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184 二心

「お義父様、これまで育ててくれて、本当にありがとうございました」


 海竜ラハブがそう言い切って、瀕死の邪竜ファフニールに対して渾身の一撃を叩き込もうと構えたので、セロは咄嗟に後ろからラハブを羽交い絞めにした。


「ちょ、ちょっと……待って! いったい、何をやっているのさ?」


 ルーシーもすぐにセロの意を汲んで、大の字で寝転がっているファフニールを守るようにラハブとの間に身を挺したわけだが……当然、ラハブは納得がいかないようだ。


「止めないでください、セロ様!」

「いや、だから事情を説明してよ。これはさすがに親子喧嘩の域を超えているよ」

「当たり前です。はここで義父様を討つつもりなのですから!」

「討つって……どうしてそんなことになっちゃったのさ?」

「全ては義父様の悪行のせいです!」


 とはいえ、セロに後ろから密着されたことで、ラハブもやや機嫌を良くしたのか、ギュっと羽交い絞めにされているのをいいことに、まるで猫のようにセロに頬擦りしたり、甘えてみたりしだしたので、さすがに馬鹿らしくなったのか、ルーシーが「こら」とラハブの頭にチョップを喰らわせた。


「あ、痛っ!」

「ラハブよ。もう気は済んだか?」


 ルーシーがそう問いかけるも、ラハブはセロの絞めからごそごそと抜け出して、またファフニールに向かって構えてみせた。


「いいえ。全くもって済んでいません。これ以上は本当に邪魔しないでください。これは邪竜家の問題なのです。幾らセロ様であっても、余は聞く耳を持つつもりはありません。さあ、ルーシーよ、そこをどけ! あ、そうそう、セロ様は余と密着してくれていてもいいですよ。ていうか、むしろそうしてください。その方がもっと強い掌底を繰り出せそうな気がします。さあ、ほら、どうぞどうぞ」

「…………」

「…………」


 セロも、ルーシーも、憮然とした顔つきになるしかなかったわけだが……


 そのとき、地に仰向けになっていたファフニールが、「すまぬ。セロ殿よ。義娘ラハブの好きにさせてやってくれないか」と、弱々しく声を絞り出しながら上体だけ起こしてきた。


「ええと……ファフニール。どういうことですか? わざとラハブに討たれたいと?」


 セロがファフニールにそう問うと、


「義娘の言うことももっともなのだ。我は二心を持ってしまった。魔族として恥ずべきことだ」


 ファフニールはそう断じて、「はあ」とため息をついてからさらに言葉を続けた。


「遥か昔、我がまだ弱っちい毒竜だったとき、ハデス様は他の蜥蜴系の魔族に虐げられていた我を助けて拾ってくださった。そのハデス様が冥王となって、我に地上世界の支配を任してくださってからというもの、我は長らくハデス様の忠臣でいたつもりだ」

「しかし! 義父様は先日、セロ様に負けました!」


 ラハブが滾るような声音を上げると、ファフニールは苦虫を噛み潰したような表情になった。


「ああ、全くもってその通りだ。たしかに我は完敗した。負けた者は魔核を砕かれても文句を言えまい。だが、セロ殿は我に死ねとも、臣下になれとも命じず、それどころか同じ魔王として交誼を結ぼうとしてくれた」


 そんなふうにファフニールは言ってきたわけだが、もちろんセロからすれば、完勝したつもりなど全くなかった。実際に、あのときの戦いはセロの中で最も過酷で、どちらが勝っても、負けても、おかしくはないものだった。


 とまれ、そんな告白によって、セロにもやっと、今のファフニールの態度の理由が見えてきた――


 要は、古の時代に拾ってくれた恩と、敗北した後に命拾いした恩との二つの板挟み(ジレンマ)に悩まされてきたというわけだ。特にファフニールはごりごりの古い価値観を持った魔族だけに、相当に心を痛めてきたのかもしれない……


 すると、ラハブはゴンっと拳をもう片方の掌に叩きつけて凄んでみせた。


「そんなのは単なる言い訳でしょう? 結局、義父様は冥王ハデス様を選んだではないですか!」


 セロとルーシーが二人して目を合わせると、ラハブはセロたちに説明した。


「つい先ほど、義父様はそこの軌道エレベーターで冥王ハデス様を天界に送り出したばかりです。これはセロ様に対する明確な裏切り行為です」


 セロはまたもや納得した。だから、ラハブはファフニールをこんなふうに責め続けていたのかと。


 もっとも、セロにとってそれは別に裏切りに当たるようには思えなかった。たしかに一報もしてくれなかったのは寂しい限りだが、現時点ではセロは冥王ハデスと敵対していないし、そもそもどのような人物なのか、冥界でどういう統治を行っているのかすらよく知らない状況だ。


