000 第三巻刊行応援SS 暗黒魔王国
「紅葉狩り」→「トリック オア トリート」と同様に、今話は勤労感謝の日に合わせたSSの前半に当たります。つまり、「暗黒魔王国」→次話の「勤労感謝の日」に繋がります。よろしくお願いいたします。
数学のミレニアム問題と同様に、第六魔王国にも一つだけ、永遠に解かれることのない難題がある――
それは、第六魔王国に所属している者たちが休まないというものだ。
そもそも、彼らは休むという概念をろくに持たない。疲労が溜まってきたり、少しでも怪我を負ったりすると、セロの自動スキル『救い手』によってぽわんと勝手に治ってしまうので、
「よし。じゃあ、もういっちょ頑張るか」
と、ついついなってしまう。
何より、ヤモリ、イモリやコウモリたちが洞窟から出てきたうれしさからか、四六時中、トマト畑を拡張したり、道路を舗装していたり、建築の手伝いまでこなしていたりとあって、
「魔物さんたちに負けちゃいられないよな!」
と、魔族の闘争本能でも無駄に刺激されてしまうのか、これまた余計に「もうちょいやるぜ!」となってしまう……
もちろん、今では第六魔王国も種族の坩堝みたいになりつつあって、ダークエルフばかりでなく、エルフ、ドワーフや蜥蜴人たちだっているわけなのだが、
「何を! 我ら誇り高き四大亜人族が、後塵を拝して堪るものか!」
と、不死性を有している魔物や魔族に張り合って、これまた不毛にも「こうなったら永遠に頑張ってみせたるわあああ!!」となっていく――
これにてまさしく、ブラック企業ならぬ暗黒魔王国という名の労働永久機関の完成に至る。以上、証明終了。
……
…………
……………………
はてさて、そんな残酷な永久機関の頂点にいる者といえば、さぞかし人を人とも思わないようなサイコパスと相場が決まっているものだ。
実際に、その魔王はいかにも頭の固そうな元聖職者な上に、
「いやあ……皆、よく働いてくれるよね。僕だって負けないぐらい頑張らなくちゃ!」
と、無駄に責任感が強いので、やはりこの堅物も休むことを知らない。
まさに生真面目そのものが統治しているとあって、ろくなことにならないのは火を見るよりも明らかだ。
しかも、本来ならば棺で寝てばかりのぐーたら魔族の代表格たる吸血鬼のルーシーにしても、真祖カミラによる帝王学の賜物というべきか、セロに輪をかけて身を律して厳かに生活している有様だ。ある意味で似たもの夫婦なのかもしれない。
何にせよ、そんな働き者たちばかりの第六魔王国だからこそ、と言うべきか――
「セロおおお、もうわたし……耐えられない。この国から出ていく!」
あるとき、モタがセロのもとに来て、そんなことを言ってきた。
これにはセロもさすがに驚いた。おやつ研が軌道に乗ったばかりで、先日の依頼達成でそれなりにまとまったお金も入ったはずだ。
モタだって、「にしし……これで一年はおやつに困らないぜい」と喜んでいた。
いったい、これはどういう風の吹き回しかと、セロが首を傾げて「何があったのさ?」と尋ねたら、
「だってさあ、聞いてよ、セロ。実はさ――」
モタ曰く、これから『おやつ講習会』なるものに強制参加させられるらしい。
もちろん、これはおけつ破壊闇魔術の方のおやつではなく、本物の美味しいおやつのことだ。
どうやら料理研究に熱心な夢魔のリリンが「なあ、モタよ」と声を掛けてきて、
「おやつ研と言うぐらいだから、この研究棟に本当におやつを研究する為の専門調理機関を設けたっていいんじゃないか?」
と、提案してきたらしい。何なら「予算も付くように働きかけるよ」と。
当然、モタとしては二つ返事で承諾した。
お金をもらえて、おやつも食べられるなんて、まさに夢みたいな話だ。
しかも、最近は闇魔術研究所というより、弟子のチャルの功績もあってか、万能薬を作る為の薬学研究所みたいな様相を呈してきていたから、調理場に似た部屋も新設したばかりで、モタとしては願ったり叶ったりだった。
「乗るっきゃないよね。このビッグウェーブに!」
そんなこんなでモタも乗り気になったのが――かえっていけなかった。
「だってさあ、セロ……朝早く起きるだけでもわたしには辛いってのに……」
「うん」
「まず朝食を食べたら、弟子のチャルにお世話されつつ午前中は万能薬作り……」
「報告は聞いているよ。順調みたいだね」
「んで、お昼を食べたら、その後のデザートもかねておやつ講習会……」
「そこで出てくるんだ」
「でもって、夕方には人手が足りないからって、温泉宿泊施設で若女将のバイト……やっと夜になってゆっくり出来ると思ったら、ジジイが修行じゃとか言ってきてセロの裸絵を描かせようとするんだよ」
「……うん?」
そんなモタの自白を聞いて、セロは遠い目になった。
そうか。裸セロ絵の出所はここだったのか、と。たしかにモタならば、駆け出し冒険者時代にセロの体をよく見ていたはずだ。
ルーシーしか知らないほくろの位置とか、程よい筋肉の付き方とか、よくもまあ丁寧に描けているものだなと、セロも感心したわけだが……
それはともかく、ここにきてセロはついにモタの懇願を聞いてあげた。
というか、今回はむしろセロも反省しきりだった。そもそも、セロにも休むという概念が欠けていたのだ。
人族だった頃と違って、魔族になってからは無尽蔵の魔力に加えて、体力だって莫大に伸びている。『救い手』で勝手に治っていくおかげで、肉体的な疲れなど実感出来ずにいたわけだが――
普通に考えれば、休まないというのは狂気の沙汰だ。
