表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/396

030 パーティーは侵攻する(勇者サイド:10)

魔王城周辺の地理関係については後書きの[補足]に記してありますので、分かりづらいようでしたら参照ください。



 巨大転送陣である門をくぐった瞬間、勇者バーバルの前には森と岩山があった。


 いきなり視界が明るくなって、気温も変化したことで、バーバルはぶるりと震えた。すぐに周囲を見回すと、モンクのパーンチも、エルフの狙撃手トゥレスもいて、後から聖女クリーンも門から出てきた。


 どうやら全員が無事に転送されたようだ。


 もっとも、クリーンはバーバルのことをきつく睨みつけてきたが――


「ここはどこだ?」


 勇者バーバルがそんなクリーンに気にせずに尋ねると、狙撃手トゥレスが代わりに応じた。


「上を見てみろ」


 そう言われて見上げると、岩山の峰に魔王城があった。


 しかも、見覚えがある城だ。あれは第六魔王こと真祖カミラの居城だったはずだ。ということは、ここはその裏山のふもとに当たるわけか……


 と、勇者バーバルは思い至ったが、すぐに眉をひそめた。


 真祖カミラを討伐したとき、モンクのパーンチと魔女モタが散々暴れたせいで、魔王城はほとんど崩落しかけていたはずだ。実際に戦っているときも、いちいち落石や瓦礫を気にしなくてはいけなかった。


 それなのに、遠くに見える魔王城はなぜか傷一つ付いていない……


「いったいどういうことだ?」


 狙撃手トゥレスも同じ疑問を抱いたようだったが、その一方でモンクのパーンチはというと、いつものように緊張感のない遠足気分で、


「おい、どうする? おあつらえ向きに洞窟があるぜ?」


 と、大きな口を開けている洞窟を指差した。


 たしかにパっと見た感じでは、ここから魔王城に行くには洞窟を通るのがセオリーのように思える。本来なら岩山に沿った坂道もあるのだが、今はルーシーによる認識阻害がかかっているので勇者パーティーには見えていない。


 もしこれが魔王城への初めての来訪だったなら、勇者バーバルもパーンチの意見を検討しただろう。


 だが、ここが初見の聖女クリーンはともかく、バーバルも、狙撃手トゥレスも、パーンチに対してはっきりと頭を横に振ってみせた。


「勘弁してくれ、パーンチよ。探検したければ一人で勝手にやれ。俺たちは以前と同様に魔王城の正面にあった坂を上がっていくぞ」

「マジかよ。せっかくなんだから冒険しようぜ」

「ケイビング用の装備一式もないだろ。いい加減にしろ」

「じゃあさ。そこの迷いの森なんかどうだ? 本当、先っぽだけでいいからさ。なあ?」


 モンクのパーンチが子供のように目をキラキラさせながら誘ってくるので、勇者バーバルはやれやれとため息をついた。


 そもそも、《迷いの森》はダークエルフが管轄している森だったはずだ。エルフとダークエルフは犬猿の仲だと聞くから、狙撃手トゥレスを連れて入ることは土台無理な話だ……


 それにバーバルたちはここに冒険ではなく、セロを求めてやって来たのだ。


 だから、「付いてこないなら置いていくぞ」とパーンチに言って、バーバルはさっさと先に歩き始めた。そして、魔王城の正面に向けてしばらく進んでいたら――思わず、ぽかんとなった。


 理由は極めて単純だ。


 視界に、トマト畑が入ってきたからだ。


「これはたちの悪い冗談か?」


 勇者バーバルはそう呟いた。


 ただ、遠目から見てもトマトそのものは赤々として美味しそうだ。


 畑の近くまで来てもその考えは変わらず、一つぐらいもぎ取って食ってもバレやしないだろうと思いついた。よく考えてみたら、今日は昼を抜いてきたからちょうどお腹が減っていた。


