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000 第三巻刊行応援SS 近衛長のお見合い(中盤)

 新たな二つの姿絵――屍喰鬼グールの料理長フィーアと人狼のメイド長チェトリエのものを机上で強調されて、エークもさすがに面喰った。


「おや? この絵は……?」


 というか、それ以前に姿絵そのもの(・・・・)がどこか不自然だった。


 まず、フィーアについては全くもって屍喰鬼らしさがない。もちろん、何をもって屍喰鬼らしいのかと問われると答えるのに難しいところがあるが……この絵には亡者を特徴づけるものが何一つとしてなかった。


 実際に、どこぞの王国の可憐な貴族子女といったふうで、ギザ歯もなければ、生者を憎む鋭い目つきでもなく、またその肌も腐りかけておらず、それに加えてフィーアご自慢ののこと見紛うほどの大きな料理包丁だって持っていない。いかにも貞淑なお嬢様然としている。


 もしや人族の頃の絵をそのまま流用してきたのかとエークは考えたが……姿絵の署名サインにはこれまたモタ作とあった。どうやらこの絵の加工具合・・・・を見るに、モタもそろそろ絵師としての色気に目覚めたらしい。


「いやはや、余計なことを……」


 エークはそう嘆きつつ、もう一つの姿絵をまじまじと見た。


 こちらに描かれているチェトリエは……何ともまあ、不自然なほどに筋肉質だった。


 たしかに満月になれば巨狼に変じるわけだから、もしかしたらこの絵の方が本来の姿――強靭な筋肉を剥き出しにした野性の獣そのものなのかもしれないと、エークも「ふむん」と、メイド長の新たな一面を見出したような思いではあったが……


 こちらの姿絵の署名には、モンクのパーンチ作とあった……また慣れない闇バイトにでも手を出したのかとエークは憐れむしかなかった。


「ええと、ヌフ。せめて姿絵くらいはまともなものを用意してください」


 エークはとりあえずドルイドのヌフに注意を促した。


 ともあれ、エークはこの二人のお見合いに対しても首を傾げるしかなかった。


 まず、フィーアは料理長なだけあって料理が抜群に美味い。しかも、生者を憎む屍喰鬼なのに、性格的には気立てが良く、お見合いをするまでもなく相手が見つかるであろう好人物だ。


 また、チェトリエも同様で、むしろメイド長として魔王城に長らく勤めてきたとあって、主人の引き立て方をよく心得た良妻賢母のイメージしかない。


 たしかに人狼復興は彼女たちの宿願だとエークも耳にしたことがあるが……今の人種の坩堝るつぼとなった第六魔王国ならば、チェトリエほどの人物ならば相手だって見取みどりのはずだ。エークにこだわる必要はなかろう。


「…………」


 結果、エークはつい黙り込んで、また顎に片手をやって考え込んだ。


 もしや、今回こそ何か試されているのではないか、と――きっと下手に返事をしようものならば、エークの立場が危うくなる罠がこっそりと仕込まれているに違いないとみなしたわけだ。


「さて、ヌフ?」

「何だ?」

「この二人はお見合いに向けて、何かしらコメントを残しているのですか?」


 はてさて、エークのどこがよろしくて見合いをしようとしたのか……


 そこらへんを確認して、ドルイドのヌフの企みでも暴いてやろうとエークは前かがみになった。


 どちらも料理が十八番おはこなタイプだけに、下手に断ると何かしら難癖をつけられて、今後は食事抜きなんて事態になりかねない……エークはエルフ種だけあって小食だが、せっかく第六魔王国の食文化がめきめきと成長しているのにお預けを喰らうのはさすがに嫌だ。


