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000 第三巻刊行応援SS 近衛長は恋をしない

今話は次話から展開する「近衛長のお見合い」のプロローグに当たります。よろしくお願いします。


 その日、ダークエルフの近衛長エークは魔王城二階にある執務室で書類仕事を片付けながら、「はあ」とこれみよがしに深いため息をついた。


「いい加減、私に構うのは止めてください。見れば分かる通り、全くもって暇ではないのです。そろそろ力づくで追い出しますよ」


 もっとも、部屋中央のソファで寛いでいた人物は「うふふ」と笑みを浮かべるだけだ……


 この態度にはエークもいらっときたが、額に片手をやりつつ「仕方ない」と無視を決め込んだ。相手のペースに飲まれてはろくなことにならない。それがこの人物との百年以上・・・・もの付き合いで学んだことの一つだ。


 ところで余談だが――エークは基本的に現場仕事を任せられているので、執務室を使うことがあまりない。実際に、事務は現地で適当な場所に腰を下ろしてこなすか、もしくは地下の拷問室にこもって余暇中に(あれされながら)処理している。


 そんな仕事中毒ぶりはエークに限った話でなく、人狼の執事アジーンだって与えられた執務室を秘蔵肉コレクションの燻製部屋として使用しているくらいだ。


 もちろん、それだけ両者とも現場が忙しいということもあるが……エークの場合、迂闊うかつにこの部屋で過ごしていると、ある人物に狙い撃ちにされるという事情もあった――


「というわけで、エークよ。はてさて、どれにするのだ? 当方・・だって時間がないのでね。早く選んでほしいのだが?」


 そう。ソファに深々と座って慇懃無礼いんぎんぶれいな態度を崩さないのは、ドルイドのヌフだ。


 どうやらエークにお見合いの姿絵を幾つか見繕って持ってきたらしい。以前、ヌフが岩山のふもとのハンモックにぶら下がっていたとき、エークに見合いを勧められたことに対する意趣返しに違いない。


 そんな子供じみた仕返しをヌフはよくしてくるので、エークもなるべく居場所を気取られまいとする。


 今日だって肝心の書類をこの執務室に置き忘れてこなければ、拡張中の城下町のどこかで事務仕事を片付けられたはずだった。


 何にしても、ヌフは地下の司令室で日がな一日、自動対象読取装置セロシステムを監視しているものだから、エークを目敏く見つけてはこうして邪魔してくる始末だ。


 当然、エークだってやられっぱなしというわけではない――


「ヌフよ。貴方が忙しいと?」

「もちろんだ。これからモタのところのおやつ講習会に顔を出なくてはいけないからな」

「ああ、そういえば……人狼メイドたちがざわついていましたね。何なら、おやつに対抗して、メイドたちでおにく(・・・)講習会でもやるべきではないかと相談を受けましたよ」

「へえ。それでやるのか? そのおにく講習会とやらは?」

「なぜかメイド長のチェトリエからアジーンにだけは黙っておいてほしいと言われましたが……一応、私の方でセロ様とルーシー様に許可を頂いておきました。おかげで最近、すぐ隣のアジーンの燻製部屋からやけにごそごそと物音が聞こえてきます」

「またアジーンが勝手に食われたと怒り出すぞ? まあ、何にしても……おやつにおにくか。『迷いの森』で暮らしていた頃のことを考えると、まさに雲泥の差よな」


 ヌフはそこで言葉を切って、どこか遠い目になった。


 たしかに当時は食うにも困るような状況だった。もともとエルフ種は魔族同様に大気中の魔力マナを吸収出来るのでわりと小食で済むとはいえ、魔族みたいな不死性を有しているわけではないので全く食わなければいつかは野垂れ死ぬ。


 幾ら長寿で強靭な亜人族とはいっても、『迷いの森』のあまりに過酷な環境で食べる物に困って……子孫もろくに作れなくなって……せっかく生まれてきた子供たちすら困難な労働に駆り出されて……


 と、そんな負の連鎖に最も悩まされてきたのが、当代の森の管轄長リーダーことエークだ。


 それだけに族長のヌフの言葉にはエークも「ふむん」と感慨深げに息をついた。


「だからと言って、食べ物に困らなくなったから、すぐにお見合いして子作りで子孫繁栄を目指そうとはならないでしょう? 私は今、このように家庭をかえりみられないくらいに忙しいのです」


 エークはてきぱきと事務仕事の手を止めずに反撃に出た。


 そもそも、見合いをして子作りをするというのならば、言い出しっぺのヌフこそ積極的に行うべきだ。


 幾ら族長として立場が上だからといって……もしくは以前の意趣返しとはいえ……エークにばかり押し付けのは卑怯だし、何より酷というものだ。そもそも、暗黒魔王国と揶揄されるこの国で最も働いている人物こそエークなのだから。


