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000 第三巻刊行応援SS 近衛長のお見合い(序盤)

前話「近衛長は恋をしない」から続く話になります。

 ダークエルフの近衛長エークは執務室のロングテーブル上にずらりと並べられた姿絵を見て、「はあ?」とぽかんとした顔つきになった。


 というのも、そこにはあってはならない人物の絵が紛れ込んでいたせいだ。


 何と、まあ……夢魔サキュバスのリリンである。


「い、い、い、いや。さすがにこれは……ヌフよ。本人にきちんと許可を取って、姿絵を持ち込んだのですよね? 無許可だったら、ちょっとした問題ですよ?」


 さすがにエークはドルイドのヌフに確認した。


 何せ、リリンと言えば、セロを狙う女豹の一人として有名だ。第一次女豹大戦にも参加した古参でもある。


 セロ以外の男性を気にかけているという話も聞かないから、いまだに一途に想っているはずだ。それがまさかエークに鞍替えするとは早々には考えづらい……


 もっとも、ヌフはこれまでと同様に、にやにやとした笑みを浮かべ続けた。


「当然、許可を得てきました。この姿絵も、リリンの盟友モタに描いてもらった力作とのことで、是非ともお見合いを成功させたいと意気込んでいましたよ」


 そう指摘されて、エークは姿絵を見直した。たしかに端っこにモタ作と署名サインがある。


 というか、裸セロ絵からこっち、やらかし魔女とか、宿屋の女将とか、おやつ研所長とか以外に、むしろ凄腕の絵師として有名になりつつあるモタである。


 まあ、それはさておき、エークは顎に片手をやって考え込んだ。もしや、これは何か試されているのではないか、と――


 もしここでエークが容易に「いいですよ。ではお受けしましょう」などと答えようものなら、エークの立場を危うくする罠でも仕込まれているのではないかと疑ったわけだ。


「ふむん。なるほど……リリン様がお見合い相手ですか……初手からそうきますか」


 エークはなるべく冷静に振舞いながらヌフの顔色をうかがったわけだが……さすがにその微笑から思惑までは読み取れなかった。おかげで内心、忸怩じくじたる思いに駆られつつも……たしかにリリンならばお見合いを申し込んで来てもおかしくはないか、とも考え直した。


 そもそも、魔族が幾ら強者を欲するとはいえ、セロは姉であるルーシーの同伴者パートナーだ。姉妹で一人の男性を伴侶にするというのはさすがに気が引けるに違いない。


 エークはそう結論付けて、「ふむん」と小さく息をついてから尋ねた。


「ところで、ヌフ?」

「何だ?」

「リリン様はこのお見合いに向けて、何かしらコメントを残しているのですか?」


 セロから鞍替えして、なぜエークになったのかという点が気になった。


 もちろん、エークは第六魔王国の近衛長でセロの腹心だ。それに近衛の長とはいっても、実質的には家宰のようなもので、城内・・のことを人狼の執事アジーンが、城外・・をエークがそれぞれ担っている。


 だから、他国との外交でエークとリリンはよく相談する機会も多い。


 今日だってリリンの為に書類仕事をしていたようなものだ。もしかしたら、そういったところが高く評価されたのかもしれない……


 と、エークは考えて、ヌフに視線を戻した。


「コメントか。ちょっと待て。ええと……たしかここにあった。これだ――エークにはたくさん食べてほしいそうだ」

「……は?」

「だから、食べてほしいそうだ」

「いまいち理解が覚束おぼつかないのですが……その『食べる(・・・)』というのは、『性交する』の隠語か何かですか?」

「な、な、な、何だとおおお!」


 そんなヌフの驚きぶりから察するにどうやら違うらしい……


 とはいえ、いにしえの時代から生粋のおぼこ娘ことヌフには少々刺激の強い言葉だったようだ。


 おかげで、ヌフは顔を真っ赤にしたものだから、エークとしても少しだけ溜飲を下げることができたというものだ。


「ち、ち、ち、違う! 食べるのは――手料理だ」

「ほう。手料理ですか……そういえば、女豹大戦のときにモタも実況席で、リリン様は色気より食い気、などと解説していましたね」

「うむ。当方らエルフ種は基本的に小食だからな。たくさん食べてほしいというコメントも、そこらへんからきているのではないか?」

「なるほど」


 エークは首肯した。


 つまるところ、リリンは実験体・・・を欲しているわけか……


 と、エークはこれまた結論付けたわけである。ちなみにこんな物騒な推測をするにはもちろん理由がある。というのも、屍喰鬼グールのフィーアが来てからというもの、第六魔王国の食文化は多いに発展した。


 そのフィーアは王国の元宮廷料理人ということもあって、基礎がしっかりとしていたし、フィーアに師事した人狼のメイド長チェトリエは魔族でありながら肉などをよく食べていたとあって、こちらも下地は十分だった。


 一方で、同時期に勇んで師事したリリンはというと、真祖トマトばかり食べていた馬鹿舌がたたったのか、なかなか料理の腕が上達しなかった。


 そもそも、王国に長らく家出して修行してきたのに料理スキルの一つも覚えられなかったくらいだ。


 しかも、そういう者に限って、「ここで違う素材をひとつまみ」などとしてしまうものだから、当初は味見として協力していたモタでさえも「ごめごめだよー」と逃げるようになった……


 要するにリリンはていよく創作・・料理を食べてくれる者――何ならこの書類仕事同様に、文句一つ言わずに付き合ってくれる者を求めているのやもしれない。


「ええと……とりあえず、リリン様の件は保留にしましょうか。可能ならば……まあ、そうですね……やんわりと断りたいところです」


 エークは「ふう」と息をついて、頭を横に振った。


 幾らエークが性癖的にあれ(・・)だからといって、肉体や精神を痛めつけられることと、胃と腸にダイレクトにダメージを負わされるのとは全く別の話である。


「本当に断るのか?」

「ええ。お願いします」

「やれやれ。もったいない。リリンの同伴者となれば、ルーシーとの縁で、セロ様とも遠戚になるのだぞ?」

「それはもちろん理解した上です。逆に言うと、私とリリン様は渉外でよく一緒に仕事をします。夫婦となれば、仕事に家庭のことが影響する可能性だって出てくる。そうしたリスクまで考慮した上での判断です」


 いかにも優等生的な回答にヌフは不満げだったものの……


 お見合いを断る理由としてはそれなりに妥当だったので、ヌフもやれやれと肩をすくめながら、改めて二枚の姿絵を取り出した。


「おや? その二人は――」


 直後、エークは眉尻を上げた。


 今度こそ、やはり何か仕込んでいやしないかと、険しい表情でヌフを睨みつける。


 というのも、料理好きなリリン絡みとでも言うべきか……今度の姿絵二枚は、屍喰鬼のフィーアとメイド長のチェトリエだったからだ。

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