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000 第三巻新規エピソード募集告知SS 十三夜

月見バーガーうまうまの時季になりましたが、いまだに秋の入口は遠く、まだまだ夏の暑さが続いて嫌になっちゃいますね。そのうち秋のネタでSSが書けなくなるんじゃないかと思いつつ……何にしても、今月は「お月見」で一本いきます。


そういえば、観月についてあまり詳しくなかったので簡単に調べたのですが、八月が十五夜、九月は十三夜――あと、それら慣習の他に月の出方、もしくは満ち欠けに合わせて、十六夜いざよい、十七夜、二十三夜もあるのだとか……


いやはや、月見バーガー、月見そばに月見団子と、見事に食べ物くらいしかよく知らなかった観月もなかなかに奥深いものです。


ちなみにタイトルにある「第三巻新規エピソード募集」の件につきましては、あとがきにて触れます。


「ふう……」

「むう……」


 夜、セロは温泉宿泊施設の宴会場の縁側でダークエルフの付き人ドゥと一緒に仲良くまったりしていた。


 今日は温泉宿にお客さんもほとんど泊っておらず、宴会場だって貸し切りみたいなものだ。おかげでセロは屍喰鬼グールの料理長フィーアが作ってくれた夕食に舌鼓を打ち、赤湯に長々と浸かって、現在はこうしてゆっくり涼をとっている。


 すると、セロよりも長湯をしてきたルーシーに声を掛けられた。


「セロよ、待たせたな。それより、やけに感慨深く夜空を見上げて、いったいどうしたというのだ?」

「いやあ……そろそろ月見の時季だなあと思ってね」

「月見だと?」

「うん。月見ってのは人族の風習で、このくらいの季節になると夜も涼しくなってくるから、こうやって縁側なんかで観月を楽しむんだよ」

「ほう。なかなかにみやびな習慣ではないか」

「魔族にはそういったのはないの?」


 セロが素直に尋ねると、ルーシーは顎に手をやってから「ふむん」と息をついた。


 そして、そばに控えていた宿屋の大将こと人狼の執事アジーンにちらりと意味ありげな視線をやった。


 そのとき、セロは無性に嫌な予感がした――これはもしかしたらいつものパターンかもしれない。なぜかは知らないが、人族の慣習は魔族圏においてやけに可笑しなものに変容していることが多い。しかも、そんな受容に伴ってセロはずいぶんと苦労させられてきた……


 だから、セロが慌てて立ち上がって、「じゃ、じゃあ……僕はそろそろ……おいとましようかなあ、なんて」などと言ったものだから……これまたまたなぜかルーシーにがっしりと肩を掴まれる羽目になった。


「すまんな。ちょっとだけ待ってほしいのだ、セロよ」


 そのルーシーはというと、やはり意味深に「月を見るといえば――」と、アジーンにその先を振ってみせる。


「はい。そうですね、ルーシー様……たしかにそんな時季がやってきましたか」


 アジーンがいかにもしたり顔で肯いたので、セロは「あちゃー」と額に片手をやった。


 さすがにセロも慣れてきたもので、何となく話が見えてきた。アジーンは人狼だ。人狼といえば、満月によって巨狼に変じる種族だ。となると、十三夜あたりには全員が野性に戻って、わんわんと暴れまわってえらいことになるのかもしれない……


 というわけで、そんな面倒事は近衛長のエークにでも押し付けようかなと、セロがいかにも挙動不審といった感じできょろきょろしていると――


 そこに魔女のモタが宴会場に入ってきた。


「セロー。もっへひたべい(持ってきたぜい)!」


 口をもぐもぐさせていたので聞き取りづらかったが……どうやらお皿にお団子を乗せて、セロやドゥと一緒に月見団子と洒落込むつもりのようだ。


 普段だったら、「気が利くね」と褒めてあげたいところだったが、このときばかりはセロも「嗚呼……」と俯きがちになった。最早、こうなったら年貢の納めどきか――団子をもぐもぐしながら、アジーンの話にしっかりと耳を傾けなくてはいけないのかもしれない。


 もっとも、モタはというと、そんなセロの態度にきょとんとしたものの、先につまんでいた団子をごくりと飲み込んでから、


「ルーシーやアジーンも、ささ、どぞどぞ」


 と、団子を配り始めた。


 そうやって皆に一通り渡ったところで、当のアジーンがやっと口を開いた。


「団子とは――まさにちょうど良いタイミングでした。実のところ、観月にちなんでセロ様にお話ししたいことがあったのです」

「ええと……もしかして、皆が巨狼になって暴れちゃうって話かな?」

「いやいや、まさか! そんなことはいたしませんよ!」

「あ、そうなの」

「はい。そもそも、巨狼になってもきちんと意識は保っていられます。暴れたりなどいたしません……まあ、多少テンションがハイになっちゃうかもしれませんが」

「……ハイに?」

「ちょっとだけです」


 何だかモンクのパーンチの「さきっぽだけ」に似た雰囲気ではあったものの、セロはそこで「ふうん」と一応納得した。


 どうやら今回はいつものような荒事はないらしい……血の雨(梅雨)のときも、七夕の格闘戦のときも、イベントごとにはやたらと戦わされてきたので、セロはようやく「ほっ」と息をついてからアジーンに真っ直ぐ向き合った。


