000 第三巻刊行応援SS 紅葉狩り
今回はタイトル上、単話の記念SSのように見せかけていますが、正確には二話構成(前後半の前半部分)で、次話の「トリックオアトリート」に繋がります。
あと、三巻刊行応援などと銘打っていますが、三巻はまだ発売していません。現在、鋭意製作中です(でも、出るのは確定していますよ!)。よろしくお願いいたします。
「いやあ、実に壮観だねえ」
昼食後、魔王城二階のバルコニーからセロは『迷いの森』を眺めていた。
季節は秋。第六魔王国は他の国々と比べて、緑が豊かで、四季がはっきりとしているとあって、隣接する大森林の紅葉にはセロも感嘆するしかなかった。
王国にいたときだってこんなに見事な紅葉は観たことがない。
これならば紅葉狩りのツアーでも組んで、一儲け出来るんじゃないかと……最近はもっぱら魔王というよりも観光大使みたいな発想に偏りがちなセロだったが……
そんなセロのもとに近衛長エークがどこか浮かない顔つきでやって来た。
「おや? いったいどうしたのさ、エーク? 体調でも悪いのかな?」
「あ、セロ様……これは大変失礼いたしました。セロ様の『救い手』もあって健康状態は良好です。わざわざお気遣いいただき、ありがとうございます」
「いや、別にいいよ。それで何か悩み事でもあるのかな? いつもエークには良くしてもらっているから相談事だったら乗るよ」
「ありがとうございます……ふむん。そうですね、実は……」
と、エークが語るところによると――
この時季には『迷いの森』が秋色に染まるだけでなく、森内に異なる変化も訪れるとのこと。
どうやらお盆好きな悪霊のとき同様、真っ赤に燃え盛る炎霊が発生するらしい。
しかも、質が悪いことに炎霊はダークエルフたちにちょっかいをかけて、様々な悪戯をして困らせるようだ。
「セロ様もご存知の通り、現在、私どもダークエルフの多くは城下街に移って、こちらに住まわせていただいています」
「そうだよね。向こうに残っているのは、『迷いの森』にかけた封印などの管理をしている長老たちか、あとは衛兵くらいしかいなかったんじゃなかったっけ?」
「はい。だからこそ……なのです」
つまり、こっちに越してきたダークエルフたちを追って、炎霊たちが森外にわざわざ出て来やしないかとエークは心配していたわけだ。
「一応、確認しておくけど……お盆のときの悪霊みたいに、全裸にブラジャーを着けただけのあれな外見ではないんだよね?」
「ご安心ください。炎霊はかぼちゃを刳り抜いて、人の顔を模したような外見です」
「ふうん。じゃあ、子供たちの教育上、出会うと悪影響を与えるわけではないと?」
「はい。炎霊が厄介なのは――出会った者を惑わすことにあります。自称『秋の森の案内人』を謳っていて、私ども『森の民』たるダークエルフですら迷わせます」
「なるほど。要は、炎霊の生態に詳しくない吸血鬼や人族の冒険者たちが森外でたまたま出くわして、下手に案内されたら大変なことになると?」
「そういうことです」
セロは「ふむん」と息をついた。
とはいえ、お盆のときの悪霊騒ぎに比べれば何ということはなかった。
その程度ならば、注意喚起をしっかりしておくか、何なら炎霊たちの討伐――いわば、紅葉狩りならぬ炎霊狩りをしてしまえばいいだけだ。
セロはそう提案しようとして、エークにちらりと視線をやった。
だが、エークはいまだに浮かない顔つきのままだ。はてさて、いったい何をそんなに悩むことがあるのだろうか……
と、セロが眉をひそめたタイミングで、エークはやっと本心を告げた。
「セロ様。実は……炎霊は古の時代から『鬼火』とも呼ばれているのです」
「ほう。鬼火ねえ」
「そうなんです。鬼火、なのです」
エークがそう強調したので、セロは「ほう、鬼か」と復唱して、ふと無言になった。
「…………」
「…………」
「も、もしかして……ルーシーたち吸血鬼の遠い親戚か何かってこと?」
セロがそう慌てるも、エークはふるふると頭を横に振ってみせた。
実のところ、エークもそこまでは分からないらしい。というか、そんな鬼火といった古めかしい呼称があるせいで、ダークエルフたちも長らく困っていたようだ。
たしかに下手に鬼火を討伐して、万が一にも吸血鬼の仲間だったら、真祖カミラ――延いては第六魔王国と敵対する羽目になる。
しかも、相手は惑わす程度の悪戯しかしてこない。いや、まあ『迷いの森』で惑わされたら、命の危険に直結するものの……
ダークエルフたちがそんな鬼火こと炎霊をなるべく無視して、今だってエークがこんなに困り顔をしているのはそういった事情だったのかと、セロもやっと合点がいった。
ともあれ、それこそ事実の確認が急務だろう。というわけで、セロはすぐにバルコニーにルーシーを呼んだ。
