203 爆ぜるもの
大変恐縮ですが、この先のエピソードにつきましては、記念SS以外まだ投稿されていません。現在は第三部の外伝Ⅱに新規エピソードを付け足している状況です。
予定としては、その外伝Ⅱにて「古の大戦」を描いてから、この章の改稿を始めて、次いで新話を投稿する予定になります。
ご了承くださいませ。
第四魔王の死神レトゥスは「はっ」として目が覚めた。
ここは地下世界、そのうち最も広大で不毛な大地を誇る霊界だ。今もレトゥスの配下の亡者たちが休むことなく無数の墓を打ち立てている――
最初のうちはドルイドの『魂寄せ』によって、またヒュスタトン会戦にて天使たちが敗れた後は憚ることなく、死神レトゥスも死霊の召喚術によって地上世界に出たわけだが、結局、第六魔王国の策略によって魂が還されてしまった。
「ふん。まあ、構いませんよ。あの様子ではルーシーも、海竜ラハブも、まだ当面は動けないでしょう。ならば、先に浮遊城にいる坊主どもを消せばいいだけです」
死神レトゥスはそう呟いて、墓穴から立ち上がった。
かつて第七魔王の不死王リッチがそうであったように、この墓穴に眠っているレトゥスの本体を潰さなければ、レトゥスは何度でも蘇る。
しかも、生家の小屋で眠っていたリッチとは違って、レトゥスはこの広大かつ不毛な支配地に望郷の念など微塵も持ち合わせていなかったので、墓穴の周囲には幾万もの墓が立ち並んでいた。つまり、レトゥスが命じれば、すぐに亡者の軍勢が身を守ってくれるわけだ。
「さて、やられっぱなしでは癪ですからね。そろそろ、再訪して差し上げましょうか」
死神レトゥスは大鎌を手にしてにやりと笑った。
もっとも、レトゥスは冥王ハデスの忠臣というわけでは決してない。そもそも、第一魔王の地獄長サタンや第三魔王の邪竜ファフニールほどにはハデスに従っていない。
むしろ、当初は第二魔王の蠅王ベルゼブブ同様にハデスを裏切って、第六魔王の愚者セロに同盟関係を持ちかけたほどだ。それでは、なぜこの期に及んでセロを裏切ったのか――
「それは……セロ殿が裏切ったからですよ」
死神レトゥスは口の端を歪めた。
話は単純だ。レトゥスからすれば、セロが第二聖女クリーンを王国打倒の旗印に立てたのが許せなかったのだ。
もともとセロは亡者の不倶戴天の仇とでもいうべき聖職者だったが、呪いによってその本質が反転して魔王になった。いわば、聖職者とは正反対の位置に立つ魔王として、レトゥスからすれば親近感を覚えていた。
もちろん、ハデスも偽神の人工知能『深淵』を目の敵にして、天使と敵対する格好で、その天使が庇護していた地上世界の大神殿を憎んでいた。
だからこそ、レトゥスはハデスの下についたわけだが、
「そろそろ、墓を立てるのにも飽きた頃合でね。何ならハデスの為の墓を作ってあげても良い時期なんじゃないかな」
と、蠅王ベルゼブブ同様に、冥界での硬直状態を嫌ってセロと接触した。
が。
セロはハデスを超えるほどの禍々しい魔力をもってしても、その本質は聖職者のままだった。
「だからこそ、セロ殿も、その妻ルーシーも、身籠ったらしき子供も――全てを絶やしてやる」
死神レトゥスはそう言って、パチンと指を鳴らした。
亡者の軍勢を率いて、地上世界に出て、圧倒的な数の優位でもって浮遊城ごと坊主たちを叩き落そうと考えたわけだ。
が。
「……ん?」
二度、三度、パチンと鳴らしてみても、亡者たちの呻きが聞こえてこない。
生者を決して許さないという怨念、憎悪、それに嫉妬や絶望に塗れた重くて低い声音が一向に届かない状況に死神レトゥスは思わず首を傾げて、すぐさま墓穴から這い出た。
