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000 第三巻新規エピソード感謝SS スポーツの日

「さて、セロ殿……本日はこんな奥まった原っぱに集まって……いったい何をするおつもりなのですかな? 一応、親善試合だとお聞きしておりますが?」


 王国の新たな現王シュペル・ヴァンディスはおずおずと尋ねた。


 今、シュペルは幾人かの配下を引き連れて、第六魔王国の温水プールの先にある平原に来ている。


 このずっと奥には北海に面した吸血鬼モルモの住む古塔があるだけで、まだろくに開発されていない手つかずの大地だ。


 もっとも、手つかずとはいえ、地面グラウンドはすでにヤモリたちによってならされて、生い茂っていた雑草も短く整えられた芝に張り替えられている。


 そんな原っぱには長々と白線が引かれ、ダイヤモンドを模した四隅に白石ベースも置かれて、奥には高いフェンスまで設けてある。


 急(ごしら)えの客席スタンドにはダークエルフや吸血鬼たちが観戦していて、魔性の酒場(ガールズバー)夢魔サキュバスたちがせっせと麦酒を運ぶ。


 さらには温泉宿から屍喰鬼グールたちまで出張ってきて、屋台を開いて軽食も提供している。


 温水プールも近いことから、これはちょっとしたボールパークと言っていいかもしれない……


 そんなグラウンド脇では、第六魔王国の選手まぞくたちが勢いよく棍棒バットを振り回し、あるいは白球をぶつけ合って……練習というよりも互いに攻撃を繰り返している。


 当然、この光景にはシュペルも首を傾げ、何とも呆然と眺めるしかなかった……


 すると、そんなシュペルに対して、セロはにこにこと笑みを浮かべながら逆に問い返してきた。


「シュペル王は野球をご存じですか?」

「野球……ですか? いえ、聞いたことがありませんな」

いにしえの時代より遥か以前に流行った球技スポーツだったそうですよ」

「ほう。球技ですか……」


 シュペルは「ふむん」と息をついた。


 現代の王国には古代の球技は伝えられていない。あるとしたら旧門貴族の間でたまにやっている蹴鞠けまり程度で、


「いくでおじゃるよー」

「ほいでおじゃる」


 と、まあ、極めてみやびで、長閑のどかなものに過ぎない。


 だから、こんなふうに魔族たちが鬼気迫る表情で打ち込むような球技は、シュペルには全く見慣れないものだった。


 すると、セロが笑みを崩さず、丁寧に説明を始める。


人造人間フランケンシュタインエメスのデータベースに残っていたのですが、かつてはこうした野球などの球技を通じて、国家同士が友誼ゆうぎを結んだのだとか」

「ほう。たしかに古い文献で読んだことがありますな……様々な球技がちょっとした代理戦争や、もしくは平和の祭典になっていた、と」


 現王シュペルはそう言って、「ふむふむ」と首肯してみせた。


 第六魔王国が大陸の覇を唱えたことで、王国にも平和が訪れた。となると、今後は――逆に貴族が抱えている騎士たちの食い扶持に困ることになる。


 そういう意味では、白球、棍棒バットに独特な皮手袋グローブと、必要な道具は多そうだが、球技による代理戦争が流行れば、そんな騎士たちにとっては渡りに船となるかもしれない。


 もしかしたら、元人族で聖職者のセロはそんな王国の事情を鑑みて、シュペルをわざわざ誘ってくれたのだろうか。


 たしかに魔族だけでやるよりも、人族、亜人族にも伝えて、国家同士で張り合った方が面白いに違いない。


 そんなことを現王シュペルがつらつらと考えていると、


「で、なあ、セロよ……この野球ってのは、いったいどうすりゃいいんだ?」


 シュペルが連れてきた一人――モンクのパーンチが魔族たち同様に棍棒をぶんっと振りながら質問した。


「じゃあ、パーンチ。まず、そこのバッターボックスに立ってもらえるかな」

「おう、いいぜ。右、左、どっちでもいいのか?」

「振りやすい方でいいよ」


 セロにそう言われたので、パーンチは右打席に立った。


「ところで、セロ殿……あのダイヤモンドの真ん中の小山マウンドに設置してあるモノは……いったい何なのですか?」


 現王シュペルは顎に片手をやりながら尋ねた。


 小山の上には二メートルほどのモノリスが置かれていた。そのモノリスにはシュペルの知らない人物が映っている。


「あれは投手と言います。野球は投手が投げて、打者が打つというシンプルな球技なんですよ」

「なるほど。今回は我が王国と、第六魔王国との親善試合だと伺っておりましたが……魔族の投手がじかに投げるわけではないのですね?」

「はい。人族に比べると、魔族は不死性を有して長く生きているだけあって、身体能力ステータスにどうしても差が出てしまいます。投げる球の速度も音速を超えることがあるので、人族の目ではどうしても捉えきれません。その為、今回は事前にああして、|かかしFUJINAMIピッチングマシンを用意しました」

「かかし……FUJINAMI……?」

「エメスのデータベース上では、人族最高の野球選手は『OHTANI』と出ました。とはいえ、さすがに野球をやったことのない打者に対してOHTANIを模したかかしの球は酷だろうということで、その当時に最低指標(※1)の成績を残した『FUJINAMI』という投手を模したんです」