「で、ヌフよ。どうなんですか?」


 すると、ヌフはなぜか「はあ」とため息をついてから、いかにも罠なんてないよとばかりに、仲介人として親身になって答えた。


「実は、フィーアなのだが……第六魔王国にやって来てから、これまでにも何人かと試しに(・・・)付き合ってみたそうだ」

「ほう? その試しというのはいったい?」

「フィーアは屍喰鬼だろう?」

「そうですね」

「屍喰鬼は触れたものを基本的に種族スキルの『腐敗』で腐らせるだろう?」

「そうですね」

「付き合ったら、エークも腐っていくだろうよ」

「私を殺す気満々だったのですか?」


 エークが真剣な表情で抗議すると、ヌフは「まあ、落ち着け」と両手でなだめた。


「たとえば、料理の食材などはセロ様の『救い手(オーリオール)』やフィーアの有する料理スキルがあるから腐らない。その新鮮さについては以前、人造人間フランケンシュタインエメスもしっかりと調査してお墨付きを出している」

「ええ、聞いています。そうでなければ、この国で料理長なぞ務まるはずがないですからね」

「しかしながら、フィーアの料理スキルが及ばないもの――具体的には人物や無機物は腐敗していってしまう」

「つまり、試しに誰かと付き合ってみたはいいものの、相当に高い状態異常耐性を持たない者でないと、フィーアの『腐敗』には耐えられなかったというわけですか?」

「話が早くて助かるよ。フィーアも今では第六魔王国の幹部だからな。ダークエルフの精鋭や吸血鬼の純血種で爵位持ちたちでもダメだったそうだ」

「…………」


 エークは押し黙った。


 そういえば一時期、魔王城勤めの精鋭たちがこぞって体調を崩したことがあった。


 セロの『救い手』があるにもかかわらず、これはいったいどうしたことやらとエークも疑問に感じつつ、「こんなていたらくはけしからん」と、部下にではなく、自らに対して戒めの拷問を喜々としてマシマシで行ったものだが……


 なるほど。そういうことだったのかと、今になって納得した。


 というか、そもそも吸血鬼の純血種は昼に日光を浴びても行動出来ることから、いずれも強い耐性持ちばかりだ。それでもダメだったのならば、最早この国の魔族はほぼ全員アウトに近い……


「そんなわけで、残っているのは幹部連中くらいだそうだ」

「いっそ、以前の主人であるヒトウスキー卿と結ばれるというのはどうですか?」

「あれもたしかに人族にしては大概におかしい人物ではあるが……フィーアいわく、年の差が気になります、とのことだ。事実、ヒトウスキーは白塗りに麻呂眉で分かりづらいが、もう四十に近いそうだ」

「ヒトウスキー卿で気になるならば、私なんか三百歳くらい離れていますよ? 本当にいいのですか?」


 エークがそう聞き直すと、さすがにヌフも「ううむ」と押し黙ってしまった。


 なまじ自らがいにしえの時代から千年近くも生きているものだから、あまり他者の年齢は気にしていないのだろう。エークは「よし」と、こっそりとテーブルの下で右拳を握った。これでフィーアとのお見合い話はお断りで押し切ることが出来る。


 だが、仲介人を買って出たこともあって、ここにきてヌフはねばった。


「よいか、エークよ。フィーアと結ばれることで、当方らダークエルフにはかなりの恩恵があるのだ」

「と、言いますと?」

「今後、少子化に悩まされることがなくなる」


 この答えには、さすがのエークも「はあ?」とぽかんとしてしまった。


 そもそも、屍喰鬼は亡者だ。生者ではない。はたして、そんな亡者が子供を生めるのだろうかと、根本的なところでエークは疑問を持った。当然、その件をヌフにぶつけてみるも、


「もちろん、亡者に子供が生まれるはずもない」

「ええと……全くもって意味が分かりません。種の少子化を解決する為の縁談だったのではないですか?」

「いや、実は矛盾しないのだ。エークとて亡者がどのように発生するかは知っているだろう?」

「もちろんです。たしか、この世に未練があって、非業の死を遂げるとその場に自然発生ポップアップするとうたわれています。たしか肉体がまだある場合は屍喰鬼に、ないときは悪霊レイスに、他にも無残な死に方をした場合、首なし騎士(デュラハン)とか嘆きの老婆(バンシー)とかになる、と」