 と、エークがまた「はあ」とため息で返したら、ヌフも「うふふ」と笑ってみせた。


「なぜ、当方がおやつ講習会に出ているか……どうやら分からないと見えますね」


 その言葉にエークは眉をひそめた。


 そして、「まさか?」とヌフのお腹を見た。以前と比べて、ちょっとだけぽっこりと膨らんでいる……


「いつの間に、身籠っていたのですか!」


 これにはさすがにエークも仕事の手を止めた。


 膨らんだ腹を見て、いずれ生まれてくる子供の為に、今からおやつの研究でも始めたのかとみなしたわけだが――


 実のところ、モタ同様におやつの食べ過ぎで肥っただけだったので、ヌフは「くっ」とうなってから、キュッとお腹を引き締めるという無駄な努力をしつつ否定した。


「ち、ちがう! これは妊娠したわけではない!」

「なんだ……では、いったいなぜ、おやつ講習会に出ているのですか?」

「そりゃあもちろん、子供たちに作ってあげる為さ」

「まだ身籠っていないのに、子供たちの為にとは――これはいったいどういうことです?」


 エークは書類を片付けるスピードを緩めずに尋ねつつ、そこでふと「そういえば」と、最近になって魔王城一階に付随する修道院で暮らしている人族の子供たちのことを思い出した。


 ヒュスタトン会戦時に教会が狙われたとあって、モンクのパーンチの出身村からごっそりと女司祭と子供たちがやって来たわけだが……


 そこでエークは頭を横に振った。魔王城の地下階層に引きこもりがちのヌフが地上の子たちと親しくしているなんて話は聞いたことがなかったからだ。


 だが、ヌフはというと、いかにもエークをからかうような表情を浮かべておどけてみせた。


「はてさて、エークよ。これはどういうことだと思うかね?」

「そういう頓智とんちめいた問い掛けは止めてください。私は貴女あなたと違って、本当に時間がないのです。今、処理している書類だって、夕方には仕上げて外交官のリリン様に手渡さなくてはいけない」

「はいはい、分かったよ。実はだな……」


 こうしてヌフが語り始めたことに、さすがのエークも驚きを隠せなかった。


 というのも、ヌフは本当に子造り(・・)していたからだ。いや、正確にはヌフだけではない。人造人間フランケンシュタインが主導して、実際に子供を造っているのだ。




 話はこうだ。


 エメスの治験バイトをこなしていたモンクのパーンチがある日、急に体調不良に陥ったらしい。


 新薬によってかえって症状が悪化してしまったかと、「それでは早速、解剖ですね」とエメスがチェーンソーを取り出したら、パーンチは「い、いや、多分ちげえよ」と項垂れた。


「実は最近、また子供が増えちまってよお……悩みの種が多すぎて、本当に色々とまいっちまっているんだ」

「なるほど。たしかに過大なストレスは治験に影響を与えかねません」

「そうはいっても、このバイトをしなけりゃあ、オレも家族を養えねえ……」


 すると、エメスは「ふむん」と息をつき、まさに狂科学者マッドサイエンティストもかくやといった笑みを浮かべてみせた。


「それならば、小生が卵ごと相当数預かりましょうか、終了オーバー




 そんなこんなで巨大蛸クラーケンの許可も取って、現在、地下階層にてかなりの数を培養中とのこと。


 たとえ北海に流しても、生き残ることの出来る子供たちはわずかしかいないので、かえってクラーケンには感謝されたのだとか……


 エークはヌフからこの話を聞かされて、「はああ」とさらに深いため息をついてから眉間を指でとんとんと叩きつつ尋ねた。


「まさかとは思いますが……巨大蛸クラーケンの子供たちをどこぞの元勇者バーバルみたいな人工人間ホムンクルスへと改造していないですよね?」

「失敬な。エメスとてそこまで倫理にもとることしないぞ」

「さらに合体させて、八本の手どころか、百手巨蛸ヘカトンケイルにもしていない?」

「う、うむ」

「本当に?」

「……多分」


 エークは「あちゃー」と頭を抱えつつも、そこで「ん?」と首を傾げた。まさか今回、ヌフが持ってきたお見合いとは――


「その改造蛸たちと、私をつがわせようと考えているならば……今、ここで、貴女を部屋から本気で叩き出しますよ」


 一瞬、そんな蛸たちの触手で縛られるのも悪くはないかなと、よこしまな思いを抱いたエークだったものの……


 さすがに天敵たるヌフの前であれな(・・・)妄想に耽ってはいけないと考え直して、いかにもやれやれといったふうに肩をすくめてみせた。


 とはいえ、ヌフはいかにも心外だとばかりに抗議する。


貴方あなたは当方をいったいどんな人物だとみなしているのだ?」

「千年以上の引きこもりでしょう? まともに外に出てこなかったせいで、ろくな常識を持ち合わせていない」

「何なら、今、ここで、貴方を部屋ごと封印して出られなくしてやってもいいんだぞ?」


 ヌフに睨み返されて、エークもさすがに「ふむ。たしかに言い過ぎでした」と反省を口にした。


 ともあれ、まあ、ここまでは互いに百年以上の長い付き合いとあって、ちょっとした軽口プロレスだったり、ジャブの応酬みたいなものだ。


 そもそも、族長と管轄長として長らく少子化や飢饉などの問題に向き合ってきたので、憎まれ口を叩かないことにはやっていられないのだ。そういう意味では、本当にお似合いの二人とも言えるのだが――


 そんなタイミングで、ヌフはやっとお見合いの姿絵を取り出して、中央のテーブルに並べ始めた。


 が。


 直後、エークにしては珍しく「はあ?」と、ぽかーんと腑抜けた顔つきになった。


 というのも、そこには本来、いてはならない人物の絵が幾人かものの見事に並んでいたからである。

作中にある「ヌフが岩山のふもとのハンモックでぶらさがっていた」件については、「&24-26 外伝 ダークエルフと水着とプール」での話になります。

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