「――ということなんだけど、鬼火ってやっぱりルーシーたちの仲間なのかな?」
セロが首を傾げながら尋ねてみたら、ルーシーはこれみよがしに「はあ」とため息をついた。
エークの困り顔とは対照的に、こちらはいかにも呆れ顔だ。
「それでは逆にセロに聞くが……七夕のときにここにやって来た牛頭鬼のチョコラテも妾の縁者とでもみなしていたのか?」
「いや、それはさすがに……」
「なぜだ? 同じ鬼だぞ?」
「だって、見た目がかなり違うじゃないか。牛頭鬼は亜人族の牛人から派生した魔族のように思えたし……」
「それを言うならば、吸血鬼と鬼火はどこか見た目で似ているところがあるのか? 妾は一度たりとも霊体となって、炎をこの身に纏ったことなどなかったはずだが?」
ルーシーに詰問されて、セロはしゅんとなった。
女性の尻に敷かれがちなセロではあるが、こうなっては魔王としての貫禄など微塵もない……
「いいか、セロよ。吸血鬼とは人型の魔族で、かつ種族スキル『血の多形術』を使える者たちのことだ。特徴としては、棺で寝ること、母たる真祖カミラを筆頭にした貴族的なヒエラルキーがあることなども挙げられる」
「ふむふむ。なるほど」
「だから、小鬼、大鬼、豚鬼、あるいは馬頭鬼や牛頭鬼どもと、吸血鬼は全く違う種族だ。そもそも、彼奴らは『血の多形術』を使えん」
「そういえば……なぜ、それらの魔族には鬼が付いているのかな?」
「そんなのは知らん。むしろ、魔族をそう名付けて分類した、人族側の事情だろう?」
ルーシーがそっけなく言い返すと、セロは「ふむう」と、顎に片手をやって考え込んだ。
王国の大神殿付きの神学校で、セロもそれなりに魔族について学んできたが……その分類学や命名法まではやらなかった。
そもそも、魔族は苛烈な戦闘種族とみなされてきたし、下手に出くわしたら殺しに掛かってくる人族の天敵とあって、これまでその生態も含めてろくに調査が出来なかった。
おかげでその分類学にだって多くの頁は割かれていなかったはずだ……
すると、ルーシーが「はあ」と小さく息をついて、やれやれと肩をすくめてから言った。
「まあ、なぜ鬼として一括りにまとめられてしまったか、だいたいの想像は出来るがな」
「というと?」
「それら鬼と名付けられている種族は北の魔族領に生息している者たちばかりだ」
「そういえば……たしかにね」
「事実、牛頭鬼のチョコラトが治めている集落も『迷いの森』の奥地にある」
「なるほど。第六魔王国は吸血鬼の統治する国家だから、そこに棲む魔族に対して十把一絡げに鬼と付けたってわけか」
セロは手をぽんと叩いた。
たしかに西の魔族領の魔族はまとめて亡者とされている。同様に、東だって虫で一括りだ。
実際には、もっと多様な生態や例外だってあるものの、細かく分類されることはあまりない。
「もしかしたら……魔物や魔族の博物学をやってみるのも面白いかもしれないね」
根が生真面目な聖職者だったこともあって、セロはそう呟いた。
何なら巴術士ジージあたりに人族の学者を紹介してもらってもいい。
それに亜人族や魔族の中にも、ドルイドのヌフや人造人間エメスみたいな研究好きはいるから、そんな専門チームを作るのもありかもしれない。
いずれは王国の神学校みたいな研究・教育施設を造って――と、いつしかセロの目はきらきらと子供のように輝いていた。
すると、エークがおずおずと尋ねてくる。
「ところで、セロ様……炎霊こと鬼火については如何いたしましょうか? 早速、討伐隊でも組みますか?」
「あ、そっか……そういや、そっちが本題だったよね」
「はい。吸血鬼と何ら関係ないと分かった以上、最早、以前みたいに手をこまねく必要はありません」
エークが「ふんす」と鼻息を荒くすると、ルーシーが話に割って入った。
「炎霊の悪戯か……それこそ、悪霊のときと同様に代表者を呼びつけて叱ってやればいいだけだ。セロは魔王なのだ。従わなければ滅ぼすとでも言えば、大人しくするだろうさ」
そんなルーシーの言葉にセロはこくりと肯きかけたものの……どこか腑に落ちなかった。
何でもかんでも力で解決するというのは、たしかに魔族らしい単純さでいいのだが、セロとしてはなるべく穏便に済ませたい。
そもそも、他の鬼たち同様に第六魔王国の仲間だ。牛頭鬼チョコラトたちの集落みたいに共存出来るはずだ。
「はてさて……これはどうしたもんかね」
結局のところ、このときセロは顎に手をやったまま良いアイデアが出ずに、眼下に広がる紅葉を見つめ続けるのだった。
というわけで、次話の「トリックオアトリート」に繋がります。
ちなみに、今話に出てきた「七夕(決戦の金曜日)」や「お盆」についてのエピソードは記念SSとして公開していますので、未読の方はよろしければご覧ください。




