187 吸血鬼ルーシーと海竜ラハブ(中盤)
まず、前話で記した通り、『愚者の一躍り』から推敲し直しています。改稿とは違って、新規エピソード追加などはしていません。読みづらかった方は再読いただけたら幸いです。
次に、前後編でルーシー対ラハブは終わる予定でしたが……すいません、嘘つきました。二人の因縁を描いてみたら、ちょっとばかし書き過ぎてしまいました。三編構成にして、次話で本当に終わらせます。
ルーシーが血の双剣による連撃を繰り出すも――
海竜ラハブはというと、両腕に『竜燐』を現わして、それを簡単にいなしてみせた。
かつて魔王城地下の牢獄で人造人間エメスとやり合ったときには、義体化されたエメスを容易に切り刻んだ二対の凶悪な魔剣だったはずなのに、ラハブの肉体には傷一つ負わせることが出来なかった……
もっとも、どうやらルーシーもある程度は織り込み済みだったようだ。
そもそも、ラハブは好戦的な性格から誤解されがちだが、一定以下の攻撃を全て無効化する『竜燐』のスキルによって、最前線に立って味方を守護する盾役が本来の役回りだ。
それに加えて、水魔術や回復・強化などの法術を得意とする水竜の血を受け継いでいる為、冒険者で例えるならば、いわゆる『殴り僧侶』に近く、モンクのパーンチの最上位互換と言ってもいい。
そういう意味では、『血の多形術』というこれまた特殊なスキルを持つ攻撃役のルーシーと、地上最強の守備役のラハブとの対峙――いわば、まさに矛と盾による闘いが繰り広げられていたわけだ。
「ちい! 相変わらず固いな!」
「ふん。貴様の攻撃が弱っちいだけだ。カミラ様は初撃でもって余を斬ってみせたぞ」
「いちいち、母上様と比較するところが貴女の嫌味なところだ」
「だったら、嫌味を言われないぐらいの攻撃を見せてみよ!」
ラハブはそう言って、ルーシーを蹴りで突き飛ばすと、大きく口を開いて魔力を一点に収束させた。竜族特有のエネルギー波による攻撃態勢だ。
さすがにルーシーも警戒して、バックステップでさらに距離を取った。
ただ、ルーシーはすぐに眉をひそめた。この攻撃は本来、ラハブの必殺技のはずだ……
初手からいきなりこんな大上段の攻めをしてくるのはいかにもおかしいと――幾ら短絡的で、猪突猛進で、ちょっと以上にお馬鹿なラハブといえど、ルーシーはいったん攻撃の手を休めて、じっくり観察することにした。
ふむ。さすがだな、宿敵ルーシー。
だが、その慎重さこそ、貴様の弱点でもある――
と、海竜ラハブはにやりと笑って、すでに勝利を確信していた。
実のところ、ラハブはこれまでにも幾度となくルーシーと戦ってきた。地上世界での『万魔節』こと真祖トマト解禁パーティーにラハブが出席するたび、二人は何かといがみ合って喧嘩に発展したからだ。
なぜ、そんなふうに争ったのか――ラハブはふいに思い出していた。
そもそも、ラハブは真祖カミラを尊敬していた。カミラといえば、ラハブでは決して敵わない義父の邪竜ファフニールを勇者時代に討伐して、その後も幾度か衝突しつつも、地上世界の魔王同士、良きライバル関係を築いてきた猛者だ。
しかも、ファフニールが言うところでは、
「あれでもカミラはずいぶんと弱体化したのだ。人族の勇者だった頃は手に負えなかった。結局、我も負けたし、主君ハデス様も、他の有力な配下たちも、全て地下世界へと押し戻された。呪われて魔族になる前のカミラこそ、まさしく世界最強の存在だった」
と、そんなふうに嘆息混じりに回顧したものだから、ラハブはより一層、カミラを崇拝するようになってしまった。
だからこそ、あるとき、トマトパーティーにて、よりにもよってそのカミラから、
「あら、ラハブ。いらっしゃい。よく来てくれたわね。そうそう、紹介したい娘たちがいるのよ」
と、三人の若い女吸血鬼たちを「今後はよろしく頼むわね」と言いつけられたときは、彼女たちについ嫉妬を覚えたものだ。