 エークはすらすらと答えてみせた。


 さすがに『迷いの森』の管轄長だけあって、隣接する湿地帯で大量発生する亡者については詳しい。それに森内にだって悪霊の吹き溜まりはある。


 すると、ヌフはそんな優等生的な回答に「うんうん」と幾度も首肯しながらきっぱりと言い切った――


「その通りだ。要は、エークがフィーアと結ばれれば、湿地帯に幾人もいるはずのダークエルフの亡者たちを当方らの部族に引き入れることができる」

「つまり、亡者となった同胞を引き入れたい、と?」

「そうだ。現状、亡者はどこにも所属していない。唯一、ヒトウスキーの家人たちが第六魔王国――正確には温泉宿泊施設で働いている程度だ」

「たしかに吸血鬼、人狼、あるいは虫系や魚系の魔人たちと違って、亡者は当国に取り込まれていませんが……いったいどうやって引き入れるつもりですか?

「養子縁組だよ。貴様とフィーアの子供ということにすればいい」

「…………」


 エークは再度、無言のまま今度は遠い目になった。


 それは少子化問題の解決になるのではなく、種族的な緩やかな滅亡・・に繋がるのでは? と思ったわけだが、ヌフが存外に真顔なので、これはもしやあまりに長く生き過ぎた弊害で、感覚がおかしくなっているのではないかと疑った。


 そもそも、屍喰鬼になったフィーアや温泉宿に努めるヒトウスキー卿の家人たちは皆、変人――もとい気立てのよい好人物ばかりだが、もともと亡者は生者を憎むことから、逆に生者から忌み嫌われている。


 その生者には人族だけでなく、当然、亜人族や魔族も含まれるわけで、そんな亡者をダークエルフの内に取り込むという政策は愚策にもほどがある。


 いやはや、ドルイドは年をとらないと思っていたが、ついにけでも始まったのか……


 と、エークはあきれ顔になるしかなかった。


「何にせよ、フィーアとの縁談は却下です」

「なぜだ?」

「亡者との養子縁組が目的というならば、フィーアと結ばれずとも、適当に湿地帯から亡者を見繕って、赤湯にぶちこんで、まとも(・・・)そうならば貴女の養子にでも迎え入れればいい」

「ふむう……」

「繰り返しますが、フィーアと結婚する必要性がありません」

「いや、必要性ならばあるぞ。たしかに養子縁組だけならば今だって出来る。ただ、当方らダークエルフはただでさえ、この第六魔王国では最も人数の多い種族だ。次いで、吸血鬼、ドワーフや蜥蜴人リザードマン、それに魚人、虫人や人狼が続くわけだが……そんな数の多さがゆえに、幾ら少子化の解決とはいえ、養子を取って増やしていけば非難を受けるに違いない」

「つまり、フィーアと結婚することで、養子を迎えるという大義名分が欲しいわけですか?」

「そういうことだ。察しが良くて助かるよ」


 エークは「はあ」とため息をついた。いったい人の結婚を何だと思っているのか……


 とはいえ、王国の王侯貴族と同様に、第六魔王国でも地位ある者は相応の相手が求められるというものだ。はなから自由恋愛なぞ望んでいないエークからすれば、気立てのいいフィーアと政略結婚もそう悪くはない選択肢かなと思いついた。少なくとも、今後はヌフの持ってくる見合い話に付き合わされることもなくなるだろう。


 ただし、問題があるとしたら、フィーアの種族スキル『腐敗』がエークに効くかどうかといったところか。


「ともあれ、もう一人いましたよね……結婚相手というならば、こちらの女性だって申し分ないはずですから、しっかりと検討しようじゃないですか」


 エークはそう言って、別の姿絵に視線をやった――そう。今回、最大の難敵、人狼のメイド長チェトリエである。

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