさ、ルーシー?」
「妾も――」
「うん?」
「たまには――」
「たまには?」
「外で……子作りしたい」
「……え?」
「魔王城の寝室や温泉宿泊施設以外の場所でもセロと――」
「僕と?」
「いちゃいちゃしたい」
その瞬間、セロの胸はズキューンと撃たれた。
まさに惚れた者の弱みだ。尻に敷かれる男の鏡だ。ともあれ、そんなルーシーのいじらしさに、セロもついに決断するしかなかった。
何にしても、こうしてセロはクリスマスに先陣を切って、ぱこぱこする羽目になったのだった。
作中にあるバレンタインのエピソードですが、某投稿サイトの限定近況ノートという有料コンテンツに一巻発売後に投稿したものです。その「血反吐のバレンタイン」については今週末ぐらいに三巻刊行応援SSとしてこちらに投稿予定です。
さて、次話は拙作でも一二を競う最長のエピソードになります。よろしくお願いいたします。