000 第三巻刊行応援SS 芸術は爆発だ(終盤)
人狼の執事アジーンの先導で、セロたちはぞろぞろと温泉宿泊施設までやって来た。
道中、何事も起こらずに平穏そのものだったから、セロも思わず、「あれ? あれれ?」と眉をひそめたくらいだ。
つい先ほど女騎士もとい王女キャトルが「演者部門ですね」と高らかに言ったものだから、てっきりキャトルによる演武でモンクのパーンチあたりがしばかれると予想していただけに、セロとしてはむしろ虚をつかれた格好だ。
もっとも、そんなキャトルの意図は温泉宿に入ってすぐに分かった――
「こちらの物品コーナー横にある展示室にお入りください。魔王城の武器庫からだけでなく、幾人から大事な得物も借り受けて、今回は室内に飾ってみました」
そこには大剣、槍、弓や板金鎧など、この大陸で主要とされる武器だけでなく、『火の国』から越してきて第六魔王国の城下町で今もせっせと鋳造しているドワーフたちによる刀や鎧までずらりと並べられていた。
「へえ。こんなに種類があるものなんだね」
セロが素直に感嘆すると、キャトルはとある剣のもとに歩んでいった――聖剣だ。
かつてバーバルが振るった二束三文の偽物ではなく、長らく第五魔王こと奈落王アバドンに突き刺さっていた本物だ。
どうやら高潔の元勇者ノーブルがわざわざ貸し出してくれたらしい。
もちろん、アバドンを信仰していた泥竜ピュトンは良い顔をしなかったものの、セロは聖剣を手に取って「ほう」と息を漏らした。
「芸術性については良く分からないけど……武器や防具の良し悪しだったら僕にも分かるよ。何だかんだ、駆け出し冒険者時代からお世話になってきたからね。やっぱり身近にある物の価値は分かるもんだね」
すると、王女キャトルはどこか感慨深げに応じた。
「今後、平和の時代が長く続けば、いずれこれらの武器や防具も無用の長物となって、その実用性も失われていくのかもしれませんね」
「うん、そうだね。無駄に宝石がついたり、貴重な鉱石で造られたり……何なら誰それが振るったっていう話が後世に伝えられて、それで価値が高まっていくかもしれない」
「そういう意味では、純粋に武器や防具を愛でることが出来るのは、今この時代だけなのかもしれません」
キャトルがそう締め括ったので、セロも何だかちょっぴりしんみりとなった。
刹那の美しさというか……
同時代人にしか理解出来ない価値というべきか……
いずれにせよ、これらの武器防具がいつまでも錆び付かず、あるいは傷つかずに残ってくれたらいいなと、セロはどこか遠くへと視線をやった。
何なら、武器や防具の美術館を第六魔王国に造ってもいいかなと、ふと思いついた次第だ。
だが、ちょうどそんなタイミングで――
「ちょっと待ったあああ!」
しみじみしている二人のもとに、モンクのパーンチが進み出てきた。
さらに力こぶを誇示するかのようにわざわざ暑苦しいポージングをしてみせる。
「オレの武器かつ防具はこれさ。筋肉だけはいつどこでどんな時代であっても――至高なんだぜ!」
……
…………
……………………
せっかくちょっと感傷的な気分で、セロにも分かりやすい芸術品《武器防具》を見た後だっただけに……
筋肉の話はあまりに余計だった。
これはやはり爆発オチでいいかなと、セロも薄々、最後が予見出来たところで、温泉宿の外から――
どーんっ、と。
轟音が上がった。ついにその時がやって来たのだ。
玄関先には――やはりモタがいた。爆発と言えばモタだ。この演者の人選にはセロも「うんうん」と納得するしかなかった。
「打ち上げ花火、下から観るかー? それとも、上から観るかー?」
モタは唐突にそんなことを言い出して、セロたちとパーンチをなぜか分けた。
