193 人造人間エメスと堕天使ルシファー(中盤)
堕ちていく人造人間エメスをじっと見つめながら、堕天使ルシファーはむしろその姿を過去の自分と重ねていた。
「忌々しい……人間など、全て滅びてしまえばいいのです」
ルシファーはそう呟いて、特級火魔術の『隕石』を落とそうとした。
今も直下のヒュスタトン高原で勝利の美酒を味わっているであろう反体制派に属する人族諸共、袈裟に斬ったエメスを完全に壊してしまおうと考えたわけだ。
だが、その呪詞を謡いかけたところで、ルシファーは詠唱を中断した。
少し離れた宙から『電撃』が放たれたからだ。もちろん、乱層雲がなくなったこの遥か上空では、たとえ認識阻害をかけていても、ルシファーにとって強襲機動特装艦を視認出来たし、強い偏東風の中でその攻撃を避けるのも容易かった。
「そうでしたね。まだ忌々しい飛空戦艦がいたのでした」
ルシファーは滞空すると、強襲機動特装艦に反撃を喰らわそうとした。
だが、強襲機動特装艦はさすがに馬力があるようで、これだけの上空――成層圏にいながらもルシファーから一気に遠ざかっていった。
「ちい! 面倒な。まあ、いい。邪魔が入らないならば、さっさと地上の人族と共に欠陥人間を破壊するまでです」
ルシファーは改めて地上に視線をやった。堕ちゆく過去の自分と決別する為にも――
不老不死についての考え方の違いから、かつての人族が魔族と天族とに分かたれたことはすでに述べた。自らの肉体について魔核を中心に改良して不死性を求めたのが魔族で、一方で天稟を有するヒトのみ複製を認めたのが天族だと――
そのうち、ルシファーは人族の最高傑作と謳われて、最上級の熾天使に選ばれた。だが、当時のルシファーにとって納得出来ないことが一つだけあった。
それは人工知能『深淵』が偽神に過ぎないということだ。幾ら全知全能として設計されたモノだとしても、結局のところ、情報処理機械がヒトの上位にいることがルシファーにとっては堪らなかった。
しかも、その『深淵』がよりにもよって天稟を持たない人族まで保護する立場を明確するに至って、ルシファーは人工知能を神ではなく、邪神だとして弾劾した。
「いいさ。兄さんが真実を求めて戦うというなら――僕も共に歩むよ」
双星としてルシファーと共に生まれた弟のロキはそう言って歩み寄った。
もっとも、ルシファーはいつだってロキを蔑んできた。何ら誇るべき天稟を持たなかったからだ。双星として全てを有して明星の如く輝くルシファーと、何もかも持たずに煌めきの影に隠れるロキ――
そのロキが人族を殲滅するというのだから、ルシファーにとっては皮肉以外の何物でもないなと思わざるを得なかった。だから、ロキと話し合いを持つたびに、ルシファーは極端な考えに引かれていった。
「兄さんの言う通りだよ。『深淵』が保護しなくては魔族にろくに抗することも出来ない者に、生きる価値などあるのだろうか?」
「よくぞ言った。弟よ。その通りです。今こそ、神には死んでもらうときなのです。神の座には私めこそが相応しい」
結果、ルシファーは同朋の天使たちに討たれて堕天して、弟もその後を追うことになった。
ただし、これを機にして世界はさらなる混沌に陥っていった。ルシファーたちは冥王ハデスを焚きつけて、古の大戦を引き起こし、さらには人族の守護者として設計された人造人間を呪って、大陸の国家を壊滅させた。
皮肉なことに、ここにきてルシファーは気づかされることになった。何ら天稟を持たないと思われていた弟には、犯罪者たる才能が隠されていたこと――
そして、ルシファーは新たな計画を立てた。
いつかルシファー自身が世界を創造する為にも。ロキにはこの世界を徹底的に破壊してもらおう、と。
今、その計画は最終段階まできていた。あとは天界に行って、冥王ハデスを打倒し、ロキの代役を十二分に担ってくれた破壊者たるセロを討つのみ――もう手を伸ばせば掴めるほどの位置に、神の座は来ていた。
ルシファーはその手を堕ちていく人造人間エメスに向けながら、
「何にせよ、人になりたいと欲し、人を守ろうと願い、また人の愛を求めた欠陥人間にはここで退場願いましょうか。悲しむ必要などありません。いずれにせよ、人族は全て滅ぼすつもりですから」
そう呟いて、ルシファーはすぐに「ん?」と眉をひそめた。
どこかで種が弾けるような音がしたからだ。その咆哮に視線をやると、エメスの周囲の宙が歪んだ。認識阻害だと気づいたときには、斬られたエメスを抱えるようにして巨大なゴーレムが現れ出てきた――かかしエアリアルだ。
その機体から幾つものファンネルが宙に打ち上げられる。
「まさか! 乗っている操縦者は化け物か!」
ファンネルが縦横無尽に『電撃』を撃ち出すと、さすがにルシファーも逃げ切るのが難しくなったのか、
「ちい! こうなったら、こちらも反撃です――『電撃』!」
もっとも、今度はファンネルが巨大ゴーレムの左手で再構築されて盾となって、ルシファーの攻撃を見事に弾いた。
「何だ、その機体は?」
まるでどこかの御曹司のような台詞を吐きつつも、ルシファーは眼前に迫ってきたエメスの次の言葉を聞いた。
「貴方の敗因は他者を信用出来なかったことにあります」
「ふん! 一人で戦わないなど、魔族の面汚しではないですか!」
「おやおや、ルシファーともあろうものが、まだ理解していなかったのですか。これはもともと貴方と小生との戦いではありません。貴方と第六魔王国との戦いなのです。終了」
「何が言いたい?」
ルシファーが苛立ちでもって返すと、エメスはにやりと笑みを浮かべた。
次の瞬間、エメスは宙を飛んだ。そして、巨大ゴーレムや飛来した強襲機動特装艦と距離を詰めると、高らかに宣言したのだ。
「さあ、いきますよ。合体です! 終了!」
エアリアルは絶賛放映中の『水星の魔女』の機体になります。どこぞの御曹司の台詞も一話で出てきます。個人的には今回のガンダムはわりと気に入っています。特に劇伴がいいですよね。
あと、明日26日(水)は投稿せず、28日(金)に終盤の掲載となります。ご了承くださいませ。