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188 吸血鬼ルーシーと海竜ラハブ(終盤)

 海竜ラハブは水の大瀑布に向けて両手を高々とかざした。


 そのとたん、宙に浮かんだ滝のカーテンがしだいにその形状を変えて、無限大の印を象っていった――さながら永劫の竜(ウロボロス)のようだ。『天峰』の空で轟々と咆哮を上げている。


「仕方あるまい……こちらも、とっておきを出さざるを得ないか」


 ルーシーはそう呟いた。


 当然、ルーシーとて無策でラハブと対峙したわけではなかった。以前、セロにねだって魔王城付近に血溜まりを作ってもらおうとしたように、今、ルーシーのアイテムボックス内には赤湯こってりこと土竜ゴライアス様の血反吐が大量に収められていた。


 ただ、ルーシーは『血の多形術』で矢じりや弾丸などを形成することは得意としているが、身を守る為の盾や防御陣地などを精製するのは苦手にしていた。


 そもそも、吸血鬼の種族特性によって『物質変換マテリアライズ』が出来るとはいえ、もとが血なものだから、水魔術などで攻撃された場合、薄まってしまって破壊される傾向があった。


 実際に、かつて人造人間フランケンシュタインエメスと戦ったとき、『電撃ライトニング』によって全て蒸発させられたのは苦い経験だ。


 そうはいっても、このまま生身であれほどの物量かつ魔力マナのこもった水圧を受け切れるわけもなく――


「やらざるをえまい!」


 ルーシーは下唇をギュっと噛みしめた。


「さあ、覚悟を決めたか? ルーシー!」

「来い。貴女の秘奥義とやら、全て受け止めてみせる!」


 そう叫んで、ルーシーは血反吐を周囲の空間にばら撒いた。


 そして、スキルの多形術によって、かまくらに似たシンプルな要害を瞬時に作りだしてみせた。


「ふん。吸血鬼の最後の棺が血のかまくらとは、何とも芸のないものだな!」


 ラハブはそう嫌味をこぼすと、ルーシーの防御陣形に向けて『大渦潮カリュプディス』を落とした。永劫の竜が牙を剥いて、直下の血の要害に一気に襲い掛かってくる。


「さあ! これで終いだ、ルーシー!」


 天峰には轟音だけが上がった……


 ……

 …………

 ……………………


 さすがに……永劫とまではいかないまでも――


 ルーシーにとっては、その攻撃がいつまでも続いているかのように感じられた。


 まるで時が停まってしまったみたいだった。何より、雪崩にでも弄ばれている気分にもさせられた。


 天峰の大地にしかと二本足で立っているはずなのに、宙から降ってきた大渦潮によって足もとが大いに揺れて、さらに轟音も延々と鳴り止まなかったこともあって、ついには三半規管がおかしくなったかと錯覚したほどだ。


 棺などの狭い場所に閉じこもることには慣れていたはずだが、いつ潰されるか分からない恐怖と孤独に晒されたせいで、肉体的な損耗よりも、精神的な疲労の方がよほど重く、ずっしりときていた。


 ただ、どうやらルーシーはさしてダメージを受けることなく、全てを流し切ったようだ。単なる血ではなく、土竜ゴライアス様の血反吐だったことが功を奏したらしい。


 それでも、はあ、はあ、はあ、と――


 柄にもなく防御に全ての魔力を集中させたことで、さすがにルーシーの疲れも限界に達していたわけだが、


「さあ、ラハブよ……次は、わらわの攻撃を受ける番だ」


 と、かまくらを解いて、ラハブのいる方に視線をやった瞬間――


 ルーシーはギョっとした。


 なぜなら、そこには二重、三重の水の大瀑布があったからだ。


 それらがまさに二の矢、三の矢といったふうに、幾匹もの永劫の竜に象られて、ルーシーに向けて牙を剥こうとしていた。


「ま、まさか……」

「そのまさかだよ、ルーシー。の攻撃を止めたいというならば、ここら近海を全て干からびてみせよ」

「…………」

「まあ、そんなことが出来るのは、天から巨大な隕石を落とせるセロ様ぐらいだろうけどな。あははは!」


 ルーシーは思わず、血の双剣を落としかけた。


 残った気力で二の矢を何とか防げたとしても、三度目以降は難しいかもしれない。そもそも、ラハブはルーシーが屈するまで幾度も攻撃を仕掛けてくることだろう……


 というところで、ルーシーは「ん?」と首を傾げた。


 これほどの特級の水魔術だ。次々と放って、魔力が枯渇しないはずがないのだ。ということは、もしや……宙にある幾つかの渦潮はブラフだろうか?


