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000 第二巻発売記念SS お盆(前半)

血の雨といい、七夕といい、また今回のお盆といい、ファンタジー世界のはずなのに、なぜこんな日本的要素満載のネタでSSが出てくるのかとツッコミを入れたら負けです。


なお、タイトルは『お盆』と書いて、ルビは「おぼいん」と読みます……(なお作中では一部を除き、きちんと「おぼん」です)


時系列としてはWEB版の第一章、また書籍第一巻の後の出来事となります。


 その日、セロは魔王城二階のバルコニーから『迷いの森』のずっと先を見つめていた。


「セロよ。どうしたのだ? がそんなに気になるのか?」


 すると、背後からルーシーに声をかけられた。


 西の魔族領から生じた濃霧のせいでよく見えないものの、どうやらルーシーは迷いの森と湿地帯の間にある砦のことをセロが気にかけていると勘違いしたようだ……


「いや、ルーシー。違うよ。気にしているのは砦じゃないんだ」

「では、いったい何だというのだ? あんなところに他に何かあったか?」

「うん。そろそろ……おぼんの時期だなと思ってね」


 セロはそう言って、「はあ」とため息をついた。


 ちなみに、セロの出身たる王国にも祖霊を祀る為のお盆という行事はある。特に、セロは元聖職者ということもあって、それに積極的にかかわってきた。


 だから、セロはいかにも心配そうに遠くに目をやりながら呟いた。


「西の魔族領からあぶれ(・・・)なければいいんだけどね……」

「ふむん。よく分からんな……いったい、お盆に何があぶれるというのだ?」


 ルーシーはそう言って、九十度ほども首を傾げてみせた。


 相変わらず体が柔らかいなとセロは思ったが……そんなルーシーの疑問も、これまた仕方のないものだろう。というのも、王国のお盆とは一言でいえば――亡者の大量発生スタンピードに当たるからだ。


 毎年、お盆の時期には、祖霊が生ける屍(リビングデッド)となって彼岸、もとい西の魔族領と王国西の城塞の境界線まで大量にやって来る。その為、亡者を浄化するのが供養とされて、この日ばかりは神殿の騎士団だけでなく、神学校に所属する神学生も含めて総動員がかかる。


 もちろん、当時はセロもわざわざ王国西の城塞まで出向いて、護衛の冒険者たちの放った火魔術に合わせて「たーまやー!」とか、「かーぎやー!」とかといった掛け声を発して合戦を盛り立てたものだ。


 そんな話をセロがすると、ルーシーは「ふうん」と肯いてから、


「なるほどな。王国ではお盆はそういう行事になっているのか」

「あまり驚かないところを見るに……もしかして、ここ第六魔王国にもお盆はあるの?」

「もちろんだ。王国とは違って、湿地帯から生ける屍がわざわざこちらに出てくるのではなく――迷いの森から悪霊レイスどもが湧いてくるのだ」


 ルーシーの言葉にセロは「悪霊?」と驚いた。


 大まかなくくりだと、精霊スプリットは亜人族、そして悪霊レイスは魔族となる。どちらも実体を持たない霊体で、物理攻撃をほぼ無効化する上に、様々なモノをすり抜ける特性を持つ点は共通している。ただし、特定の場所に縛られる傾向があって、滅多にその場から動くことがない。


 だから、セロは土地に自縛される悪霊が大量発生して湧いて出てくることに目を大きく見開いたわけだ。何なら、今から迷いの森の入口付近に『溶岩マグマ』でも設置しようかと思ったほどだ。


 実際に、悪霊はその土地を汚す。特に子供に(・・・)悪影響をもたらすとされて、見かけたらすぐに駆除すべきと大神殿では学んだが……残念ながら、これまでセロは悪霊に出くわしたことがなかった。開けた湿地帯にはおらず、森や洞窟などにひっそりと棲んでいるからだ。


 そんなタイミングで近衛長のエークがちょうど駆けつけて来る――


「良かった。セロ様もこちらにいらっしゃったのですね」

「うん。僕も……ということは、もしかして僕じゃなくて、ルーシーに用事があったのかな?」

「いえ、お二人共です。実は、お盆の件でお二人を訪ねてきた者がおりまして」


 どうやらエークも迷いの森の管轄長だったこともあって、お盆のことはよく知っているらしい。


 何はともあれ、セロとルーシーは早速、その客人を迎える為に魔王城の二階の玉座の間に向かった。もしかしたら、先日の牛鬼ミノタウロスのチョコラトみたいに悪霊の大量発生に困っている魔族が相談にでも来たのかと思っていたら、


「それでは前に進み出よ! 拝謁を許す!」


 というエークの掛け声と共に、一人の魔族が玉座の間に入ってきた――よりにもよって悪霊・・だ。


 人型ではあるものの、膝から下がなく、宙に浮いている。しかも、全裸だ。いや、より正確に言えば、どういう訳か……男性らしき霊体のはずなのに胸にブラジャーを着けていた……


「…………」


 セロは無言で、どこか白々と遠い目になったものの……


 もしかしたら迷いの森の悪霊は何かしら事情があって、そんな奇抜な民族・・衣装でもしているのかなと納得することにした。少なくとも、エークみたいに性癖的にあれ(・・)な感じではないと信じたかった。