「実は、セロ様に折り入って相談したかったのは……この団子のことなのです」

「団子? これまたなぜ?」


 セロが首を傾げると、今度はルーシーが話を継いだ。


「うむ。この時季になると、母上はいつも金毛和牛を狩ってきたのだ」

「その金毛和牛って何なのさ? いかにも黒毛和牛みたいな響きがあるんだけど……」

「ほう。セロは黒毛和牛を知っているのだな?」

「うん、そりゃあね。勇者パーティー時代に王城で食べたことがあるから。たしか……『火の国』のそばの村々で放牧されている牛で、その肉は王侯貴族でないと食べられないほどの高級品とされていたはずだよ。僕も一度しか食べたことがないなあ」

「ねー。頬が落ちそうなくらい、美味しかったよねー」


 モタが話を締めると、ルーシーは「ふむふむ」と幾度か肯いてみせた。


「なるほど。そこまで知っているのならば話が早い。その黒毛和牛は野獣のくくりだが、金毛和牛は魔獣でな。その肉質は黒毛以上と謳われている」


 直後、セロとモタは「じゅるり」と、涎を垂らしかけた。


 普段、真祖トマト以外にあまり食べないルーシーにそこまで言わせるのだから、これは相当なものに違いない。ただ、冒険者時代に魔獣についてそれなりに学んできたセロでも、金毛和牛については聞いた覚えがなかった……


 だから、セロがいまだに首を傾げていたら、アジーンが団子を掌でもてあそびながら話した。


「金毛和牛はとても希少なのです。事実、絶滅危惧種と言ってもいいほどに見かけない魔獣です。手前てまえでも、生きている金毛和牛を見かけたことは一度もありません」

「へえ。そんなにかあ……ところで、いったいこの話の本題は何なのかな?」

「ですから、セロ様に狩ってきていただきたいのです」

「まさかと思うけど――」

「はい。その金毛和牛を、です」


 それきたことかと、セロはげんなりした表情になった。


 さらに詳しく話を聞いてみたところ、どうやらこの時季になると、真祖カミラはどこからもともなく金毛和牛の肉を手に入れて、それを肉団子にして人狼たちに振舞ってきたらしい。


 要は、長年使用人として仕えてくれた人狼に対する主人からの精一杯のご褒美みたいなもので、今年は魔王がセロへと代替わりこともあって、アジーンもこの話を持ち出すべきかどうか悩んだとのこと。


 何なら人狼たちで狩りに行こうかと悩んで……結局、ルーシーに相談してみたところ、「折を見てセロに話しかけようか」となって、現在に至ったそうだ。


 もちろんセロからすれば、「じゃあ、今年から肉団子は止めようか」と言い出せればよかったのだが……


 アジーンも含めて宴会場に控えていた人狼メイドたちがやけに期待のこもった眼差しでもってセロを見つめてくる上に、セロ自身も元聖職者で生真面目な性格ということも手伝ってか、


「ねえ、ルーシー? 真祖カミラはいったいどこで金毛和牛を狩ってきたのかな?」


 と、ついつい尋ねてしまった。


 だが、ルーシーでも、残念ながらよくは知らないらしい……


「セロよ。それが分かっていれば、こんなふうにもったいぶって相談事などしない」

「まあ、そうだよね……目撃情報くらいはないのかな?」

「ほとんど伝説級の魔獣だからな。どこぞの銀色のスライムよりも、この金色の牛は遥かに戦闘経験を得られるらしく、ずいぶんと昔に狩られまくったそうだ。おかげでその生息領域テリトリーすら、現代ではついぞ伝えられていない」

