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000 第二巻発売記念SS 決戦の金曜日

何だかどこかで聞いたことがあるようなタイトルですが……このSSも七夕を扱ったものになります。今年の七夕が土曜日だったので、その前日譚ということで金曜日がタイトルになっているわけです。


さて、七夕といえば織姫と彦星のロマンスが有名で、アジア圏にて様々に受容されてきました。その為、いわゆるナーロッパ的な世界観との相性がすこぶる悪いのですが……まあ、拙作ではあまり気にしてはいけません。なお、時系列としてはWEB版の第一章、また書籍第一巻の後の出来事となります。


 セロがそろそろ夕食でも食べようかと、トマト畑から魔王城に戻ったときだ。


 入口広間にはなぜか、どどんと大きな樹木が置いてあった――しかも人面樹だ。もちろん、魔物モンスターだ。いや、正確には魔樹か。


 セロは土竜ゴライアス様から牙のペンダントをもらっているので、北の魔族領に生息する魔物は基本的にセロと敵対しない。とはいえ、入口広間にいる人面樹は敵対どころか、魔物とは思えないぐらいに超然として、すぐそばにいたルーシーと一言、二言、意思疎通しているようにも見えた。


 そんな様子が気になって、セロは早速ルーシーに声をかける。


「ねえ、ルーシー。そこにいる人面樹はいったい……?」

「おお、セロよ。良いところに戻ってきたな。明日はちょうど七夕になるから、こうして人面樹に来てもらったのだ」


 セロは「ほほう」と呆けたような声を上げた。


 まず七夕という星祭りのイベントが第六魔王国にもあったことに驚いた。


 ちなみにセロのよく知る王国に伝わるものは、いにしえの時代より遥か以前からあった説話をもとにした、いわゆる織姫と彦星のロマンスだ。


 そして、『火の国』由来の笹という植物に短冊を飾って祈願する――最初は旧門貴族の間で雅やかに行われていたが、いつしか国民にも広まって、今では王国各地に七夕竹も自生し、王国民に馴染み深いイベントとなった。


 もっとも、王国も、火の国も、第六魔王国の隣国だし、もしかしたらちょっとした機会に伝播したのかなと、セロは改めてルーシーに尋ねることにした。


「へえ。ここにも七夕に願掛けする文化があったんだね」

「うむ。娯楽の少ない第六魔王国でも大切にされているイベントの一つだな」

「いやあ……まさか魔族がロマンスを尊ぶなんて驚きだよ」

「は? ロマンスだと?」

「だって……七夕といったら、織姫と彦星の一年に一度の邂逅じゃないの?」

「何を寝ぼけたことを言っているのだ、セロよ。七夕といったら、女吸血鬼と牛鬼の一年に一度の格闘戦マッチアップだぞ。ここ百年ほどはずっと同じ者で戦い合って、しのぎを削っている」

「……え?」


 セロは眉をひそめた。


 そして、すぐに頬へと片手をやって、「うーん」とひとしきり考え込むと、「ふう」と息をついてから思考停止した。どうやらこれはいつものやつだなと、セロも諦めたわけだ……


 とはいえ、どれほど魔族的に可笑しく変容・・してしまった七夕だとしても、そのイベントに眼前の人面樹がどうかかわっているのか気になったので、再度ルーシーに質問した。


「それで……そこにいる人面樹は? やけに懐いているようだけど?」

「うむ。母上の時代からずっと七夕戦のプロモーターと審判をやってくれているのだ」

「プ、プロモーター……それに審判まで?」

「その通りだ。『迷いの森』といったら普通はダークエルフの住処として知られているが、他にも虫や植物系の魔物に加えて、その奥地には小鬼ゴブリン大鬼オーガ馬鬼ケンタウロス牛鬼ミノタウロスなどの魔族も集落を作って生息している」

「ふむふむ」

「第六魔王国は領土的に迷いの森も含むとされていて、母上の治世ではダークエルフたちは臣従こそしていなかったものの、母上と敵対もしてこなかった」

「たしか、人造人間フランケンシュタインエメスに封印を施したときも、ドルイドのヌフに手伝ってもらったぐらいだもんね」

「同様に、迷いの森に棲む鬼たちとも、母上はそれなりに仲良くやってきた」

「なるほどね。話の流れが見えてきたよ」


 要するに、いかにも魔族らしく、それらの鬼たちと吸血鬼のどちらかが滅亡するまで総力戦をする代わりに、それぞれで代表を出してやり合うことにしたのだろう。百年ほども同じ者同士で戦っているとなると、一種の親善試合みたいなものかもしれない。


