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000 第三巻刊行応援SS 公布式前夜(後半)

今の今まで気づかなかったのですが、今回の人物に焦点を当てた小話ってこれまでほとんどなかったんですよね。たしか第二巻発売記念SS「じじさんぽ」があるだけだったと思います。


 巴術士ジージは「ふむん」と息をついた。


 年をとると人は習慣ルーティンを大事にする。ジージは夕食前に水を少しだけ飲んで、それから散歩に出ることを日課にしていた。


 第六魔王国に生活を移してからは、魔王城のある岩山のふもとに下りて、トマト畑をよく周回している。


「キュイ」

「おお、今晩はたしかに星がきれいじゃな」

「キュッキュ」

「お土産か……では、帰りにまた寄らせてもらおうかの」


 こんなふうにジージに気づいたヤモリやコウモリたちが近づいてくるからか、弟子のモタほどとは言わないものの、最近では何となく会話も出来るようになってきた。


 それに王国にいたときよりも遥かに足取りが軽い――


 モタから「ジジイ、若返ったんじゃね?」と言われるぐらいに、背を伸ばし、すたすたと大股で歩いている。


 とてもではないが御年百二十一歳の散歩ではない。むしろ、壮年のウォーキングに近い……


 もちろん、セロの自動パッシブスキル『救い手(オーリオール)』の影響で肉体が新陳代謝したということもあるが――実のところ、若返りの理由はそれだけではなかった。


 というのも、最早、ジージには杖をつきつつ、よぼよぼと歩く必要性・・・がなくなったのだ。


 これはまあ単純な話だ。王国にいたときは泥竜ピュトンの手の掛かった者たちが虎視眈々とジージを狙ってきた。


 だから、ジージも召喚の符などを使って偽者ダミーを出して、いかにも死にかけの老いぼれを演じさせてきた。


 もちろん、第五魔王国が瓦解して、ピュトンも囚われて、王国も平定されてからはその必要もなくなった。


 おかげで弟子のモタですら、首を傾げるほどに屈強な老人が現れたわけである。


 実際に、魔術師のローブを脱げば、意外と着痩せした、鋼のようにしなった肉体が現れ出てくる。


 そもそも、召喚術を扱う巴術士のはずなのに、魔術、法術だけでなく、棒術、槍術などにも長け、前衛、中衛や後衛とオールラウンダーに戦えるのだ。


 まだ十分に若い英雄ヘーロスや聖騎士団長モーレツを上回って、高齢なのに王国最強と謳われたのも伊達ではない。


 そんなジージだからこそ――その者(・・・)はどうやら当て(・・)にしてきたのだろうか……


「なあ、ジジイ(・・・)殿よ……オレにいっちょ稽古をつけてくれないか?」


 夜の散歩の途中に、そう申し出てくる者がいた。モンクのパーンチだ。


 もっとも、ぼこり、と。すぐさまパーンチは杖で頭を叩かれた。


「いたっ!」


 物理には滅法強いパーンチをもってしても、その杖捌つえさばきを見切ることが出は来なかった。


「これ。ジジイではない。ジージじゃ」


 ジージは「渇っ!」とパーンチに怒声を浴びせたが、パーンチはきょとんとしている。


 どうやらモタの口癖がかなり根強く脳に刷り込まれていたのか、これまでずっとジージのことをジジイだと本気で思っていたらしい……


「す、すまない。ジージイ殿」


 ぼこっ。


「ジージじゃ」

「え? ジージジ?」

「お前さん……わざと言っとるのか?」


 ジージがわざわざ杖先で土につづりを書いてやって、パーンチはやっと納得した。


 それはさておき、こんなふうに申し出てきたことから分かる通り、パーンチには悩みがあった。


 最近、モタとの共同作業で花火を打ち上げてきたわけだが……モタの強大な魔力に上手く対抗しきれずにいるのだ。おかげでいまだに満足する花火の形になっていない。


「ふむう……なるほどな」