 というか、もしかして悪霊が土地を汚して、子供に悪影響を与えるって……あの格好のせいじゃないよなと、「うーん」と腕を組んだほどだ。


 すると、装いこそあれっぽかったが、その悪霊はいかにも恭しく、わりとまともな挨拶をしてくる。


「愚者セロ様。新たに第六魔王になられたこと、心よりお祝い申し上げます」

「え、ええ……ありがとうございます」

「それから、ルーシー様。前代のカミラ様が亡くなられたこと。ご愁傷さまです」

「ふむん。母はこのセロと戦って魔王としての役割をしかと務めた。出来ることならば、そのほまれを貴様らの中でも語り継いでほしいものだ」


 ルーシーがそう伝えると、悪霊は「畏まりました」と頭を下げてからセロに視線を戻した。


「ところで、セロ様。今回はお盆について相談したく馳せ参じました」

「はい。聞いています。僕は元人族だったので王国のお盆についてはそれなりに知っていますが、第六魔王国のものについては詳しくありません。出来れば、そのことを踏まえて話をしていただけると助かります」


 セロがそう言うと、悪霊はなぜかもじもじしながら自らの胸、もといブラジャーを揉みしだいた……


 その時点で、セロは何だか嫌な予感しかしなかった。梅雨のときの血の雨といい、七夕のロマンスもとい格闘戦マッチアップといい、第六魔王国のイベントごとにはろくなものがないせいだ。これまた魔族的に可笑しな話が出てくるんだろうなと、セロはとりあえず警戒した。


 すると、悪霊は胸を揉んだことで落ち着いたのか、「ふう」と息をついてから話を始めた。さながら賢者タイムの如き表情だ。


「セロ様はお盆の時期になぜ真祖トマトが供えられるかご存知でしょうか?」

「え? お供え? それに真祖トマトを?」


 当然、セロにとっては初めて聞く話だったので「いえ、知りません」と素直に答えた。


「ルーシー様は如何ですか?」

「いや、わらわも実は詳しくないな。生まれたときから母が供えていたものだし、当国の名産物だから疑問に思ったこともなかった」


 さらにルーシーが近衛長のエークや人狼の執事アジーンにちらりと視線をやるも、二人共に頭を横に振った。どうやら玉座の間には第六魔王国のお盆の名称や風習について悪霊以上に知っている者はいなさそうだ……


「それではご説明させていただきます。お盆とは、その名の通りに私ども亡者に対するお供え物を乗せるに由来する行事です。王国の人族の神官どもはそのことを忘れて、お供えをするどころか……毎年、湿地帯の亡者を浄化しようと総力戦を仕掛けてきますが」

「はあ……すいません」


 最早、セロは人族ではなかったものの、悪霊がいかにもけしからんといったふうにぷんぷんと怒っていたので、元聖職者としてさりげなく謝ってあげた。


「しかしながら、こちらの第六魔王国では、前代の真祖カミラ様が古来の風習に詳しかったようで、わざわざ真祖トマトをお供えくださいました」


 悪霊はそう言って、セロとルーシーに対してまた恭しく頭を下げた。


 ここにきてセロは「ふむふむ」と息をついた。お盆の本来の名称と風習については理解出来た。だが、セロには一つだけよく分からないことがあった。


 そもそも、今年もこのままいけば、ルーシー、エークやアジーンが例年通りに真祖トマトを盆に乗せて迷いの森の亡者に対してお供えしてあげたはずだ。それなのに悪霊はこうして魔王城まで出張ってきた。


 ということは、もしかしたら新たに第六魔王となったセロが元聖職者だったと知って、「そんなお供えは必要ない」と言い出しかねないと、この悪霊はわざわざ諫言にでも来たのだろうか? それほどにお盆の真祖トマトは悪霊たちにとって必要なものなのだろうか?


 すると、悪霊はやっと本題を切り出してきた――


「実のところ、長年真祖トマトをお供えいただいてとてもありがたかったのですが……いにしえの時代に私どもはカミラ様に、トマトが欲しい、と申し出たわけではなかったのです」


 セロは眉をひそめた。


 たしかに食事を取る必要のない魔族に真祖トマトをお供えしても腐らせるだけだろう。相手が霊体ならなおさらだ。


 とはいえ、第六魔王国では真祖トマト以外はろくに採れない。また花を供えるにしても、この悪霊は迷いの森から来ている。花など毎日のように見て飽きているはずだ……


 ともあれ、そんなふうにセロがつらつらと考えていると、悪霊は再度、胸を揉みしだいて賢者タイムになってから「ふう」と一息ついた。


 ……

 …………

 ……………………


 わずかな間隙。嫌な空気が流れた。


 セロは「さあ、くるか」と警戒の度合いを強めた。とはいえ、バレンタインや七夕を乗り切ったのだ。それ以上の可笑しな出来事は早々にやって来ないだろうと、セロも高を括っていた。


 が。


 悪霊は極めて冷静沈着な顔つきでもって、さながら賢者の如く、こう言い切ったのだ。


「はっきりと申し上げます。私どもはおぼんに一度でもいいから――揉みたいのです! 本物のぼいん(・・・)を! でなければ、死んでも死にきれません!」


 セロはさらに白々となりながら、じっと項垂うなだれるしかなかった。

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