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185 女豹の意地

「ルーシーよ。いいか、よーく聞け。これから話すことはだけでなく、皆がとっくに知っていることなんだぞ」


 海竜ラハブはそう言うと、いきなり地団太を踏んだ。


 そんな唐突な剣幕に対して、さすがにいつも冷静なルーシーも、「い、いったい……何のことだ?」と、わずかに後退った。


 もっとも、セロも、邪竜ファフニールも、天界デート云々の時点からして、ぽかーんと、いかにもどうでもいいといったふうな表情を浮かべていた。そうした微妙な空気にも関わらず、ラハブはかえって熱のこもった声を上げた。


「あれはつい先日のことだ。女豹大戦を終えて、余は悔しさの余り、セロ様の部屋に忍び込もうという妙案を思いついた」

「……は?」

「何だと?」


 セロとルーシーが素っ頓狂な声を上げるも、ラハブは構わずに話を続ける。


「第一妃のくらいは……仕方ない。たしかにあれは女同士の意地と誇りを賭けた勝負だった。潔く負けを認めようじゃないか……だが! セロ様の貞操だけは先にいただいちゃおうと、他の女豹の皆で結束して、夜分に襲い掛かる計画を立てたのだ。いわゆる夜這いというやつだな」


 そこまで言って、ラハブはいかにも「えへん」と胸を張ってみせた。


 セロとルーシーが二人とも眉間に深い皺を寄せる中で、邪竜ファフニールはつい、ぼそりとこぼしてしまった――


「やれやれ。素直に負けを認めんとは……我よりも見苦しいことをしたものだな」


 直後。ドゴンッ、と――


 ラハブは渾身の一撃よりもよほど強烈な会心と痛恨の一撃でもって、義父ことファフニールを完全に沈めた。


 セロでも止めることの出来ないほど、見事な攻撃だった。もちろん、セロとてファフニール同様に不満を口にしたかったのだが、ラハブの本気と、微塵も動かないファフニールのを目の当たりにして、沈黙は金という格言をふいに思い出した。


 それはまあともかく、ラハブは「ふう」と一息ついて、額を手の甲で拭う仕草をしてから、滔々と語り続ける――


「あの日の晩餐後、エークやアジーンを上手く丸め込んで、お風呂タイムの前に、いざセロ様の部屋に夜這いをかけようというときだった。そう。唐突に、あれ《・・》が聞こえてきたのだ」


 そこまでラハブが言ったところで、セロは「うーん」と、近衛長エークや人狼の執事アジーンに何かしら罰を与えるべきかどうか考えた。


 もっとも、厳しい罰を与えたとしても、むしろご褒美だと喜びそうな二人だ。魔王城に戻ったら、しっかりと二人を問い詰めて、バンジージャンプや流れる温水プールの激流などでこってりと絞り上げないといけないなと決心した。


 というか、そもそも夜這いを公認する部下というのも如何なものだろうか……


 ……

 …………

 ……………………


 セロは天界に赴く前に、配下の中に真の敵がいるような気がしてならなかった。


 そんなセロの迷いはともかくとして、どうやらラハブの熱のこもった無駄な(・・・)演説も佳境に入ったようだ。


「皆でセロ様の部屋に侵入したはいいものの……何と! これからお風呂だというはずなのに、中央にあった大きな棺の中からはしたない嬌声が漏れ聞こえてくるではないか!」


 そう指摘されて、セロも、ルーシーも、つい真っ赤になった。


 たしかあの日は魔王城二階のバルコニーでプロポーズをして、それから二人でセロの部屋に行って、棺の中で朝までずっといちゃいちゃしていたのだった。


 鉄は熱いうちに打てとも言うし、せっかく相思相愛で結ばれたのだから、お風呂ぐらいすっ飛ばしてもいいはずだと勢い任せになったのだ。どのみち鳥たちがちゅんちゅんと囀る頃合いに、生活魔術を一発かけておけばきれいになるのだ。