そのうち、夢魔のリリンと、妖精のラナンシーについては、特に気にも留めなかった。
ラハブからすれば、毒竜の義兄たちとさほど変わらない強さしか持ち得ていなかったし、夢魔と妖精ということもあって、かなり特殊な鬼なのだろうとしかみなしていなかった。
が。
長女として紹介されたルーシーだけは別だった。
「ラハブだったか。これからもよろしく頼む」
「ふふ。貴様……面白いな。余と勝負しろ」
「……は?」
「貴様からはカミラ様に近いものを感じる。つまり、世界最強になれる可能性を秘めているわけだ」
「よく分からん。いきなり、何が言いたい?」
「余にとっては、カミラ様も、義父様も、まだまだ遠い存在だ。だから、ちょうど良い稽古相手がいない。最近は暇を持て余していたのだ。さあ、真剣勝負しろ」
「そう迫られて、はいはい、相手をいたしますよと、答える馬鹿がどこにいるのだ?」
「余の眼前にいる。違うか?」
そう言い切って、ラハブはいきなり『竜眼』を使ってみせた。
もちろん、ラハブは魔族ではないので、竜眼を使うことが必ずしも生涯の好敵手を見定める行為というわけではなかった。
だが、どういうことか、そんな竜眼に引き寄せられるかのように、ルーシーもつい売り言葉に買い言葉で、『魔眼』を使ってしまった。
「ふん。違わないな。どうやら貴女を倒すことが、妾が吸血鬼になった意義なのかもしれない。いいだろう。その勝負――受けてたとうではないか」
「よくぞ言った。若い女吸血鬼よ」
「ルーシーだ」
「改めて名乗ろう。海竜ラハブだ。さあ、闘いの幕開けだ!」
こうして、二人は幾度となく、死線を潜り抜けてきたのだった。
今、ルーシーにはなぜか拭いきれない違和感しかなかった――
海竜ラハブとはそれこそ何度も戦ってきたから、互いに手の内をよく知っている仲だ。
最近、セロの戦い方を見ていて、相手をよく知ることこそ百戦危うからずだと気づかされたわけだが、そういう意味ではラハブとの戦いは必定、いわゆる泥仕合のキャットファイトみたいにどうしてもなってしまう……
「いや、本当に……よく知っていたか?」
ルーシーはそう呟いた。
よくよく考えてみたら、これまではずっと第六魔王国内で戦ってきた。
トマトパーティーで旧交を温めている真祖カミラと邪竜ファフニールに遠慮して、北の大平原や迷いの森付近に移動してやり合ったわけだが――
「そういえば……ここ、第三魔王国で……いや、この『天峰』で戦うのは初めてだったな」
そう。ここはまさに敵地だ。ラハブのホームと言っていい場所だ。
第六魔王国と第三魔王国の違いは、前者は四季が明確で、緑も豊かな地なのに対して、後者は高地で涼しく、海に近いこともあっていつも湿った空気が流れ込んでくるといったところか。
「そうだ。さっきから身にまとわりつく――このひんやりとした空気感」
そして何より、ルーシーが対峙しているのは――水竜の血を継いだ者という事実。
「そうか! しまった!」
「よく気づいたと褒めてやるよ! だが――もう遅い!」
ラハブはそう吠えて、口内に収束させた魔力を「んぐっ」といったん飲み込んだ。
全てはルーシーの注意を引く為のトリックだったのだ。本命はむしろ――と、ルーシーが気づいたときには、その背後にはいつの間にか水による大瀑布が出来上がっていた。
気づかれないように湿った空気を時間をかけて凝縮させたのか、はたまた崖下の海流を引っ張ってきたのか、いずれにしてもルーシーは絶体絶命の危機に陥っていた。
ルーシーの『血の多形術』が血の多寡によって能力が増減するのと同様に、水の魔術も元から大量の水がそばにあるのとないのとでは異なってくる。
逆に言うと、これだけの水を簡単に引っ張って来られるこの地で戦うのは、ルーシーにとって圧倒的な不利に他ならない。
つまり、ルーシーは初手以前から嵌められていたのだ。
「さあ、ルーシー! 喰らうがいい。余の最大奥義――『大渦潮災厄』だ!」