どうやらセロたちは下から観る組、パーンチだけ一人で上からということらしい。もっとも、花火と言うわりには、そのネタも筒もどこにもなかった……
すると、モタがまるで師匠のジージのように滔々と講義を始める。
「まず、これを見てくだしゃい」
そう言って、モタは火魔術の基礎たる『火球』を宙に放った。
当然、その火球はある程度打ち上がった後にしぼんでいった。花火というにはさすがにしょぼい。はてさて、これはいったいどういうことかなとセロが首を傾げていたら、
「次に、これを見てくだしゃい」
モタは連続で『火球』を上に撃った。
最初のものに次のものがぶち当たると、それぞれが宙で爆散した。
なるほど。花火にほど近くなったが……それでもやはりまだしょぼい。爆発好きなモタにしては何だか煮え切らない魔術だ。
はてさて、これはいったい何事なのかとセロが眉をひそめていたら、
「最後に、これを見てくだしゃい」
モタはいきなりパーンチへと『火球』を打ち出した。
パーンチはというと、急な攻撃に「あちち!」と叫びながらも、その拳と筋肉によって見事に火を散らせた。
ここらへんはさすがに元勇者かつ聖女パーティーのモンクだ。この程度の攻撃ではびくともしない……
「……おや?」
セロはふと顎に片手をやった。
パーンチは純粋に筋肉《物理》でもって魔術を退けたのではない。
その身に魔力による防御を纏ってやってのけたわけだ。もちろん、これはモンクたるパーンチだけでなく、誰もが自然とやれることだ。
物理は物理で――魔力なら魔力で返すのが道理だ。ただ、普段はあまりに当然のことなので、セロも他者をじっくり観察したことがなかった……
「けど、もしかして……」
セロがまた首を傾げたように――
魔力による火球同士がぶつかったときに火が大きく散ったように、魔力を纏ったパーンチが火球を打ち消したときも同じ現象が起きていた。
「ということは……」
セロがそう気づきかけた瞬間だった。
「う、おおおおおお!」
突然、パーンチは宙へと打ち上げられた。
より正確にはモタの風魔術『浮遊』によって上空に運ばれてしまった。
さらにモタは二重術式でもって、宙にいるパーンチに向けて『火球』を幾つも放った。
属性の異なる術式を混ぜるのではなく、同時に展開するのは高度な技術だ。
さすがはモタ――当代きっての天災、もとい天才の名をほしいままにしている魔女だ。
術式に詳しいセロからすれば、これぞ芸術みたいなものだ。セロは「うんうん」と、幾度も相槌を打った。
が。
モタのパフォーマンスは当然それだけではなかった――
上空で小ぶりな爆散が無数に続いのだた。
まだ花火というには規模が小さかったが……そこでモタは「にしし」と笑みを浮かべて、
「それでは研究の成果をお見せしますです。これが炎と光を混ぜたわたし特性の『モタ式炎弾《イグニッションII》』です!」
どーんっ、と。
先ほど展示室で耳にした轟音の正体が放たれた。
それは宙で見事にパーンチにぶつかると、「たーまやあ」によく似たイントネーションでもって、「うーあああ」というパーンチの絶叫と共に――
美しい色を咲かせた。
魔力を練り込ませた火と光系の攻撃をパーンチが弾いて、宙で色鮮やかに爆発するといった仕組みらしい。
これならばわざわざネタや火筒を用意せずとも、モタとパーンチだけで出来る上に、費用もかからない。
「ほほう。やるね、モタ」
これにはセロたちも感嘆の声を上げた。
もっとも、宙でやけに鮮やかな赤色《血》が散ったのは気のせいだと思いたい……
何にせよ、しっかりとオチがついたところでセロは言ったのだった。
「いやあ、芸術って爆発だね」
……
…………
……………………
後日、第六魔王国でも王国の生誕祭同様に文化を称える催しが大々的に開かれたらしいが……その開幕ではパーンチが宙にぶち上がったのは言うまでもない。