「そっかあ」


 セロは暗澹たる顔つきになった。


 吸血鬼のルーシーや人狼のアジーンも知らないということで、次に一縷の望みをもってダークエルフの近衛長エークに視線をやったわけだが……


「申し訳ありません、セロ様。私は金毛和牛の存在すら知りませんでした」

「ディンやドゥもやっぱり知らない?」

「はい、存じません」

「……ん」


 すると、そのタイミングでドルイドのヌフと人造人間フランケンシュタインエメスが宴会場に入ってきたので、セロは最後の期待を込めて尋ねてみた。


「二人はどうかな? 金毛和牛がどこにいるか知らない?」

「当方は森の奥にこもってきたので……聞いたことがありませんね」

「小生も長らく魔王城地下に囚われてきましたので、魔獣の生息域に関する情報はまだ更新できていません、終了オーバー


 セロはガックリトホホと項垂れるしかなかった。


 はてさて、こうなると真祖カミラはいったいどこで金毛和牛を仕留めてきたのか……


 魔獣ということは魔核を潰さない限りは消滅しないわけだから、もしかしたらどこかで死なない程度に痛めつけてひっそりと捕えてきたのかもしれない……


 ここにきてセロはついに絶望的な表情になった。


 今回ばかりは無理なんじゃないかなと、さすがにセロも弱音を吐くしかなかった――


 とまれ、そんなふうに諦めかけたときだった。皆がどよーんと曇りがちな表情で、セロ同様に俯きがちになっていく中で、唯一、団子をもぐもぐと食べていたモタが口を開いたのだ。


「金毛和牛のお肉だったらあるよー」


 いかにも呑気な声音だった。


 だが、その瞬間、当然のことながら、全員が「え?」とモタを見つめる。


 モタはというと、そんな注目に驚いたのか、「ほら!」と、慌ててアイテムボックスから新鮮な肉を一枚取り出した。


「見て見て! 金毛和牛の極上肉! 嘘じゃないでしょー」


 セロはそれを初めて見たわけだが……


 たしかに肉なのに赤みではなく黄金みを帯びていた。どうやら後光が差すほどに美味しそうなお肉のようだ。


 これには宴会場にいた全員が「じゅるり」と涎を垂らしながらも、人狼メイドたちは「おおー! これぞ紛う方なく黄金肉です!」と膝を床に突いて、モタを崇め立てる始末だ。


 もっとも、セロは相変わらず首を傾げながら尋ねるしかなかった。


「ええと、いったい……どこで手に入れていたのさ?」

「ふつーにメニャンから買ったよー。ハーフリング価格でかなり安くしてもらっちった」


 そこでセロは「はっ」として、ぽんっと手を叩いた。


 たしかに大陸各地を旅するハーフリングの商隊出身のメニャンなら持っている可能性は高い。そもそも、メニャンは食材担当だったはずだ。今だって真祖トマトの商いを一任されている。


 何にしても、セロはすぐさまメニャンを呼んだ。


「はいはい。いったいどうしたんっスか? 皆さん、こんなに集まって?」

「メニャンに聞きたいんだけど……金毛和牛の在庫ってまだ持っていたりするかな?」

「ふふん。もちのろんっスよ」


 メニャンによると、金毛和牛はたしかに希少かつ高級ではあるものの手に入らないほどでもないとのこと。


 さすがに商売ネタの話なので詳しく語ってくれなかったが、数年に一回ほど仕入れる機会があるそうで、この大陸で出回っている金毛和牛のお肉はハーフリングたちで独占しているらしい……


「へえ。そうだったんだ」


 セロは「とりあえず手に入って良かったよ」と、やっと一息ついた。これでやっと新たに立った魔王として面子が保たれるというものだ。


「そういえば、ハーフリングで独占ってことは……真祖カミラはいったいどこから手に入れてきたんだろう?」


 セロがふいにそんな疑問を口にすると、メニャンが「もしかしたら――」と答えてくれた。


「毎年、第二真祖のモルモ様に卸していたんスよ。カミラ様と違って、モルモ様はお肉が好きなようで、第六魔王国ではお得意様だったっス」


 なるほど。そういうことかと、セロも納得した。


 魔王城でハーフリングの商隊から仕入れるよりも、どこからふらりとお肉だけを持ってきた方が、使用人の人狼たちにありがたられると、そんな演出を考えついたのかもしれない……


 結局のところ、その年の十三夜は屍喰鬼グールの料理長フィーアに頼んで、金毛和牛の肉団子を作ってもらった。それを食べた全員の頬が落ちるかというぐらいに美味しくて、その後にセロはわざわざ金毛和牛捕獲隊を結成するに至るのだが――それはまた別の話となる。


というわけで、WEB版には出てこないハーフリング商隊出身の主要キャラのメニャンが出てきました。気になる方は発売中の『トマト畑 二巻』をご覧くださいませ。そんな宣伝含みのSSでした。


さて、二巻でのエピソード募集企画「#セロ様聞いて下さい」と同様に、三巻でもX(Twitter)上にて「#モタさん聞いて」のハッシュタグにて募集が始まりました。詳しくは下記画像に詳細を載せていますのでご確認くださいませ。


よろしくお願いいたします。


挿絵(By みてみん)


※現在、新規エピソードは毎週日曜日に外伝Ⅱに付け足しています。ご了承くださいませ。

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