000 第三巻刊行応援SS 近衛長のお見合い(終盤)
WEB版ではラナンシーの種族について、妖精や大妖精などとブレがあるわけですが……この話は書籍版に合わせて妖魔にしています。ご了承くださいませ。
なお、種族名が変わるだけで、性能や性格について変更はありません。『トマト畑』のWEB版のみお読みいただいてきた方には、「妖魔って……リッチ配下のバンシーのことじゃね?」ってなるかもですが……違います。
エークの顔はやや強張っていた。
今回の相手は難敵だ。何せ、人狼のメイド長チェトリエは非の打ちどころのない人物だ。一見、魔王城の外に出ているエークとはあまり接点がなさそうだが……
そもそも、エークは城内の近衛たちの采配もするので、賓客を迎える際にメイドたちを手配するチェトリエと必ず打ち合わせをする。
それだけに仕事に全くミスのないチェトリエをエークは高く評価していた。
また、自らは一歩引いて、話し相手をしっかりと立てる淑やかさについても、古き時代の良妻賢母みたいだなと感じていた。
いやはや、第六魔王国において、これほど理想的な結婚相手が他にいるだろうか?
それに今回ばかりはヌフに改めてコメントを聞かずとも、なぜエークがお見合いの相手に選ばれたのか、あらかた想像がついた――
何といっても、チェトリエは真祖カミラ統治時代から執事のアジーン共々、カミラの右腕として魔王城に長らく勤めてきた人物だ。セロ統治下となった現在も、その立場は全く揺るがず、付き合うのならば相応の地位の者でなければ示しがつかない。
「…………」
エークは無言のまま、何か瑕疵はないかと考えを巡らせた。
先ほどの見合い相手の屍喰鬼の料理長フィーアについては、種族スキル『腐敗』の影響が未知数だったので保留にできたわけだが――
これはさすがにマズいぞ、と。
今回ばかりはエークも「ごくり」と唾を飲み込んだ。
すると、そんなエークの内心でも読んだかのようにドルイドのヌフが言い放った。
「さあ、どうだ? 良い案件だろう?」
そのにやけっぷりが本当に小僧たらしい……
「なるほど。認めましょう。たしかに良縁ですね。ところで、チェトリエについては、何かしらコメントを残してくれているのですか?」
「よろしくお願いします、と。それだけだな」
「ふむん」
全くもって差しさわりのないコメントだ。
逆に言えば隙がない。何なら、やる気がないのか? と責めることも出来るかもしれないが……そもそも互いによく知った相手なので、この程度で難癖をつけていたらかえってこちらの度量が疑われる。
それだけにエークはまた内心忸怩たる思いに駆られつつも、努めて冷静を装って「ふう」と息をついてから、別の方向性から攻めることにした――
「今回のお見合いについて、執事のアジーンは何かしらコメントを出していますか?」
「ん? なぜ……アジーンなぞ、いちいち気にするのだ?」
「彼奴ならば、人狼復興の為に推薦の一つや二つでも添えてくるはずですが?」
「ほほう。まあ、道理だな……ちょっと待て。ええと……たしかここらへんに……何かコメントを記した羊皮紙でも挟んであったような気がしたんだがな」
このとき、エークはヌフの目がやや泳いだのを見逃さなかった。
そのヌフはというと、姿絵と共にあった書類をぱらぱらとめくっている。しかも、指先がぷるぷると震えてどこか心許ない。
さっきまでの気合の入った仲介人姿はどこへやら、いかにも挙動不審な仕草だ……
「もしや、アジーンのコメントは何もないのですか?」
「いや、あったはずだ……ちょっとだけ待ってほしい」
「……本当に?」
「というか、アジーンをなぜそんなに気にするのだ? まさかとは思うが……あれな性格が共通の趣味になって、アジーンに惚れたわけではなかろうか?」
「違いますよ! そんなわけないでしょう……というか、おや? もしや、ヌフは仲介人を買って出ているわりに何も知らなかったのですか? そもそも、チェトリエとアジーンは――姉弟みたいな関係なのですよ」
エークの言葉に対して、ヌフは今知ったとばかりに「ほう」と返した。
ちなみに、この「姉弟みたいな関係」というのは、セロとモタみたいな腐れ縁とは違って、確かな血縁関係にあるという意味だ。
より正確に言えば、人狼たちは皆、全員が遠戚に当たるのだ。
とはいえ、姉弟程度で済んだ犬人時代とは違って、魔族となったことで不死性を得て、純粋に力による上下関係も定まって、その結果としてアジーンが族長となった。
一方で、ヌフが危惧したアジーンとエークの関係については、執事と近衛長、はたまたあれなる共通の性癖もあって、良き好敵手になっている。そんな好敵手に種族復興を託すわけだから、族長として何かしらコメントがないのはおかしいとエークは踏んでいた。
実際に、アジーンはきちんとコメントを残していた。ヌフは渋々とそのコメントを読み上げる。
「では、アジーンの残した話だが――『ふふ、せいぜい付き合うがいいさ、もつのならばな』とのことだ」
「は? もつ……ですか?」
エークはまたぽかんとなった。
結婚してもそれほど長く持たないとでも言いたいのだろうか?