 そんなどうでもいい悩みを打ち明けられつつも、ジージは小さく息をついた。


 同時に、じろりと目を光らせて尋ねる――


「ところで、パーンチよ」

「何だ?」

「なぜ、わしを訪ねてきた?」


 その問い掛けに、パーンチはしばし黙り込んだ。


 もっとも、パーンチは「やれやれ」といったん肩をすくめてから、やや目を伏せつつ答えた。


「そりゃあ……ジージ殿がモタのお師匠さんだからだよ。モタを超えるならば、ジージ殿から薫陶を受けるのが一番だ」

「ほう?」

「それにジージ殿は巴術士ながらも棒術、槍術なども使える。つまり、僧兵・・としてのスキルも一通り揃えているから、魔術や法術を使えないオレにも得られることが多い」


 すると、ジージもパーンチ同様に一泊だけ間を置いた。


「本当にそれだけか?」


 ジージに睨みつけられて、パーンチはわずかにたじろいだ。


 そして、いかにも「しゃーないな」といったふうに降参のポーズを取って、頭をぽりぽりと掻き、いかにも言いにくそうに、


「もちろん、それだけじゃねえ。そもそも、ジージ殿がオレを遥かに上回るモンクだからだよ」


 そう断言した。


 これにはジージも「ふう」と息をついて、「そうか。合格じゃ」と告げた。


 ちなみに、僧兵とモンクは似て非なる職業だ。まず僧兵は基本的に法術がよく扱える兵士、または衛士に過ぎない。一方で、モンクとは魔力マナを内気と外気として使い分け、肉体言語のみで語り合う拳闘士だ。


 いわば、パーンチはとうに見切っていたのだ――ジージが棒術や槍術だけでなく、近接格闘にも長けた武人だ、と。


 当然、モンク一本でその職を磨いてきたパーンチからすれば、認めたくはない話だったが、背に腹は変えられない。


「いつからわしがモンクとしても戦えると気づいていた?」

「実のところ、高潔の元勇者ノーブルから教えてもらったんだよ」

「そういえば……あやつとおぬしとは、よく筋トレをする仲じゃったな?」

「まあな。あるときジージ殿の裸を赤湯で見かけて、筋肉の付き方があまりにも理想的だったもんで、もしやと思ってノーブルに聞いてみたんだ。昔はジージ殿だって、かなりの筋肉狂だったと教えてもらったぜ」

「ふん。余計なことを話しおってからに……」


 ジージはそう言って、こちらもやれやれと肩をすくめてみせた。


 ともあれ、たしかにノーブルの指摘通りだった。何しろ筋肉馬鹿のノーブルと一緒に、若い頃からパーティーを組んでいたほどだ。


 そんな狂信者《肉狂い》でもなければ、召喚術中心の巴術士がオールラウンダーで戦えるようになるはずもない……


「頼む! オレにモンクとしての真髄を教えてくれ……いや、ください!」

「条件がある」

「それは……な、何だ?」

「モンクとしての極意を掴む修行には二種類ある。精神を統一することと、解き放つことじゃ」

「ほう。なるほど」

「じゃから、おぬしには弟子のモタと一緒に修行してもらう。絵を描くのじゃ。もちろん、それは精神を鎮める為に必要なことじゃよ」


 もちろん、そんな効果など、きれいさっぱり微塵もないのだが……


 何にせよ、こうして裸セロ絵はさらに無駄に量産される運びとなった。


 また、駆け出し冒険者時代からよく知っているセロの裸を描くという行為は、友人のパーンチにとってはとてもこそばゆく、存外に精神統一の為にも役立った。


 そんなこんなで一回りも二回りも面妖なジージによって、パーンチは勤労感謝の日に見事な花火を咲かせてみせることになる。「隣の餅も食ってみよ」ではないが、何事もやってみないと分からないものかもしれない……

第三巻の追補「モンクと僧兵」のもととなるエピソードになります。どこがどう違うのか、書籍を手もとに確認していただけたらうれしいです。

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