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000 第三巻刊行応援SS 勤労感謝の日(後半)

 モタは朝食を前にして「よよよ」と泣いていた……


 たしかに貴賓の扱いは受けていた。


 朝食にしたってやけに豪勢で、普段のモタならむさぼるように口に放り込み、おかわりまでしたはずだ。


 が。


 朝っぱらからヤモリと幾度も死線を超える戦いをこなして……実際に死にかけて弟子のチャルに万能薬をぶっかけられつつも……


「おかえり、モタ。ふむふむ、お腹周りもずいぶん落ちたようね。じゃあ、コルセットを締めるよ! チャル、お願い!」

「はい。では、いきまーす」


 ギュウウウウウ、と。


 人狼メイドのトリーが新たに仕立て直したドレスを着る為に、燻製肉よりもきつく縛り上げられて、肉汁でもぶしゃっと出てきそうな思いをしながらも、何とかモタはドレスを纏った。


 おかげで胃が収縮して、物理的に(・・・・)食べ物がお腹を通らない始末だ……


「チャルううう」

「なんですか、ししょー?」

「これさあ……お土産にしてもらってえええ」

「かしこまりです!」


 こうしてモタは泣く泣く、手近にあったスープをすするに留まった。


 すぐ隣で育ち盛りのチャルが「おいちい」と連呼しながらもしゃもしゃ食べているのとはいかにも対照的だ。


 とはいえ、今日の第六魔王国の主役はモタに違いなかった――


 朝食後、モタは早速、魔王城二階の『貴賓の間』に呼ばれて、そこでいったん待機させられた。


 何ならそこのソファで横になって眠り呆けたいくらいだったが、スカートの腰当バッスルが邪魔で座ることすら覚束おぼつかなかった。


 朝から戦わされ……食事も喉を通らず……せっかくの祝日だというのに横にもなれない……


 これではちょっとした拷問みたいなものだ。


「モタよ。それでは、セロ様のもとに出たまえ」


 もっとも、人狼の執事アジーンがやって来て、いかにも恭しく『玉座の間』へとエスコートしてくれた。


 普段は宿屋の大将と若女将とあって、モタのことも人狼メイドみたいに扱ってくるものだから、これにはモタも多少は溜飲を下げた。


 しかも、モタが大回廊を歩み始めたとたん、周囲から感嘆の声が漏れた。


『玉座の間』にはすでに第六魔王国の幹部、人狼メイドやダークエルフの精鋭たちだけでなく、この国に勤めている人々がぎっしりと集まっていたわけだが――


「あれが……モタ?」

「本当にお姫様みたい……」

「小奇麗にしたら意外に可愛らしいものなんだな」

「普段はセロ様の姉だなんだと言っているようだが……存外に悪くないかもね」


 と、その場にいた者たちはモタのことを誉めそやした。


 実際に、今のモタは本当にお姫様みたいなのだ。まず纏っているものは襤褸ボロみたいな魔女の黒マントとは違って、いかにも静粛な黒のプリンセスドレスで、胸もとだけがオレンジ色に彩られている。


 次に髪型もぼさぼさの伸び放題ではなく、今回ばかりはドレスを着る前に風呂に入れさせられて、ヤモリとのブートキャンプの汚れをきっちりと落とした後に、肌の保湿と長髪の艶出しをしっかりとしてから、ドリル型のツインテールにまとめられている。


 とはいえ、当のモタはというと、朝から色々とあったおかげで自分の姿を鏡台でろくに見ていなかったので気づけなかったものの……


 モタと仲の良いダークエルフの双子ことディンとドゥが「ほわあ」と小さく息をつきつつ、


「モタ……とってもきれいね」

「きれー」


 と、囁いた通り、どこぞの王女様と言われてもおかしくない仕上がりだった。


 そんなふうにゆっくりと歩むモタを眺めながら、玉座にいたセロも「へえ」と驚くしかなかった。


 こんなにしとやかなモタを見るのはセロも初めてだ。


 当初、モタは「この国から出る」なんて言ってきたわけだが――これならいっそどこぞの王侯貴族のもとに嫁いでくれたら、第六魔王国にも平穏が訪れるんじゃないかなと、長い付き合いのセロでも小首を傾げたほどだ。


