000 第三巻刊行応援SS トリック オア トリート
ハッピーハロウィンというわけで、トリックオアトリートです! なお、前話の記念SS「紅葉狩り」から続くエピソードになりますので、ぜひともそちらからお読みくださいませ。
「おやつをくれないと……おけつを破壊しちゃうぞおおおー!」
午後にセロが魔王城二階の執務室で書類仕事をしていたら、妙な三人組が入って来た。
モタに、ダークエルフの双子ことディンとドゥだ。そういえば、ドゥが午後に用事があると言っていたから、てっきり人造人間エメスの手伝いでもしているのかと思いきや、
「セロー、おやつをおくれー」
「そうですよ。セロ様、おやつをください。じゃないと、悪戯しちゃいますよ」
「えへへ……いたずらっ」
と、ちびっこ三人で集まって、なぜかそんなふうに言ってきた。
しかも、これまたなぜか仮装までしている。三人ともにかぼちゃを刳り抜いて被って、魔女みたいな格好をしているのだ。
まあ、モタはそれが本職なので分かるのだが……ドゥやディンまで真似をしている有り様だ。
「ええと……これはいったい、どういうこと?」
セロがいったん手を止めて尋ねると、モタが「えへん」と胸を張って答えた。
「どうせセロのことだから、『ハロウィン』をろくに知らないんでしょー?」
「ハロウィン?」
「そだよー。子供がおやつをもらえる行事なんだよー。だから、はよ、くれくれー」
「……ほう」
何ともモタにとって都合のよい行事だ。
というか、ドゥやディンはたしかに子供だが、モタはセロと同い年のはずでは?
あと、普段は「わたしが姉で、セロは弟だかんねー」と強弁していることもあって、こういうときだけ子供扱いしてほしいというのは何だかズルいのでは?
と、セロはすぐに思いついたわけだが……何にせよ、ドゥやディンの悪戯はともかく、モタにおけつを破壊されたくなかったし、博識のディンが「ちょっとばかし違いますよ、モタ様」と言い出したのでセロは耳を傾けることにした――
「『ハロウィン』は本来、『万魔節』の前夜祭に当たります。また、王国では一部の地方で来季の豊穣を願う為のお祭りとしても知られているようです」
そんなディンの知識に、セロもモタも「へえ」と相槌を打った。ディンの説明はさらに続く。
「ただ、ルーシー様に伺ってみたところ、第六魔王国において『ハロウィン』は一度として行われたことがないんだとか」
「それはいったい、どうしてなんだい?」
「これは私の推測なのですが……おそらく、この大陸上で『万魔節』そのものが変容してしまったからだと思われます」
ディンの指摘の通り、この大陸における『万魔節』は春先の真祖トマトの収穫祭みたいなものだ。
要は、第六魔王だった真祖カミラと第三魔王の邪竜ファフニールがその時期に集まって話をする場となったので、古の時代や地下世界のものとはずいぶんと異なる。
当然、『万魔節』自体がそんなふうに変容したのだから、前夜祭だって影響を受けたわけで……結果として王国の一地方では豊穣祈願という形に伝わっていった。
そんな話をセロは受けて、「ふうん」と肯いた。
「なるほどね。とても勉強になったよ。ありがとう、ディン。ところでさ――モタ?」
「なあに? セロ?」
「おやつならあげるから、さっきから執務室内に漂っているこの呪詞を消してくれるかな?」
セロが渋々観念すると、モタは機嫌よく「らじゃ!」と言った。
おやつとは言っても、セロも、ルーシーも、甘いものを習慣的に採ってはいないので、仕方なくモノリスの試作機を通じて、メイド長のチェトリエに三時頃に何か持って来てくれるようにお願いした。
「さて、『ハロウィン』については分かったけど……おやつとその仮装はいったい何なんだい?」
セロがそう話を切り出すと、ディンがまた説明をしてくれた。
「セロ様は炎霊たちの存在をご存じですか?」
「うん。さっきエークから聞いたばかりだよ。紅葉の時季になると、『迷いの森』で悪戯を仕出かして困っているんだって? しかも、鬼火っていう古い呼称があるせいで、これまで手を出せなかったんでしょ?」
「あ、はは。ええと……たしかにその通りなのですが……実は、少しだけ違うのです」
「ほう。というと?」
「より正確に言うと、鬼火の討伐についてはドルイドのヌフ様が別の理由で禁じていたのです」
意外な事実にセロは目を丸くした。
はてさて、いったいどんな理由があったのかと、モタやドゥと一緒になってちょこんと首を傾げていたら、
「『迷いの森』ではさすがに農作業が出来ません……危険な魔物も多いので狩猟も限定的で……かつてエルフと袂を分かったダークエルフは食べ物にとても困ったそうなんです」
「うん。そりゃあそうだよね」
「そんなときにダークエルフを助けてくれたのが、炎霊こと鬼火だったそうです」
「どういうこと?」
「実りの秋とよく言われるように、『迷いの森』でも秋には様々な山菜が採れます。鬼火たちはそれらの採取場所をこっそり教えてくれたのだとか」
ここにきてセロはようやく合点がいった。
炎霊たちは悪戯をしたかったわけではなく、ダークエルフたちに親切をしていたのかもしれない……
とはいっても、そこは『迷いの森』だ。迷って帰って来られなかった者だっていただろう。
それが年月を下るにつれて、『ハロウィン』が変容したように、実りに誘う炎霊たちという存在から、徒に惑わす鬼火たちへと変じてしまったのかもしれない。
何にせよ、セロはここにきて鬼火たちにどのように対処するか決めた――
せっかく実りの秋なのだから、鬼火たちの力を借りて、山菜をそれこそお腹いっぱい収穫すればいいのだ。
『迷いの森』については悪霊たちに頼めば惑わされずに済むはずだし、何なら牛頭鬼のチョコラトが治める集落にも知らせて、全員でお祭りとして楽しんだっていい。
「よし! そうしようか!」
セロはドゥにお願いして、すぐに近衛長エークを呼びに行かせた。
後日、第六魔王国に住まう鬼たちが一斉に集まって、季節の山菜だけでなく、屍喰鬼の料理長フィーアや人狼のメイド長チェトリエたちが作ったおやつに舌鼓を打ったのは言うまでもない。
そこではたくさんの鬼火たちが幻想的な紅葉を彩ったのだとか。
ちなみに――
「そういえば……モタ?」
「なあに?」
「何であのとき……おやつをねだったの? 結局、『紅葉狩り』とも……『万魔節』とも……『ハロウィン』とも……おやつは何ら関係なかったように思うんだけど?」
「ギクッ!」
「おや? モタ?」
「いやいやいや! どっかの古の文献で見たんだって!」
「本当に?」
「わたしがおやつのことで間違えるはずがないじゃん!」
「じゃあ、仮装も?」
「そうそうそう。遥か昔に『ハロウィン』はおやつをねだる仮装行事として成立してたんだってば」
セロは「ふうん」と、いかにも曖昧に肯くしかなかった……
はたしてモタにとって都合のよい行事が本当に転がっていたのだろうか? もしあったのだとしたら――世界とは何とも楽しいものである。