 そう思いついて、ルーシーはすぐに頭を横にぶんぶんと振った。


 いや、違う。今もルーシーの疲労がしだいに回復しているように、ラハブもその魔力が徐々に戻って来ているのだ――言うまでもない。セロによる自動パッシブスキルの『救い手(オーリオール)』の効果だ。


 だから、その魔力回復分を超えず、天峰の崖下に海がある限り、ラハブは『大渦潮災厄カリュプディス・カラミティ』を連発出来るし、同様にルーシーもゴライアス様の血反吐がなくならない限りは一応防ぐことも可能だといえる。


 ただし、攻めと守りでは話が異なる。肉体的な損耗は何とかなるかもしれないが、精神的なものは別だ――


 それは次第に心の奥底に蓄積されていって、最期は全てを蝕んでいく。そもそも、苦手な防御に全力を割いて、延々と大渦潮から身を守っていては、いつまで経っても勝負がつかない。これではいつ心がへし折られてもおかしくはない。


「だからこそ……ここで一気に勝負を決めなくてはいけない!」


 ルーシーは真っ直ぐにラハブへと向いた。


「ほう、ルーシー。玉砕覚悟にでもなったか?」


 ラハブはにやりと笑って、ルーシーを挑発した。


 実のところ、ここまではラハブの読み通りだった。慎重な性格のルーシーのことだから、最後まで盤面を読みきって、逆に早期に一転して攻勢を仕掛けてくる――長い付き合いということもあって、ラハブはそんな予測を立てていた。


 だからこそ、ルーシーがラハブを睨みつけてきたとき、ラハブはギュっと拳を固く握った。


 これで勝利だ、と。


 本来、ラハブは防御こそ《・・・・》が得意なのだ。


 ルーシーの攻撃を全て受けきって、宙にまだ大渦潮が幾つも展開されたとき、好敵手ライバルはついに敗北を口にするだろう。


「それでは遠慮なく、次々といくぞ! 最大奥義――『大渦潮災厄カリュプディス・カラミティ』だ!」


 ラハブはわざと声を荒げた。さらにルーシーを焚き付ける為だ。


 同時に、ルーシーはその挑発に乗って、「やらせるかよ!」と、ラハブに真っ向から双剣で斬りかかっていった。


 もっとも、このとき、ルーシーもラハブの心の内を読んでいた。今回ばかりはラハブにしてやられた、と。何より、つい数日前・・・のルーシーだったならここで間違いなく敗れていた、とも。


 そう。ラハブは結局、肝心なことを読み切っていなかったのだ――


 ルーシーはもう一人きりでないということ。


 そもそも、ついさっき、ルーシーはセロに言ったばかりだ――「二人力・・・というやつだな」と。


 セロの自動スキル『救い手』はその配下に等しく、身体強化と回復を与える。では、その身の内にもう一人の大切な存在がいた場合は?


 答えは、二倍の力を与える、だ。


 もっとも、ルーシーが最初の剣戟でその力を発揮しなかったのは、単純に怖かったからでもある。ただでさえ強力なセロの『救い手』の効果を二倍も受けて、はたしてその身がもつのかどうか……