 一方で、そんな淑女然としたモタはというと、実のところ、もうへとへとに疲れ果てていた……


 何なら小腹も空いていた上に、ドリルの髪はわっさわっさと揺れて重いし、腰当が邪魔で動きづらいしで、いつもの傍若無人な態度はどこへやら……


 結局、玉座に通じる小階段の前でモタが片膝を突いたところで近衛長のエークが粛々と告げてきた――


「愚者セロ様が新たに第六魔王として立たれて以来、臣下モタが様々な功績を立てたことを表し、本日をその働きを慰撫する目的でもって、第六魔王国建国以降初めての祝祭日と定める」


 直後。うおおおっ、と。


 盛大な拍手喝采がモタに向けられた。もっとも、モタは半分おち(・・)かけていた。


 何せエークの話が硬い上に長いのだ。


 表彰とみことのりから始まって、滔々《とうとう》とセロへの敬愛の念が語られて……次にこの国の素晴らしさの話になって……しだいになぜかあれ(・・)なる性癖エピソードの披露までされて……


 当然のことながら、モタは片膝突きながら「ぐー」と器用に舟をこぎ始めた。


 ……

 ……………

 …………………………


 が。


 瞼を下ろせば三秒で寝入ることが出来る、生粋のぐーたら魔女のモタにしてもなかなか寝付けない。


 これはいったいどうしたことかと、モタも不思議に思ったものだが、実はモタの纏っているドレスには睡眠耐性が付与されていた。もちろん、モタが寝落ちしない為だ。


 しかも、モタがこっそりとそんな耐性を破って、自身に『睡眠』を掛けようとしたら、


「うげっ」


 モタは呻いた。


 というのも、耐性を突破した時点で電撃のような『痺れ』が走ったのだ。どうやら二重仕掛けだったらしい。


「そ、そこまでやるか……」


 モタはトリーの仕事ぶりに感嘆するしかなかった。


 今回はやけにまともな服を仕立ててきたなと思ったものだが、まさかこんな仕込みをしていたとは……


 何にしても、小一時間にも渡るエークのつまらない話が終わって、今度はセロにエスコートされる格好で、モタは魔王城正門から前庭に出た。


 そこで待っていたのは――何とまあ、モンクのパーンチだった。


「モタよ。立派になりやがって」


 こちらも長い付き合いのせいか、ドレス姿のモタに「よよよ」と涙を流している。


 もちろん、モタとしてはパーンチの登場に「いったいなにごとー?」と、隣にいたセロに尋ねたわけだが、


「勤労感謝の日の制定を祝って、いつものやつをお願いするよ」


 と、唆された。そう、いつもの――つまり、爆発だ。


「ほいじゃ、いくよおおおー!」

「おう! こいや、モタあああ!」

「二人とも、ほどほどにね」


 もちろん、朝っぱらから不満ばかり溜まっていたので、これにはモタも「よっしゃー」と、ドレスを腕まくりして気合いを入れたものの……


 空腹で集中できず、さらにパーンチもそろそろ爆発に慣れてきたとあって、その日は存外にきれいな花火が青空に幾度も散った。


 なお、そんなこんなでおやつ研に帰ったモタはどさりと倒れ込むようにぐっすりと寝て……翌日にはけろりと起きて、仕事を再開したらしい。何だかんだでモタも暗黒魔王国の一員になったようだ。


この話を書いているときに、SNSでKADOKAWAさんの謝恩会の話がちょうど出ていて、当然のように呼ばれていない私としては、「きっと謝恩会ってこんな感じかなー」と想像しながら公布式を描きました……来年は出たいなー(;ω;)

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