=06 追補 お尋ね者
※誤字修正しました。
「ごめんくさーい」
魔女のモタは王都の冒険者組合の扉を勢いよく開いた。
セロがいる北の魔族領の魔王城付近に行く為だ。さすがに後衛のモタだけだと不安なので、前衛職を幾人か雇おうと、依頼を出しに来たのだ。
雇う為のお金なら勇者パーティー時代の貯えが十分にあったし、そもそも北の魔族領こと第六魔王国は吸血鬼の魔族が中心で夜行性なので、昼に行動する分には魔物に気を付ければさほど問題はない。
それに王国は南北に伸びて開拓してあって、街道も整備されているので、魔王城付近に行くだけなら少人数でも突破出来るとモタは踏んでいた。
ちなみに、ここで《冒険者》について補足しておきたい――
冒険者とは言うが、この者たちは別に冒険を生業にしているわけではない。
むしろ冒険者の大半は、王国の軍隊――つまり兵士や騎士がやらないこと、あるいはやれないことを行う為に存在している。
やらないことというのは、いわゆる雑務であって、物・人探しだったり、何かの手伝いだったり、商隊の護衛だったりと多岐に渡る。モタと組むのも、護衛という意味合いではこちらに含まれる。
逆に、やれないことというのは、魔物や魔族の討伐だ。
本来ならそれらの討伐は軍隊の職務のはずだが、彼らは自身が所属している所領から遠く離れたところにはよほどの理由がなければ行かないし、たとえ所領内であっても寒村などなら襲われても見向きもしない。
何より、兵士や騎士に助力を求めても、動き出すのに時間が掛かり過ぎる……
下手をすると、被害が拡大するまで微動だにしないこともあるので、結局のところ、迅速な対応を求めて魔物や魔族の討伐依頼が冒険者組合に持ち込まれることになる。
一方で、《勇者パーティー》というのは一種の軍隊だ。
王国の現王が有する特殊部隊とも言われていて、遠征する近衛騎士とみなした方が近い。
王族の命令がなければ動かないし、逆に王族以外の命令は聞く必要もないとされる。というか、基本的には王命による魔王討伐を中心的に行う部隊となる。
もちろん、セロも、パーンチも、モタも冒険者上がりだが、バーバルが大神殿にあった聖剣を抜いて勇者として認められ、そのバーバルがパーティーメンバーを選定して現王に跪いたことで、そうした特殊な立ち位置を得た。
そういう意味では、今のモタはとても曖昧かつ危険な立場にあった。
勇者パーティーをモタの独断で勝手に離れたのだ。先ほどの話の通りだと、現王直属の特殊部隊を無断で除隊したのと同義なので、軍法会議にかけられて懲役や死刑などが科されても文句が言えないわけだ。
ところが、だ――
「前衛が出来そうな人いないかなー?」
そんなことはついぞ気にしないモタである。
冒険者組合の受付嬢に親しげに話しかけて、とっくにお尋ね者になっているという感覚さえ持ち合わせていない。そんなあっけらかんとした無邪気さがモタの長所と言えば長所なのだが……
当然のことながら、冒険者組合のロビーではひそひそ声が上がっていた。
「おい。あれ、モタさんだろ?」
「さっき掲示板のお尋ね者の欄にあったぞ」
「懸賞金が掛かっていたよな。一モタにつき、金一封だそうだぞ」
「てか、一モタって何だ? 何の単位だ?」
「知るかよ。モタさんだから単位になってもおかしくねーんだよ。てか、今、ここで捕まえるのか?」
「マジか? お前、モタさんの二つ名知ってるだろ?」
「たしか《災厄の暴走絶望魔法少女》じゃね?」
「ここでやったら、冒険者組合の建物が粉微塵になるぞ……」
もちろん、モタにはそんな声など届かず、受付嬢とずっと話し込んでいた。
ちなみにもう一つ言うと、モタにそんな二つ名があるように、パーンチにも《拳の破壊王》、セロにも《光の司祭》といった冒険者時代の輝かしい呼び名がある。