 が。


 バーバルが畑に入ろうとした瞬間、聖女クリーンが全員を制した。


「止まってください。この畑はおかしいです」


 そんな疑念に対して、勇者バーバルは「ふん」と鼻で笑った。いかにも冒険慣れしていない初心者にありがちなことだ。何でもかんでも警戒して、結局一歩も進めなくなる。


「おいおい、クリーンまで勘弁してくれ。たかがトマト畑だぞ」


 だが、意外なことに狙撃手トゥレスが聖女クリーンを擁護した。


「聖女の言う通りだ。たしかにおかしい。血がそこら中にある」


 そう指摘されて、勇者バーバルもやっと気づいた。てっきりトマトが潰れて赤い汁でも垂れたのだろうと思っていたが……よく観察してみたら血反吐らしきものがあちらこちらにぶち撒かれている。


 それに何杯もの桶が真っ赤に染まっているし……肥溜めのように見えた広いプールには幾百人もの犠牲がなければ決して溜まらないほどの量の血があった……


 そんな強烈な光景に、聖女クリーンは声を震わせながら言った。


「まるで人の生き血を吸って成長したかのようです」

「もしかしたら未知の吸血植物モンスターなのかもしれない。気を付けた方がいい」


 狙撃手トゥレスも同意すると、さらに警戒しながら言葉を続けた。


「しかも、この畑には嫌な気配が多数あるようだ」

「トゥレスよ。いったい何の気配だ。分かるか?」


 勇者バーバルが尋ねると、狙撃手トゥレスは無念そうに頭を横に振った。


「おそらく、吸血植物以外にも虫か何かがいる。これもまたモンスターのたぐいだろう。だが、それ以上のことはよく分からない」

「つまり、トゥレスでも判断付かないほどに危険なモンスターがいるというわけか」


 勇者バーバルがつい呻ると、モンクのパーンチも冷静に指摘した。


「この畑はやけに視界も悪い。吸血植物とやらが挿し木されて、オレらの背丈ほどもあるせいで、何が潜んでいるかもさっぱり見えん」


 勇者パーティーの足はトマト畑の前で完全に止まっていた。


 まるでバーバルたちの血を求めて、怪しく立ちふさがる妖樹の園のように見えてくる……


 だから、狙撃手トゥレスは「ふう」と一つだけ深い息をついて心を落ち着けて、周囲をさっと冷静に見渡してから、《索敵》アビリティ持ちとして意見を伝えた。


「迂回してもいいのではないか? モタがいない以上、範囲魔術で焼き払うことも出来ない。リスクはなるべく避けるべきだ」

「聖女として、私も同意見です。何だかどんどんトマトが不気味に思えてきます……」


 すると、モンクのパーンチは大声で笑った。


「ここは行くしかねえだろう。時間がもったいない。さっさと直進して、セロを取っ捕まえて、その後にここも冒険しようぜ」


 そんなパーンチに勇者バーバルも同意した。


 そもそも、たかだかセロを前にして、この程度の吸血植物の園なぞに怯みたくもなかった。


「ふん。楽しそうな開放型ダンジョンではないか。皆、行くぞ! 俺に続け!」


 こうして勇者バーバルは手近にあるトマトを聖剣で切り落として踏みにじった。


 もっとも、このとき勇者バーバルたちは知らなかった。今、地上の魔族領でこのトマト畑こそが最も危険な場所であることを。何より、そのトマト自体はごくごく普通の美味しい真祖トマトであることも。



[補足]

魔王城に行くには四つのルートがあります。

正面の坂道が二つ、裏の岩山に沿った坂道、そして洞窟になります。

このうち、正面の坂道二つはセロの初級魔術によって、それぞれ溶岩マグマと永久凍土の断崖となって閉ざされました。もちろん、バーバルたちは現時点ではそのことを知りません。

また、裏山の坂道も今はルーシーによる認識阻害がかかっていて通れません。魔女モタがいれば見破った可能性が高いですが、聖女クリーンではまだ気づけなかったようです。

何にしても、勇者パーティーは裏山のふもとからぐるっと回って正面に行くことにしました。その途上にトマト畑が広がっていたということになります。


ここらへんの位置関係が分かりづらいようでしたら、感想などでご指摘頂けましたら本文を修正いたします。よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