 さらにルーシーに話を聞いてみると、そんな戦いの公平性を期す為に鬼ではなく、迷いの森の魔樹を頼って審判としたそうだ。そもそも、迷いの森の封印に惑わされずに魔王城までやって来るにはどうしても魔樹の力が必要だったとのこと。


 何にせよ、ロマンスの欠片もなさそうな七夕ではあったが、ここでセロはルーシーから当の女吸血鬼を紹介された――


「はじめまして、セロ様。第六魔王就任のご挨拶が遅れまして、大変申し訳ありません。吸血鬼で純血種、侯爵のヴァニラと申します」


 どうやら女吸血鬼ヴァニラは毎年、七夕の日がやってくるまで棺を担いで諸国を放浪して武者修行に励んでいるらしい。


 今年は大陸南西の『最果ての海域』の海底に棺を置いて拠点としながら、魚人系の魔族相手に競泳することで実力を磨いてきたそうだ。


 もっとも、セロは「はあ。そうですか……頑張ってください」としか言えなかった。果たしてその水泳修業にいったいどれほどの意味があるのだろうか……


 そんなタイミングで魔王城に客がやって来た。女吸血鬼ヴァニラの対戦相手となる牛鬼のチョコラトだ。こちらはどうやら小鬼、大鬼や馬鬼たちの集落の代表も務めているらしい。


「おいはチョコラトといいます。おはんがセロ様か。こたびは第六魔王ご就任。まっこておめでとさげもした」


 迷いの森の奥地に棲んでいるだけあって訛りがひどかったが、セロは素直に「ありがとうございます」と返した。そして、すぐにルーシーにこそこそと話しかける。


「ねえ、ルーシー?」

「どうした?」

「こちらのチョコラトさんって魔王なの?」

「いや、違うぞ……というか、セロよ。なぜそう考えた?」

「だって、魔王って種族の王なんでしょ? 小鬼、大鬼、馬鬼や牛鬼をまとめている魔族なら魔王って名乗ってもいいんじゃない?」

「ふむん。なるほどな。たしかに道理だが……このチョコラトは魔王ではない。むしろ、魔王を目指しているといった方が正確だな」

「魔王を目指している?」


 そんなセロの疑問が当のチョコラトにも伝わったのか、「その通りでごわす」と、セロに向き合った。


「だからこそ、カミラ様がけしんみゃした(亡くなった)っけ、おまんさ――いんや、セロ様にお願い申し上げる」


 牛鬼のチョコラトはそこまで言って、アイテムボックスから錫杖を取り出してその先をセロに向けて挑発した。


「第六魔王の座をかけて、おいと勝負してくいやんせ!」


 もっとも、急な展開にセロが呆気に取られていると、横合いから声が掛かった。


「その勝負、ちょっと待ったあああああ!」


 女吸血鬼のヴァニラだ。セロの前にわざわざ立ち塞がってから、牛鬼のチョコラトに対して指を振って抗議を始める。


「そんな話が認められるはずがないでしょう?」

「けども、カミラ様がけしんみゃした(亡くなった)んやから、おまんとやる必要はもうなかとよ」

「いまだに私にろくに勝てない者がカミラ様はおろか、セロ様に太刀打ち出来るはずもないでしょう? その曇りしかないまなこをしっかりと開いて、セロ様から放たれている魔力マナをしっかりと見てみなさいよ」