法術をろくに使えないセロがそんな大層な二つ名を持っているのも、どちらかと言うと、司祭なのに凶悪なモーニングスターを振り回す姿を同業の冒険者たちが皮肉ったわけなのだが、そういう意味ではモタと同様にセロもずいぶんと色んな意味で畏怖されてきたわけだ……
「んー。そかー。みんな、今はお出掛け中かー。王都も大変なんだね」
とまれ、モタは落胆して、受付嬢に別れを告げた。
もちろん、受付嬢は十分な時間稼ぎをした。今では冒険者組合の建物の外にギルドマスターのマッスルを含めて、名立たる冒険者たちが勢揃い中だ。
だから、モタが「じゃねじゃねー」と手を振ってから扉をばたんと開けると、
「ほへ? 何だ、前衛が出来そうなのがいっぱいいるじゃん。ちょうど帰ってきたのかな?」
そんな呆けた声を上げた。
すると、筋骨隆々で厳ついスキンヘッドのギルマスことマッスルが声を荒げる。
「モタに告ぐ! すぐさま投降せよ! 今なら処分も禁固刑に下って、三食昼寝付きにお菓子まで出るぞ。何だったら俺の給金を少しはやってもいい。頼むから大人しくしてくれ!」
何だかいかにも弱気な発言だが……
言うまでもないが、ギルマスのマッスルは強い。
その他に集まっている冒険者たちもかなりの手練れだ。まともに戦えば、どう考えてもモタには勝ち目はない。
が。
モタはまともではないのである。
「ん? どゆことー?」
「勇者パーティーを勝手に出てきたという咎でお前には懸賞金まで出ている。なあ、モタよ。その懸賞金も上げるし、何なら出所祝いのときには色々と奢ってやるから、王都を壊すことなく無抵抗で投降してくれ」
そう。まともではないモタはというと――
無詠唱による大魔術が得意なのだ。
もっと言うならば、適当な詠唱破棄による魔術の暴走が大得意なのだ……
いわば、前衛がいなくとも、呪詞を謡うことなく、範囲魔術攻撃による無差別殲滅を仕掛けられる上に、すぐに制御が効かなくなって、魔王城を半壊させるほどの高威力でもって王都を火の海にすることなど朝飯前というわけだ……
あの傲岸不遜な勇者バーバルですら、モタを怒らせまいとしたぐらいだ。
ギルマスのマッスルが悲壮な顔つきでもって、モタに懇願するのも仕方のないことではあった。
「えー。投降? んー。やだー」
「どうしてもか?」
「うん。どうしても。だって、わたし……セロにすぐ謝らなくちゃいけないんだもん」
「セロ? 光の司祭か? 謝るっていったいどういうことだ?」
「色々あったんだよ、ギルマス。だから、本当にごめんね。今はなるべくわたしの邪魔しないでくれるかな」
そのとたん、モタの雰囲気が変わった。
すぐ背後に六円の陣が浮かび上がってきたのだ。詠唱破棄による大魔術だ。
「「「「逃げろー!」」」」
冒険者たちが一斉に駆け出し始める。
ギルマスのマッスルはこりゃもうあかんと諦め顔だ……
「バーバルに会ったらかけるつもりだった、百日間うんこ出来ずに死ぬ特製闇魔術いくねー」
「マジか……」
マッスルはおけつを必死に防御した。
「きちんと毎日水分を取れば大丈夫だって……多分」
こうして並み居る冒険者たちに絶望的な状態異常を付与したことで、モタは本格的なお尋ね者として懸賞金が跳ね上がったわけだが……
モタは自身にすぐさま認識阻害をかけて、その場からすらこらさっさと逃げ出した。
何にしても、モタが第六魔王国の魔王城に向けて出発するのはもう少しだけ後の話になる――
さらにもう一つだけちなみに言うと、ギルマスのマッスル含めて冒険者たちは十日間ほど、外にも出られないほどの辛い時期を過ごしたが、モタに言われた通りに水分をたくさん取ったことで、その後は何とか立ち直ったらしい。
モタの活躍は第二部に入ってからになります。第二部は三人のキャラクターを中心に展開していき、モタはそのうちの一人、いわばセロと同様に主人公となりますので、モタを気に入ってくださった方はどうか第二部までお待ちくださいませ。