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000 第三巻刊行応援SS 勤労感謝の日(前半)

前話「暗黒魔王国」から続く話になります。


「ししょー、起きてください!」

「むう……あと三分……」

「それはぜったいに起きない人のセリフです。こうなったら、杖でぽこぽこたたきますよ!」

「むう……あと三日……」


 ぼこっ、と。


 弟子のチャルに(ぼこ)られて、モタは渋々と起き出した。


 寝室は薄暗く、まだ日もろくに顔を出していない。最近は寒くなって、日の出が遅くなったとはいえ、深夜未明――魔王城の人狼メイドたちですら働き始めていない時間だ。


「うー。チャル……いったい、なにさー、こんな時間に?」

「トリーさまがおこしです」

「おはよう、モタ」

「……んん?」


 モタは目をごしごしと擦った。


 たしかにチャルのそばには人狼メイドの裁縫担当トリーがいた。


 メイドたちは夜の番を除いて、総じて早起きではあるものの、こんな時間に起きているのはいかにもおかしい……


 いや、トリーの場合、衣服を作っているときに夜なべすることがよくあるから、一概に変だとは言い切れないのだが、何にせよ、おやつ研のモタの寝室にチャルと並んで突っ立っているのは不可解だ。


 はてさて、これはいったいどうしたことかと、モタは首を傾げて……何だかまたふいに眠たくなってきて、せっかくベッドから起き出したというのに、今度は机の上に突っ伏して寝始めた。


 直後だ。ぼこっ、と。


「あ、いたたた」


 再度、チャルの杖が落ちてきて、モタはたんこぶをさすった。


「もう何なのさー」


 さすがにモタも腰に両手を当てて、ぷんすかと唇を突き出した。


 すると、殴ったチャルではなく、人狼メイドのトリーがドレスみたいなものを片手に持ちながら代わりに答える。


「衣装合わせですよ。第六魔王国に属する方々の採寸は健康診断のときに一通り済んではいますが――」


 トリーはそこで言葉を切って、今度はメジャーを片手にモタの肩幅や身幅などをてきぱきと測り始めた。


「モタ……やっぱりちょっと肥ったでしょう?」

「ギクッ」

「最近、おやつ講習会とかやっているから、マズいなあとは思っていたんですよね」

「ギクギクッ!」

「これはドレス合わせ以前に、採寸のやり直しかなあ」


 今度はトリーが腰に両手を当てて、尻尾をふりふりしながら抗議する番だった。


 もっとも、モタはまた首を傾げて、「ドレス合わせ?」と疑問を口にした。今日はモタの為にセロがわざわざ第六魔王国初の祝日を制定して、たっぷりと休めるはずだった。


 それなのにこんな朝早く、もとい夜遅くから起こされて、ドレス合わせとはいったいどうしたことか?


「あら? 執事のアジーンから聞いていなかったんですか?」

「え? いったい、何のこと?」

「今日のモタさんはちょっとした貴賓扱いなんですよ。だから、TPOをわきまえなくてはいけません」

「そうですよ、ししょー。今日のししょーはおひめさまなのです」


 チャルは目をきらめかせながら言ったが、モタは「んー」と、またまた首を傾げた。


 そういえば……たしかに温泉宿泊施設を手伝っているときに大将のアジーンから何か言われた気がする。


 あまりに忙しくて、「はいはい」と適当に返事をしていたから、実のところ、ろくに聞いていなかったのだが……


「そっかあ……お姫様ときたものか……」


 モタは「うー」と呻った。


 貴賓扱いなどどうでもいいから、祝日にたっぷりと寝かせてくれれば十分なのだ。


 とはいえ、こうしてもう起きてしまったし……どうせ寝ようとしてもチャルに凹られるし……何ならトリーは「むふー」と仕事モードに入ってしまったので、最早止められそうにもないしで……


「仕方ない……ここはいっちょ、お姫様になっちゃるかー」


 モタはついに覚悟を決めた。


 第六魔王国のお姫様と言えば、普通はセロの同伴者パートナーのルーシーなので、たまにはそういった役割もいいかなと頭を切り替えたわけだ。


 何だったら、玉座の間のセロの隣に突っ立って、


「わらわはおやつが欲しいのじゃー」


 と、ルーシーの口真似でもして、ふんぞり返っていればいいかと考えた。


「にしし……意外と悪くないかも……」


 そんなふうにモタはズル賢い笑みを浮かべたわけだが――次のトリーの言葉がそんなモタの思惑をすぐに打ち破った。


「では、モタ。これからちょっとばかし、ブートキャンプに行ってきてください」

「ほへ?」

「お腹まわりを落としてほしいんですよね。このドレスはドゥやディン用に仕立てたものなんですけど……モタがハーフリングでいかにちっさいとは言っても、やっぱり十歳の子の腰回りとはいかないなと」


 トリーはそう言って、ふっさふさの尻尾に張り付いていたヤモリを前に出した。


「キュイ!」

「も、も、もしかして……」


 モタが口ごもるも、トリーは満面の笑顔で答える。


「はい。ヤモリさんによるバトル・ブートキャンプです。死ぬ気で戦えば、お腹まわりの脂肪なんてすぐに落ちますよ」

「ししょー、がんばなのですよ!」

「キュキュイ!」

「い、やあああああ――」


 と、こうして朝っぱらからモタはおやつ研のある山のふもとでヤモリと小一時間ほど戦わされる羽目になる。


 当然のことながら、勤労感謝はどこにいったのやらと、モタは死線をくぐりながらも、ぶつくさと不満を言い続けたのだった。


健康診断のエピソードは書籍第二巻の追補にありますが、例によって拷問みたいな健診は男性陣のみ……女性たちについては身体測定などの基本データだけ採っていたようですね。

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