 そう指摘された牛鬼のチョコラトは渋々とセロに魔眼を向けた。


 直後、ドス、ドスと。あっという間に魔王城の前庭まで一気に後退して、そこで転げて危うく溶岩地帯に落ちかける。


「ま、まさか……こげんとは」

「でしょう? カミラ様以上の化け物よ」

「ぐぬぬ……こげなおっかない魔族が現れるとは、世も末だべ」

「何なら一緒に逃げてあげてもいいんだからね」


 ひどい言われ様だったが、とにもかくにもセロは温かい眼差しで成り行きを見守った。とはいえ、さすがは魔族――強者と戦って散ることに誉れを求めるだけあって、


「けども、そげん、やってみな分からんばい!」


 牛鬼のチョコラトはそう強がって、あくまでもセロと戦いたいと、女吸血鬼のヴァニラと睨み合った。二人の距離は息が吹きかかるほどに近くて、いかにも一触即発だ。


 とはいえ、セロにはどうにも話が飲み込めなかったので、ルーシーにまたこっそりと聞いた。


「ええと……七夕って女吸血鬼と牛鬼との一年に一度の格闘戦マッチアップだったはずだよね?」

「その通りだぞ」

「なぜ僕が相手をする流れになっているのかな?」

「さっきも言っただろう。チョコラトは魔王を目指しているのだ。以前、母上に挑もうとしたが、母上は歯牙にもかけず、たまたまそばにいたヴァニラに相手をさせた」

「なるほど。じゃあ、僕も同様にヴァニラに任せちゃってもいいわけだ」

「まあな。で、セロは結局、どうしたいのだ?」


 ルーシーに逆に問われる格好になったが――当然のことながら、セロとしては全くもって乗り気でなかった。


 もっとも、牛鬼のチョコラトの前で「面倒くさいから戦いたくない」と、堂々と言うわけにもいかなかったので、はてさてどうしようかとセロが迷っていると、ルーシーはやれやれと肩をすくめた。


「つまり、セロの魔眼は反応していないわけだな?」

「え? 魔眼?」

「そうだ。魔族はその魔眼によって終生の好敵手ライバルを見定める。セロの気が乗らないということは、結局のところ、この牛鬼はセロに相応しくないということだ。そんな雑魚なぞ、配下に言って適当に片づけさせればいい。魔王とて暇ではないのだからな」


 とはいえ、魔王セロはトマト畑から帰ってきたばかりで暇を持て余していたわけだが……


 それはともかく、ルーシーが片手で埃でも払うかのような仕草をしてみせると、牛鬼のチョコラトは「ぶもおおお」とセロに泣きついた。


「おいは雑魚ではなかと! それを証明してみせるばい!」


 いかにもセロに強引に襲い掛かってきそうだったので、セロは良いことを思いついたとばかりに、ぽんっと両手を叩いた。


「じゃあ、その力を証明する為にも――今、ここでヴァニラを倒してみせてください」

「ぶも? こんの女吸血鬼……と?」


 女吸血鬼のヴァニラは「ふん。結局、こうなるわけだな」と、改めて牛鬼のチョコラトと相対した。


 セロはやれやれと肩をすくめた。つまるところ、百年ほど前に真祖カミラも似たようなことを考えついて、ヴァニラに面倒事を押し付けたのだろう。


 それだけ長く戦い続けてきたということは、間違いなく二人は実力伯仲――カミラは配下をほとんど持たない魔王だったはずだから、下手にチョコラトを倒して他の鬼たちの世話をするよりも、むしろ適当にあしらっておきたかったのかもしれない。そういう意味では、チョコラトと同等の実力を持ったヴァニラの存在は都合が良かったに違いない。


「というわけで、ここにいる人面樹に審判をお願いするので、あとは若いお二人で――」


 まるでお見合いの締めみたいなことを言って、セロはルーシーと共にその場を後にしたわけだが……


 そこから一昼夜。魔族は空気中の魔力マナを吸収するので食事は必要ないとはいえ、ずっと戦い続ける二人にはセロも感心するしかなかった。


 もっとも、セロにはどうにも不可解なことがあった。というのも、たまに「お、これで勝負がついたかな」と思った瞬間、牛鬼のチョコラトや女吸血鬼のヴァニラはぴたりと攻撃を寸止めするのだ。しかも、わざわざ相手が回復するまで悠々と待ってさえいる。


「ねえ、ルーシー?」

「何だ?」

「あの二人って……いつまで戦っているのかな?」

「そろそろ終わるはずだぞ。人面樹が飽きてくる頃合いだからな」

「審判が飽きて終わりになるんだ……」

「今年もどうせ引き分けだろう。最初のうちは新しい技などのお披露目だから、それなりに楽しいのだが……さすがに一日中やっているとな。母上の時代から続くとはいえ、セロの統治となったわけだし、そろそろこの七夕の格闘戦も見直さないといけないかもしれないな」