 その配下の愚者ロキと堕天使ルシファーが何やら暗躍しているということは、真祖カミラや人造人間フランケンシュタインエメスから伝え聞いたばかりだが――実のところ、セロは根本的に『神の座』とかいうけったいなものに興味がなかった。


 だから、もし冥王ハデスが天界にいる人工知能『深淵ビュトス』に代わってその座に着いて、セロが治める第六魔王国に攻め込むようなことをしなければ問題なしと呑気に考えていたし、今回、カミラ、エメスやルーシーの協力を得て、こうして第三魔王国の軌道エレベーターまでわざわざやって来たのも、そのハデスに今後の治世について問い合わせたかったからだ。


 実際に、『万魔節サウィン』の誘いをしてきたのは冥王ハデスの方なのだ。開催場所が冥界ではなく、天界になってしまったが、お呼ばれされた以上はいずれ出向く必要がある。


 もしかしたら、その『万魔節』もルシファーが裏で糸を引いただけという可能性もあるが……何にせよ、セロはそこまで納得済みで、いったん「うん」と首肯すると、ラハブにやっと向き合った。


「ねえ、ラハブ」


 そう声をかけたセロは意外にも、魔神の如き覇気に満ちた魔力マナを放っていた。


「は、はい」

「第六魔王として命じるよ。邪竜ファフニールの処遇については不問……とまではいかないけど保留とする。とりあえず、僕は天界に上って、冥王ハデスや人工知能『深淵ビュトス』と会ってくるから、その帰りを待ってほしい。その後で皆で話し合って決めよう。それと……親子喧嘩はやっぱりよくないよ」

「ですが……セロ様――」

「甘いと言われるかもしれないけど、僕はたとえ裏切られたとしても、その者にも赦しを与えられる王になりたい。魔族となって弱肉強食の観念が顕著になったからこそ、その思いは以前よりも一層強くなったんだ。だから、現状では、ファフニールには情状酌量の機会を与えたいと考えている」

「…………」

「納得いかないか?」

「も、もちろんです……しかし、余はセロ様の許嫁です。この竜眼で見定めたときからお慕いしていました」

「うん」

「だから、今はセロ様に従います」


 ラハブは悔しそうに下唇を噛みしめながらも、拳をおさめてしゅんとなった。


 これにて親子喧嘩は一件落着――とまではさすがにいかないだろうが、それでも一応の着地をみせたわけで、セロはルーシーと互いに肯き合って、改めて一緒に軌道エレベーターに向かった。


 が。


「お待ちください!」


 意外なことに、ラハブが二人の前に立ち塞がった。


 その様子にかえってファフニールの方が戸惑いの声を上げたほどだ。


「義娘よ。いったいどうしたというのだ?」

「余がそう簡単に天界になど、行かせると本気で思っていたのですか?」

「…………」

「…………」

「…………」


 その返答にはさすがにセロも、ルーシーも、またファフニールも沈黙で応じるしかなかった。


 というか、正直なところ、全くもって意味が分からなかった。もしや、気づかないうちに愚者ロキにでも精神操作でもされていたのかとルーシーが疑って、いったん身構えてみせると、


「勘違いしないでほしいのです。余はセロ様を止めるつもりはありません。どうぞ天界にいってらっしゃい」


 唐突にラハブはそんなことを言ってきた。


「じゃあ……いったい、どういうこと?」


 セロがそう問い返すと、ラハブはいかにも「異議あり!」とばかりに、びしっと人差し指をルーシーの方に向けた。


「いつも、いつも、いつも、セロ様といちゃいちゃして……このままなし崩しで天界にデートに行かせてたまるか! ルーシー、天界デートをかけて余と勝負しろ!」


 ……

 …………

 ……………………


 当然のことながら、このとき天峰にはヒューと、沈黙以上に冷たい風が吹きすさんだ。


「いや、デートって……」


 と、さすがにセロも遠い目をしつつも、ラハブはルーシーと無駄に対峙してみせたのだった。



ラハブはアホの子ではありますが、一応ルーシーを引き留めた理由はきちんとあります。次々話あたりで出てきます。


ちなみに次話は短めですが、第四部で最もどうしようもない回になります。

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