直後、レトゥスはつい明るさに目が眩んで、両腕でそれを遮った――
「ねえ、ベルちゃん。もっと派手にぱーっといく?」
「構わんぞ。モタの最大最火力でもって焼き尽くせ。どうせゴミだ。燃やした方がいいに決まっている」
「そかー。汚物は消毒だもんね。じゃあ、いくよー」
「うむ。ひゃっはー!」
蠅王ベルゼブブと近しくなると、どこぞの世紀末キャラみたいになってしまうのか……
死神レトゥスの眼前にはモタがいて、ベルゼブブと一緒になって、「ひゃっはー!」と言いながら楽しそうに霊界そのものを火の魔術で焼きまくっていた。
レトゥスはその業火のあまりの眩さに、再度、目を覆ってしまった。
というか、ベルゼブブはまだいい。いや、全くもって良くはないのだが……何にしても常識の範囲内の火系の上級魔術で焼き払っている。
おそらくあれがベルゼブブの持つ最高火力なのだろう。もともと虫系魔族だから火系は苦手なはずで、それでもこれだけの威力なのだからさすがは蠅王と称えるべきか。
だが、最悪なのはハーフリングの娘の方だ。
火系の魔術のはずなのにどういう訳か暴発しまくって、爆炎系の火柱がさっきから、ドゴン、ガゴンと、あちこちで上がっている。何が最悪かといえば、爆発しているので地中ごと焼き尽くされて溶岩になっていることだ――
「くそがっ! このままでは墓の下に埋まっている亡者たちの本体までやられてしまうではないか!」
畢竟、それは霊界そのものが消滅することを意味する。
「ふふ。ひゃっはー!」
「にしし。ひゃっはー!」
ドッコン! ガッコン! ドガガガーン!
そんな死神レトゥスの焦燥を知ってか、知らずか――
モタはというと、蠅王ベルゼブブと一緒になって、さっきから「燃やせい! 燃やしまくれい! モタ様のお通りじゃあああ!」と、完全にランナーズハイもとい、マジシャンズハイになっていた。
何せ、数か月に勇者パーティーで湿地帯に攻め込んだとき、あるいは夢魔のリリンと一緒になって通り過ぎようとしたとき、亡者たちには散々にお世話になった。今こそ、その恨みつらみを返すときだとばかり、モタは燃やして、爆ぜて、炎によって霊界そのものを溶かしまくった。
当然、そんな業火がレトゥスだけを素通りするはずもなく、
「こうなったら拙が直接、手を下して――」
と、言い終わるよりも早く、死神レトゥスもひゃっはーされてしまったのだった。
……
…………
……………………
悪い夢でも見ていたかのようだった。
死神が悪夢を見るなど、何とも皮肉でしかない物言いだが、何にしても目覚めは最悪だった。
「…………」
死神レトゥスは無言で起き上がると、「ふう」と一つだけ息をついた。
どうやら墓穴までは爆炎塗れにならなかったようだ。五体満足であることを確認して、レトゥスは上体を起こした。
だが、そのときだった――
「ふむん。こんなところに死神の依り代があったのか」
「え? ベルちゃん。もしかして……この人が死神さんなの? わりと美少年じゃね?」
「見た目に惑わされるな、モタよ。死神なぞ、正真正銘の人格破綻者だぞ」
「そかー。うへえ。じゃあ、早速燃やしておく?」
どっちが人格破綻者だと、死神レトゥスは抗議の声を上げたかったが……
結局のところ、こうして第四魔王、死神レトゥスは蠅王ベルゼブブの麾下に加わった。そのうち、モタが「むふふ」と増長して亡者の美少年ハーレムを作って、第六魔王国の魔性の酒場に対抗して、当然のようにやらかすのは――まだまだ先の話である。