 最悪、胎内にいる子供に影響を与えてしまうのではないかと恐れて、自ら力を抑え込んで戦ってしまった。


 が。


 もう躊躇いはなかった。


「セロよ。そして、子よ。頼む。妾に力を与えてくれ」


 宿敵ラハブに一矢報いる為にも。


 そして、セロの隣に座す最強の女性の地位を得る為にも。


「いくぞおおお! ラハブ!」


 ルーシーは珍しく吠えた。


 周囲に散らばっていたゴライアス様の血反吐を無数の矢じりに変えて、駆け出すのと同時、それらをラハブに飛ばす。


「しゃらくさい! そんなものは通じない!」


 ラハブは全身に『竜燐』を現した。完全な防御形態だ。


 そんなラハブに幾つか矢じりが先行するも、ラハブは「ふん!」と弾いてみせた。


 だが、ラハブはすぐに違和感を覚えた。先ほどよりもずいぶんと重い攻撃だったからだ。それがまだルーシーと共に無数にやってくる。


「ちい!」


 ラハブは舌打ちした。


 火事場の馬鹿力かと認識して、ならば全てを受け止めて、最後にルーシーを砕くのみと――


 今度はラハブが我慢比べをする番になった。


「こんな矢じり程度……ふ、ざける、なあああああ!」


 が。ラハブのけき咆哮にもかかわらず――


 竜燐は欠けた。


 次いで、燐が幾つか、ついに弾け飛んだ。


 終いにラハブの全てを剥ぎ取るかの如く、矢じりが次々と直撃して、これはもう辛抱堪らないと、宙にある大渦潮を使って何とかすべきと判断したときには、


「その決断は――もう遅い!」


 ラハブの眼前にはルーシーがいて、Xの字で両袈裟斬りをしてきた。


「馬鹿な……」

「妾を屈服させることにこだわって、奥義をもったいぶったのが仇となったな」


 どさりと天峰の大地に転がったラハブの喉もとに、ルーシーはというと、双剣の先を向けた。


「なぜ……そこまで急に……強くなった? これまでは……手加減でも、していたのか?」

「貴女が言ってきたことだろう? 体を大切にせよと」

「……は?」

「何にしても、妾が強かったわけではない。これは単純に――」


 ルーシーはそこで言葉を切ると、屈託のない笑みを浮かべてみせた。


「そう。母は強し、というやつだよ」


 その言葉でラハブもやっと腑に落ちた。


 そういえば、ルーシーの母こと真相カミラもやたらと強かったなと。遥か昔にものは試しと手合わせしてもらって、ぼろ負けしたのをふいに思い出した――


 そんなカミラの気高き姿がなぜかルーシーに重なって見えた。


「ふん……分かったよ。余の負けだ」


 すると、急に寝転がっていたラハブの顔上で、勝者のはずのルーシーが「うえっぷ」と、口を両手で押さえた。


「おいおい、ルーシー。汚いなあ……魔力酔いか?」


 セロの自動スキルを子供分も受けたのだ。慣れないうちは相当に負荷もかかるだろうと、ラハブも自らの重傷はさておいて、一応心配してあげたわけだが……


「う、うまれる……」

「はあ?」

「今、子が……腹を蹴った」


 ルーシーが屈んでいたので分かりづらかったが、たしかによく見ると、いつの間にか、お腹が大きくなっていた……


「おいおい、十月十日とつきとうかはどこいったんだよ! てか、それってまさかつわりか?」


 ラハブは法術で自らを回復すると、ルーシーをすぐに肩で支えてやった。


「本当に……生まれそう」

「うんこじゃないんだぞ! そんな簡単に生むな! ふんばれ!」

「お腹が痛い……頭ががんがんする……やだよお。セロ、どこおお?」


 こんな弱ったというか、子供っぽいルーシーを初めて見たわけだが、吸血鬼の出産など立ち会ったことのないラハブはというと、新たな(・・・)戦いに向けて咆哮を上げるしかなかった――


「どうすればいいんだあああああ!」


 何にしても、こうして二人の戦いは一部・・、終わったのであった。

その後どうなったのか、いわゆる「出産編」は第四部の外伝で描ければいいなあと思っています。まあ、そこらへんに転がっている邪竜さんが大活躍します。


それはそうとして、なぜそんな急に出産となったかというと、これは吸血鬼の種族に関わる話と、セロの自動スキルによるところが大きいです。詳しくは外伝でこちらも説明します。


今は第四部を締めるというわけで、次は史上最低の戦いが始まります。なお、10月7日(金)の投稿はお休みになります。ご了承ください。

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