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000 第三巻刊行応援SS 芸術は爆発だ(序盤)

文化の日を機にしたSS……というよりは短編になります。


 その日、セロは朝からずっと「うーん」と呻っていた。


 セロがそんなだったから付き人のドゥも、もしやお腹でも痛いのかなと、セロと一緒になって「うーん」と渋い顔をしていたわけだが、さすがに朝食時にルーシーから、


「さっきから、うーんうーんと、いったい何事なのだ、セロよ?」


 と問われて、セロはやっと胸の内を明かした。


「いやあ、だってさあ、来月には王国の生誕祭があるでしょ?」

「そういえば……あったな、そんなもの」


 ルーシーはそっけなく返したが、もちろんそんなもの(・・・・・)という言葉で済ましていい行事イベントではない。


 今となっては王国も立派な友好国――というかほぼ属国と化しているので、セロも、ルーシーも、正式に国賓として招かれているし、何よりこの生誕祭は一日だけでなく、一週間に渡って大々的に行われる。


 王国の威光を発信する為の武道会から始まって、食の豊穣さを示す為の大小様々なお祭りも開かれ、この時期の王都は近隣の領都からも大勢の人々が駆けつけて、王都郊外の貧民街スラムの外れにまでキャンプなどが張られて一気に賑やかさを増す。


 もちろん、王侯貴族や国賓を交えて社交界がずっと開かれるとあって、セロとしてはそれも悩みの種ではあったものの……


 ルーシーはいかにも下らんとばかりに、セロを突き放した。


「社交界といっても欠席するか、もしくは適当にへらへらと相槌でも打って、ぼけっと突っ立っていればいいのだ。ちなみにわらわはシュペルなどと歓談するとき以外は王城に棺を持ち込んで寝ているぞ」

「ええー、そんな殺生な」

「セロの頼みといえども聞けん。人族の付き合いなぞにいちいち構っていられるか」


 ルーシーがそう主張したので、セロはまた「うーん」と困り顔に戻った。


 実のところ、セロが悩んでいたのは社交界への出席についてではなかった。


 そもそも、セロにもみ手をしてまで追従ついしょうしそうな貴族たちは事前に現王シュペル・ヴァンディスによって排除されるはずだ。


 それにセロは魔王とあって、社交界でのダンスも、流行に合わせた粋な会話も、もちろん将来の伴侶探しだってやらなくていい。


 だから、当日は適当にへらへら……とはさすがにいかないが、「ふんす!」と鼻息荒く突っ立っていれば、まともな貴族はおそれて近寄って来ないだろう。


 そんな上流階級的な付き合いよりも、よほどセロが困っていたのが――


「僕には文化の素養なんて微塵もないから、そこらへんはルーシーにお願いしたかったんだけどなあ」


 そう。王国の誕生祭には、これまた大小様々な文化的なお披露目会があるのだ。


 吟遊詩人や大道芸人たちが幾つもの広場で毎日パフォーマンスを繰り広げるし、劇場では演劇が行われて、つい先日のヒュスタトン会戦をモチーフにしたものだって演じられる予定だ。


 それに加えて、詩歌、絵画、彫刻、あるいは音楽と……枚挙に暇がないほどの催しが揃っている。


 しかも、セロは友好国の魔王とあって、さらなるよしみを結ぶ為にと、現王シュペルから重要な音楽会や展覧会に誘われていた。もちろん、特別・・審査員としてである。


「僕はたかだか元聖職者に過ぎないんだよ。法術書や学術書はよく読んできたけど……音楽とか絵とか彫像とか、ろくに知らないよ」


 セロが愚痴をこぼすと、ルーシーも下唇をつんと尖がらせた。


「妾とて人族の遊び(・・)に興味はない」

「でも、真祖カミラの帝王学にそういったものは含まれていなかったの?」


 セロがそう尋ねると、ルーシーはこれみよがしに「はあ」とため息をついてみせた。


「セロはこの魔王城で絵の一つでも見かけたことがあったか?」

「そういえば……全くないよね」

「当然だろう。戦うときに邪魔になるからな。絵や彫像なぞ、いちいち構っていては戦っていられん」

「ええと……じゃあ、音楽は?」

「強いて言えば、夜な夜な地下から聞こえてくる独唱アカペラが心地良い音楽だな」

「…………」


 セロはつい遠い目になった……


 あれは独唱などではなく、どこぞの性癖的に可笑しな配下(アジーンやエーク)による絶叫に過ぎない……


 何はともあれ、ここにきてセロもついに、ルーシーも相当な文化音痴かもしれないと気づいた。


 いやはやこれはまいったなと、朝食後にセロがドゥと一緒になってまたまた「うーん」と渋い顔で廊下を歩いていたら、


「セーロさまあ」


 と、背後から甘い声を掛けられた。何とまあ、よりにもよって――真祖カミラだ。


 いつもはセロと呼び捨てにする上に、娘の旦那とあって全く遠慮も容赦もないカミラが猫撫で声を掛けてきたものだから、これはよほどのことだぞとセロが身構えていたら、


「貴方が人族の文化に興味を持ったって聞いたわ」


 どうやら娘のルーシーから何かを吹き込まれたらしい……


 とはいえ、セロはちょっとだけ身を乗り出した。魔王城には絵画も彫像もないことからカミラはそういったものに関心を持たないのかもしれないが……


 もとをたどれば、カミラはセロ同様に人族出身――しかもいにしえの時代の勇者だ。当時は今よりもよほど遥かに文明が進んでいて、絢爛豪華な時代だったと様々な文献に残っている。


 そういう意味では、カミラは現代の拙い文化にそっぽを向いているだけで、もしかしたら相当な文化人なのかもしれないと、セロはついつい期待したわけだ。


「はい。文化に興味を持ったというよりも、来月に開かれる王国の生誕祭で恥をかかない程度の素養を身につけたいのです」

「なるほどね。そんな貴方に朗報だわ」


 真祖カミラは「ぱんぱかぱーん」と言って、どこからともなく小さなクラッカーを鳴らした。


「大陸中の本を買い漁りましょう。本はいいわよ。そこに全てが載っているわ」

「…………」


 セロはまた遠い目になった……


 そういえば、カミラには古書を蒐集する癖があったなと思い出した。どうやら今回の事を出汁だしに、最近豊潤になった国庫から資金を捻出させるつもりらしい。


 とはいえ、セロも本好きだったし、何より古の時代から生きる元勇者、もとい旧第六魔王の知恵も借りたいとあって、とりあえずここでカミラを懐柔する為に交換条件を出してみた。


「本を買うのは別に構いませんが……本を読むのにはどうしても時間がかかります。王国の生誕祭は来月で、僕にはあまり時間が残されていません。何か手っ取り早く、文化を学べる為の知恵をいただきたいのですが?」

「いいわよ。そんなの、とても簡単なことじゃない」


 カミラはそう言ってのけると、にこりと笑ってみせた――


「この魔王国に『文化の日』を設ければいいのよ。王国に先んじて、演者パフォーマーや文化人を集めて、講釈レクでも受けてしまえばいいんだわ」


 これが芸術が爆発するフラグになるとは、このときセロもさすがに知る由もなかった。


「芸術は爆発だ」というタイトルから、すでにオチが分かっている話になりますが……


入院している間に幾つかネタが降ってきたので、この後に幾つか外伝、それから王国での生誕祭の後に「古の大戦」、そして第四章に入っていく予定となります。

第三巻発売に合わせて、WEB版が完結出来たらいいなあ……(と、一巻二巻発売日にも言っていたような気ががが。

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