 そんなふうにセロがルーシーと話し合っているうちに、人面樹がその枝をにょきにょきと伸ばし始めた。どうやら二人を止めるつもりのようだ。


 これで長かった戦いも終わりかと、セロは思いつつ「ふむん」と息をついた。


 そして、人面樹のそばに歩いていって、ぽんと労うように肩を叩いた。そんなセロの意図に人面樹も気づいたのか、伸ばしていた枝をいったん止めると――


 直後、セロは声を張り上げた。


「七夕の戦いは、今年で終わりにします!」


 それに気づいて、牛鬼のチョコラトも、女吸血鬼のヴァニラも、セロの方を振り向いた。


「ぶもおおおおお?」

「いったいどういうことですか、セロ様?」

「どうもこうもありません。そもそも、二人は本当に全力を出したと言えるのですか? 魔族にとって、戦って散ることこそほまれではないのですか?」


 セロがそう凄むと、二人は思い当たるふしがあったのか、つい無言になった。


「これが最後の戦いとなります。二人とも全身全霊で戦ってください。互いの全力でもって、魔族らしく魔核を潰し合ってください。もちろん、 勝者には相応のものを与えましょう」


 セロにしては珍しい提案だったので、ルーシーは「ん?」と片眉を上げた。


 とはいえ、セロの性格をあまり知らない牛鬼のチョコラトはというと、本来挑むべき第六魔王に蔑まれたと感じて……その一方で女吸血鬼のヴァニラはというと、配下として相応しくないとみなされたと考えて……互いに挽回しようとそれぞれの魔眼を煌かせると、


「いくべ! おいの最高出力だ!」

「笑止! 私の血でもって全てをあがなって差し上げましょう!」


 それぞれの武器を片手に全速力でぶつかった。


 魔核を目指して、この戦いでも最大最強の攻撃――まさに渾身かつ会心の一撃を叩きつけようとした、その瞬間だった。


「ぶも?」

「ま、まさか?」


 二人の間にはセロが立ったのだ。それぞれの武器を涼しい顔つきでいなしている。


 そして、まず牛鬼のチョコラトに向いて、セロが魔眼を煌かせると、以前と同様にチョコラトはその禍々しさに耐え切れずにあっという間に後退して、自然と片膝を地に突いていた。そんなチョコラトにセロは粛々と告げる。


「牛鬼のチョコラトに命じます。第六魔王国の所領・・たる迷いの森の奥地をこれまで同様にしっかりと治めてください」

「へ、へえ! まこて、きばりませ(一生懸命に努めます)!」


 次に、セロはヴァニラの武器を簡単に払うと、


「ヴァニラにも命じます」

「はっ!」

「第六魔王国の監察官として、迷いの森の奥地に赴任してください。チョコラトをそばで補佐してあげるんです」

「……え? あ。は、はい!」


 最後に、セロはルーシーを呼ぶと、その肩を抱いて二人に話をした。


「二人の魔眼があれだけ煌めいたということは、互いに永遠の好敵手ライバルと認めているわけです。それぞれの魔核を潰し合って、魔族らしく誉れとするのもよいでしょう。続けたいのならば、僕はもう止めません。でも、僕やルーシーのように互いを認める同伴者パートナーとなる道もあるはずです。だからこそ、二人には新しい戦いを命じます。共に迷いの森の奥地を盛り上げていってください」


 ついでにセロはそばにいた人面樹に頭を下げた。


「お手数をおかけしますが、どうかこの二人を見守ってくれますか?」


 すると、人面樹はうれしそうに花を咲かせた。その花びらが風に乗って、幾つか宙に華やかに舞った。さながら天の川みたいに輝いて、二人の門出をきらきらと祝う――


 この後、牛鬼のチョコラトと女吸血鬼のヴァニラによって迷いの森の奥地は見違えるほどに発展することになった。とはいっても、二人とも血気盛んでよくいがみ合ったらしく、七月七日になると人面樹に連れられて魔王城までやって来て、セロたちの前で盛大な喧嘩をしたとのこと。


 これが大陸全土にも伝わって、いつしか七夕が夫婦喧嘩の日へと変容してしまったのは――あまり知られていない史実である。


牛鬼のチョコラトは西郷どんをイメージして鹿児島あたりの方言を使っていますが、めちゃくちゃ適当です。ごめんなさい。


それと女吸血鬼のヴァニラは『最果ての海域』で武者修行していたように、真祖直系の三女ラナンシーと仲の良い脳筋系の吸血鬼です。ここらへんはいつかエピソードを書いてみたいですね。

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