 何なら、早朝のうちに赤湯を貸し切りにして、ルーシーと一緒にこっそりと朝風呂をいただいたってもいい。そのぐらい、魔王特権で何とかなるはずだ。


 というか、そんな二人の珍しく逸脱した行動とて、女豹大戦の結果を受けてのコト《・・》だったわけだから、誰彼に謗られる必要性もなく、当然のことながら、セロにも、ルーシーにも、全く落ち度はないはずだと開き直ろうとすると――


 さらにラハブが凄いことを言ってきた。


「あのとき、余たちは棺の中に紛れ込んで一緒になって愉しむか、そんなふしだらなことは出来ないと諦めるか、それより棺の中でいったい何が行われれているのか分からないから観察すべきかで立場が分かれて、一晩ずっと嬌声を聞かせられながら喧嘩していたんぞ!」

「…………」

「…………」


 いかにもどうしてくれるといったラハブの剣幕に対して――


 知らんがなと、セロも、ルーシーも、声を大にして言いたかった。声を上げなかったのはそれ以上に白けていたせいだ。


 ちなみに、どうでもいいことだが、一緒に愉しもう派がラハブとダークエルフの双子ディンで、ふしだらだと戒めたのがドルイドのヌフと夢魔サキュバスのリリンで、観察すべき派が人造人間フランケンシュタインエメスだったらしい。


 というか、幾ら耳年増とはいえ、ディンの教育はいったいどうなっているのかと、これまたセロはエークに問い詰めたい気持ちになった。


 あと、エメスは恋愛感情がまだよく分からないということもあってか、そういった行為……というか実践にはどうやらまだ疎いらしい。今度、雄しべと雌しべの受粉からレクチャーしないといけないかなと、セロも項垂れるしかなかった。


 それから、肝心の夢魔のくせして、一番まともなのはかえって如何なものかと、姉としてルーシーは心配しているようだったが、セロとしてはそのままのリリンでいて欲しかった。


 それもともかく、セロとルーシーが結ばれた夜の裏側で、そんな別の女豹大戦が起こっていたとはと、さすがにセロも頭を大いに抱えたくなったわけだが――


「ねえ。これ……どうする、ルーシー?」


 そう問いかけると、ルーシーはやれやれと肩をすくめてみせた。


「どうもこうもない」


 ルーシーはにべもなく吐き捨ててから、セロに向かって「先に行け」と、くいっと指でジェスチャーした。そして、ラハブにしっかりと向き合った。


「結局は、わらわを認めたくないということなのだろう?」

「いや。女豹大戦の結果で、貴様がセロ様の第一妃になったことについてはもう文句は言わない。でも、ルーシー! 貴様にセロ様が守れるというのか?」

「ほう。まるで貴女なら守れるとでも言いたげな台詞だな」

「当然だ。余は海竜。いずれ四竜の一角こと水竜になって、母様のようにこの世界に君臨する資格を有する者だ。天界の『神の座』に着くセロ様を加護するならば、余こそが相応しい!」

「言い切ったな。面白い。ならば、妾は今日このときから『竜殺し』の名でも引き受けるとしようか。鬼の頂点に君臨する吸血鬼には相応しい二つ名だろう?」

「ならば、いざ勝負だ。ルーシー!」

「よかろう。来い、ラハブ!」


 こうして女同士の意地を賭けた、わりとどうでもいい戦いが始まろうとしていたのだった。



これで馬鹿話というか、コメディ寄りの挿話は終わりとなります。あとは――


真相カミラVS愚者ロキ

人造人間エメスVS堕天使ルシファー

近衛長エークと執事アジーンVS悪魔ベリアルと傀儡士ネビロス

ルーシーVS海竜ラハブ


上記バトルをして、そしてセロと冥王ハデスとの対峙となります。よろしくお願いいたします。

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