「なるほど。わざわざ手加減してくださったわけですな」


 現王シュペルは「うんうん」と肯いた。


 ここらへんもセロのやさしい配慮なのだろう。シュペルは早速、打席に立ったパーンチに対して、「かっとばせよ」と声を掛けた。


 直後だ。


 ぶんっ、と。


 マウンド上のかかしFUJIが投げたストレートは轟音を上げて、パーンチの頭に直撃した……


 ……

 …………

 ……………………


 パーンチは即死した。


 より正確には一時的に死んだが、その場に控えていた巴術士ジージの法術によって何とか一塁上まで運ばれて蘇生された。


 当然、シュペルは無言のまま、その様子を見守ったわけだが……どういう訳か、セロは相変わらずにこにこと笑みを崩さなかった。


「死球ですね。エメスによると、この野球という球技は当時から打者をいかに殺して(・・・)いくか――つまり、死球や牽制死などで相手を討ち取る(・・・・)ものだったそうです。逆に、投手は炎上・・させられて、その火を消すのも大変だったようですよ」

「な、な、なるほど……なかなかに熱い球技なのですな」


 シュペルが唖然としていると、「ふむ。面白いではないか」と、一人の筋肉馬鹿が進み出た。


 聖騎士団長マッスルである。自らの法術によって身体強化バフを施して、棍棒ではなく、丸太をぶんぶんと振り回して、の打席に立った。


「ほう。さすがは王国の誇る聖騎士団長……どうやらたった一球で、かかしFUJIの弱点を見抜いたようですね」


 セロがしたり顔で言うと、現王シュペルは「というと?」と話の先を促した。


「あのかかしFUJIは右打者に対しては『死神』とまで謳われて恐れられたようですが……左打者を並べられると凡庸になったそうです」


 実際に、頭を狙われることがなくなったことで、聖騎士団長マッスルは躊躇ためらいなく踏み込むことができ、ついには待ってましたとばかりにフルスイングした。


 刹那。かきーん、と。


 丸太のくせして気持ちいいほどに芯に当たった音が鳴ると、打球はぐんぐんと宙に上がった。


 が。


 不思議なことに、途上で吹き戻されたかのように勢いをなくしてフェンス前で捕球される。


「セロ殿……今、何だか不自然な突風が吹き荒れたように見えましたぞ」


 現王シュペルがそう抗議するも、セロはまたしたり顔で言い切った。


「エメスによると、この球場はかつて野球の聖地とされた『東京ドーム』なるものを模したそうです。実は認識阻害で見えなくしていますが、雨避けとして卵型の屋根が張ってあるんです。その上層では風が吹くからくり(・・・・)が仕込まれていて、これは当時の仕様なんだそうですよ」

「な、な、なるほど……いわゆる一つの地の利ということでしょうか」


 シュペルが憮然としていると、「ならば、私が騎士団長殿の仇を討ちましょう!」と、女聖騎士キャトルが進み出た。


 そろそろこの野球なる球技の怪しさに気づき始めたシュペルはというと……両手を胸の前で組んで、愛娘に何事も起こらないようにと祈るしかなかった。


 そんな祈りが通じたのか、かかしFUJIは制球が乱れっぱなしで、結局、キャトルは四球によって一塁に進んだ。


 次の打者はエルフの狙撃手トゥレスだ。いわゆる大森林群からやって来た、助っ人外国人だったわけだが――


 シュペルはやれやれと、とてもすまなそうにセロに伝える。


「セロ殿……大変申し訳ない。どうやらトゥレスは『神のお告げが聞こえた(※2)』とか何とかで帰ってしまったようだ」


 これにはセロも「うーん」と呻った。


 トゥレスなりに危険を察知して、すらこらさっさと逃げ出したのだろう。


 何にしても、シュペルは次の打者を用意しつつも、「ん?」と眉をひそめてセロに尋ねた。


「ところで、セロ殿……我が娘キャトルが一塁を守っている吸血鬼と剣でもって戦っているように見えるのだが……あれは何事なのだろうか? もしや乱闘か?」

「ああ、問題ありません。あれは刺殺・・しようとしているんですよ」

「し、刺殺ううう?」

「はい。一塁から離れてリードした選手を牽制して殺すことだそうです」

「な、なるほど……先程仰られた牽制死というやつですか……それで塁間で激しく刺し合っているのですな。いやはや、野球とは死と隣り合わせの球技なんですなあ」

「おや? どうやら死球で出ていたパーンチは二塁上で刺されたようですね」

「……背後から見事な一刺しでしたな」


 ともあれ、そんなふうに王国側は幾人か死者を出しながらも親善試合は進んでいった。


 時には消える魔球だったり、バントでホームランだったり、何なら一振りで十点(芸術点含む)入ったりと……


 そんな理不尽な展開ながらも、王国側はよく健闘した。


 もっとも、そんな善戦も虚しく……シュペルも含めて人族側が全員死んで、残機ゼロになったところで試合終了ゲームオーバーになった。


 もちろん、巴術士ジージとドルイドのヌフの『蘇生』によって全員が無事に生き返れたものの……


 当然のことながら、この大陸でついぞ野球が流行ることはなく、かえって蹴鞠が球蹴り(サッカー)へと発展していったのだから皮肉なものである。


 後年、生死を賭した闘技場(ボールパーク)でセロは「野球はとても面白いのになあ」と嘆いたとかなんとか……


次のSSはハロウィンネタになると思います。以下、作中の注釈です。



※1 藤浪晋太郎選手は今季のMLBにて、勝利貢献度を示すWARで「-2.1」(ベースボール・リファレンス算出)となり、投手858人、野手764人、合計1622人の中で1622位となった。なお、大谷翔平選手は10.0で1位。


※2 MLBにて二度のオールスターに選出され、ミスターレッドソックスとも謳われたグリーンウェル選手は阪神に助っ人として加入したものの、シーズン途中に謎の神託を受けて帰国して引退した。

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