たしかにエークもチェトリエも家庭より仕事を優先するタイプなので、あまり幸せな結婚生活が見えてこないのは事実だが……
そもそも、二人とも政略結婚に幸福なぞ求めていないはずだ。
すると、そんなタイミングで珍客がやって来た。
「おい、エークはこっちにいるか?」
ばたんっ、と。
ノックもなしに執務室のドアが開かれたのだ――妖魔のラナンシーだ。
不躾ではあったが、この態度はさして無礼には当たらない。なぜなら、魔王城はラナンシーにとって長く住んできた実家だからだ。おかげでもとの性格も相まって全く遠慮がない。
もっとも、ルーシーの場合は先触れにディンが来てくれるし、リリンは人族に扮して王都に紛れ込んでいた経験からきちんとノックしてくれるのだが……女海賊に扮していたラナンシーは行儀作法が壊滅的だった。
ともあれ、そんなラナンシーが一方的に言ってくる。
「なあ、エーク。ダークエルフの精鋭たちを幾人か貸してくれよ」
「また手合わせですか?」
「そうさ。ルーシーの姉御が吸血鬼たちの軍事訓練をやっているものだから、手隙の手練れたちがろくにいないんだよ。頼むよ」
エークは「ふむん」と息をついた。
以前はアジーンがよく稽古相手をしてくれたらしいが、今の魔王国にはラナンシーでも満足できる実力者がごまんといるので訓練の相手は困っていないはずだ……
ただ、それなりの者は皆、きちんと役職に就いているとあって、こんな昼下がりに手隙の者は吸血鬼かダークエルフしかいない。
前者がルーシーにしごかれている以上、ラナンシーはこうして、休憩中の精鋭を貸してくれと、たまにエークにせがんでくる。
何にしても、エークが「いいですよ」と答える前に、ラナンシーは「あれ?」と、机上に置いてあった姿絵を目敏く見つけた――
「へえ、チェトリエと結婚するのかい?」
「い、いえ。まだしませんよ。これからお見合いをするかどうか、ヌフと話し合っていたところです」
「いいじゃないか。チェトリエならば、あたいだって応援するぜ。絶対に良い嫁さんになるって……まあ、あっちがもてばの話だけどな」
その言葉にエークはきらりと目を光らせる。
「その……あっちというのは?」
「もちろん、夜の話だよ」
「…………」
エークは押し黙ったまま、ヌフをじろりと睨みつけた。
当のヌフはというと、「あ、はは」といかにも悪戯が見つかった小僧みたいな表情になって、やれやれと説明を始める。
「エークよ。いい加減に観念しろ。どうやらチェトリエは夜が凄いらしいんだ」
「そうだぞ、エーク。人狼は全員、貪るほどに凄いっていうからな。あたいは女だから何が凄いのかよく分からんが……滅茶苦茶だそうだぞ。不死性を持つ魔族が全員、魔力が枯渇してミイラになったほどだからな」
「…………」
同じように精を吸い取られるならば、まだ夢魔のリリンの方がマシなのでは……?
と、エークは思いつつも、とりあえずチェトリエの姿絵は見なかったことにして脇に除けた。別に男として求められるならば受けて立つのにやぶさかではないものの……よくよく考えたら満月のときなぞ、危うく獣姦になりかねないなとエークもはたと気づいたのだ。
そもそも、そんなに凄いのならば、セロの『救い手』で精力も回復出来るのかどうか、きちんと確認してからでないとお見合いは出来まい……
というか、屍喰鬼のフィーアの『腐敗』といい、人狼のチェトリエの夜の凄まじさといい――
さりげなくヤバいのを入れてきたなと、エークは改めてヌフの持ってきた話は全て断ろうと結論付けた。
が。
「おやあ? 机上になぜ、こんな姿絵が紛れ込んでいるんだ?」
エークが除けたあとに出てきた姿絵を見て、ラナンシーは呆けた声を上げた。
なぜなら、そこには今回のラスボスこと――元第六魔王、吸血鬼の真祖カミラの姿絵があったせいだ。
タイトルで「終盤」と銘打っているのに、なぜ話がまだ続くのか?
というわけで、次回はお見合い話ではなく、「クリスマスデート編」が展開していきます。