特に、これから友好国となった王国の人族たちが働きにやって来て、さらなる坩堝になっていくことを考えると、今のうちに対策を講じておくべきだろう。
というわけで早速、午後に『玉座の間』にてセロは第六魔王国の幹部たちにモタの惨状を踏まえつつ幾つか確認することにした。
すると、ルーシーがこんなふうに返してきた。
「モタは十分に休みを取っていたのではなかったか?」
「どういうこと、ルーシー?」
「夜にきちんと寝ているはずだろう?」
「い、いや、寝るっていう話と、休むのとは……ちょっとばかし違うんだけど……」
セロがあたふたすると、ルーシーは勝手に納得した。
「ああ。なるほど……そういうことか。棺で寝ていないから、休めていないなどと他愛もない錯覚を起こすのだな」
「……え?」
「セロよ。棺はいいぞ。これはやはり積極的に大陸中に広めるべく、輸出すべきだな」
セロはまた遠い目になりながら、棺は人族にとって永眠を意味するんだよと、これまで幾度もしてきた話をぶり返すべきか悩んだものの……
とりあえず、こりゃあどれだけ話し合っても魔族相手では埒が明かないと感じたので、次に亜人族の近衛長エークに話を振った。
「ええと……エークはどうかな? 十分に休めている?」
「セロ様、お言葉ですが――私ども、ダークエルフに休みなぞありません!」
「……はい?」
「そもそも、『迷いの森』では少し休むだけでも命取りになります。その為、私たちは仮眠時間すら削って、皆で気を張って生活してきました。それに比べたら、現在は十分に満足出来る状況です」
セロは「あちゃー」と額に片手をやりつつ、そんな過酷な環境で暮らしてきたダークエルフにも振っちゃダメな話題だなと理解した。
となると、最後の希望は同じ人族出身の高潔の元勇者ノーブルぐらいだ。
「ノーブルは……休みたいよね?」
セロが恐る恐る尋ねると、ノーブルはにこりと笑みを浮かべた。
いかにもセロの意図を理解しているぞといったふうで、セロはやっと「ほっ」と安堵の息をついた。
「ええ。休みたいですね」
「どんなふうに休むのかな?」
「それでは、私に三日ほど休みを頂けますか?」
「たった三日間? いったい、何をするのかな? もしかして小旅行でリフレッシュとか?」
「はい。砦の視察をしてきたいのです。私がリーダーを辞めてから、きちんと運営されているのかどうか、その確認をした上で改善したいな、と」
「視察? 改善? わざわざ休みをとってまで?」
「はい。他にも、湿地帯の調査や未踏領域だった『最果ての海域』も見ておきたいですね」
「……三日で?」
「でしたら、二日で終わらせます」
「いやいや、そんなわけにはいかないよ」
「とにかく、その間は第六魔王国の将軍位を休むことになりますから、代理としてラナンシー殿にお願いしたいところです」
ノーブルがそう言って話を向けると、妖魔のラナンシーは「問題ありません!」と、はきはきと答えた。
もっとも、セロはいかにも浮かない表情だ……
というか、それは単なる出張であって、休暇とは違うんじゃないかなとは――セロもなかなか言い出せなかった。
やはり元勇者というだけあって、ノーブルもセロ同様に生真面目なのだ。
ともあれ、セロは小さく「はあ」と息をついて、一縷の望みを持って人造人間エメスに尋ねた。
何かしら余暇に関する古の時代の情報でも持っているんじゃないかと期待したわけだ。
「ねえ、エメスはどうかな? 何か知らない?」
「何かと問われましても、小生はこのように肉体を機械化している都合、現在は一時停止を必要としません。終了」
セロは「ですよねー」と相槌を打ちそうになった。聞いた相手が悪かった。
そして、仕方なくちらりとエメスの隣にいたドルイドのヌフに視線をやる。そのヌフはというと、どこか挙動不審に「うふふ」と笑みでごまかしながら、
「と、当方も……休んだことがないので……よ、よ、よく分からない話題ですねー」
どもりながらも、そう言い切った。
ちなみに、この面子の中では最もモタに近いのがヌフだった。何せ、『迷いの森』の地下洞窟の最奥に古の時代から引きこもっていたほどだ。
そういう意味では、ヌフこそ、第六魔王国の休暇制度について相談するのに適任だったのだが……エークが「ダークエルフに休みなぞありません」と言い切ったとあって、ヌフとしては目を泳がせるので精一杯だった。
「はあ……こりゃあダメかな」
セロはため息をつくしかなかった。
すると、意外なところから声が上がった。人狼の執事アジーンだ。
「たしかに……たまにはモタを労わってやってもよいかもしれません」
セロが「ほう?」と、話の先を促すと、アジーンは訳知り顔で言った。
「最近、若女将としても板に付いてきて、本当によくやってくれていますよ。おそらくモタが、休みがほしい、と言ってきたのも、その働きぶりをきちんと評価してほしい、という含みがあったのでは?」
そんなアジーンの言葉に、幹部たちは「おおー」と声を合わせた。
たしかに信賞必罰は世の理だ。おやつ研の立ち上げといい、近郊の祠の発見といい、モタをもっと褒めてあげてもいいかなということで、
「じゃあ、そうだな……後日、モタの勤労を感謝する日でも制定してみようか」
セロがそう言い出したことで、話は可笑しな方向にねじ曲がって、モタが休むという流れが――なぜかモタの働きぶりを労うということになってしまったのだった。
当然、モタはそんな第六魔王国初の祝日に、大変な役割を負わされてしまうのだが……