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183 愚者の一踊り

 真祖カミラが愚者ロキに対して剣先を向けたとき、


 人造人間フランケンシュタインエメスが堕天使ルシファーに長柄武器ハルバートで特攻したとき、


 そして、人狼の執事アジーンと近衛長エークがかなり痛めの攻撃ごほうびを求めて、玉座でにやけている悪魔ベリアルと宝物庫でご満悦の傀儡士ネビロスに対峙していたとき、


 セロとルーシーは連れ立って、南の魔族領こと『竜の巣』まで徒歩でやって来ていた――






 より正確に言えば、人造人間エメスが作ったリュック型のバーニアを背負って、愚者ロキの策謀が露見する前に浮遊城から発して、王国と第三魔王国との境界付近にある廃墟に下りたわけだが、実のところ、愚者ロキの潜入も、堕天使ルシファーの企みも、セロたちにとってはとうに筒抜けのものだった。


 時間軸はいったん、エルフの大森林侵攻以前にまで遡るとしよう――


「急に報告があるってどうしたのさ、エメス?」


 愚者ロキが魔王城に潜入してすぐに、人造人間エメスはセロのもとにやって来た。


 エメスにしては珍しく、高潔の元勇者ノーブルとドルイドのヌフも連れてきていたのだが、そこで自動読取装置セロシステムに映ったロキの絵姿をセロに見せると、


「え? これが……ロキなの?」


 セロは眉をひそめて、ノーブルとヌフへと交互に視線をやった。


 同じ愚者の称号を持つ者同士、少しくらいは親近感を持ちたかったのだが……それよりもセロには違和感の方が先行した。


 というのも、その人物が以前に砂漠の神殿郡跡で遭遇したルシファーにそっくりだったからだ。他人の空似にしてはよく似すぎていたし、そもそも片翼なのも、その独り言に出てきた「私め」という一人称も含めて、あまりに共通点が多かった。


 かつて天使アバドンが魔族に堕ちたときに、自己像幻視ドッペルゲンガーアシエルという存在が生じたように、今回も同じような種族特性を持った者が出てきたのかと、セロでもすぐに思いついた。


 実際に、ノーブルも、ヌフも、こぞって同じことを考えたらしく、こうしてエメスと共に注進をしにやってきたらしい。さらに、エメスからは古の時代にロキから呪いを受けて、魔族に転じたというエピソードも聞かされて、セロたちの眉間の皺はより一層深まっていった。


「じゃあ……今回、ロキが潜入してきた理由って何なのかな?」


 セロが単刀直入にそんな疑問を口にすると、ノーブルがまず応じた


「魔王城にいる誰かをまた呪うつもりなのではなかろうか?」

「それこそ意味不明でしょう。ここは魔族の拠点です。たしかにダークエルフもたくさんいますが、当方らを呪って何かしら意義があるとも思えませんし、それならとっくにやっているはずです」


 ノーブルに対してヌフが反論すると、セロはその議論をいったん遮った。


「皆、ちょっと待ってほしい。その前に潜入してきたロキについて、今、何かしらの工作対策を取っているのかな?」


 まさか野放しにしているとはセロもさすがに考えていなかったが、エメスがとうに対策済みとでも言わんばかりに、にんまりとした冷たい笑みを浮かべてみせた。


「ご安心ください、セロ様。どうやらロキは小生の設置した自動読取装置の存在には気づいていないらしく、そうした機器による監視だけでなく、ヤモリやコウモリたち、さらにはエークやアジーンを通じてダークエルフの精鋭や人狼メイドたちにも協力してもらって、四六時中、張り付いてもらっています」

「そうなんだ。良かったよ。ところで、皆と一緒にいないようだけど……ルーシーは?」

「はい。実は――」


 エメスによると、ロキは今、大胆にもセロに扮してルーシーと接触しているらしい。


 ロキの扮装については事前にモノリスの試作機を通じて知らせてあって、当のルーシーはというと、


「ならば可能なだけ、わらわはロキとやらの企みを明るみしようではないか」


 そんなふうに「ふんす」と鼻を鳴らして、張り切っていたそうだ。


 もっとも、ルーシーの頑張りよりも先に、エメスはよほどセロに褒めてほしかったのか、


「実は、ロキの発する呟きを読唇にて全て解析してみた結果、どうやら真祖カミラを求めてこの城にやって来たことが分かりました」

「え? じゃあ、僕が新しく第六魔王になったことをロキはまだ知らないってこと?」

「いえ、そうではないようです。おそらく、これから小生たちがカミラと接触する可能性が高いと踏んで、侵入してきたのではないかと。終了オーバー

「ちょっと待って。そもそもエルフの大森林群にこれから向かうって決まったのだって、つい昨日のことだよ。もしかして、僕たちの言動が逆に筒抜けになっているってこと?」


 セロが当然の疑問を発すると、エメスはどうどうとセロを宥めた。


「いえ、そう考えるのは尚早でしょう」

「どういうこと?」

「ロキがルシファーとよく似ていることから鑑みるに、この二人は共謀している可能性が高いと考えられます。以前、砂漠の神殿郡跡の奈落でルシファーが現れた際に、彼奴はセロ様たちにこう言っていたと記憶しています――地下世界にてこれから『万魔節サウィン』が開かれること、それに加えて……」


 すると、ノーブルが「はっ」として声を上げた。


「そうか。アバドンも指摘していたが、たしかにルシファーも、カミラが吸血鬼の真祖でありながら勇者の始祖だったことを示唆していた。その後に、邪竜ファフニールが第六魔王国に攻め入ってきたことも含めて、全ての流れがロキやルシファーの掌中にあったとしたら……」

「そういうことです。小生たちはものの見事に彼奴らに踊らされたことになります。おそらく、今、ルーシーと接触しているのも、小生たちがどれほどカミラの情報を握っているのか、その確認の為かと思われます。終了オーバー


 エメスがそう答えたので、セロはいったん顎に手をやってから「ふう」と小さく息をついた。


「じゃあ、エルフの大森林群への訪問を遅らせる? むしろ、今の時点でロキを捕まえるとかさ?」


 セロがそう考えを口に出すと、ヌフが頭を横に振った。


「当方の封印をもってすれば、捕まえるのはそれほど難しくはないでしょう。しかしながら、ルシファーを警戒させることになります。下手をしたら、表に出てこなくなる可能性もあります」

「エメスによる拷問で全てを吐かせられないかな?」


 すると、今度はノーブルがため息混じりに応じた。


「もし、執事のアジーン殿や近衛長エーク殿みたいな歪んだ性へ……ん、おほん、失敬。ええと、少しばかり他人と異なった趣味を持っていたら、かえって喜ばれるだけでは?」

「…………」

「…………」


 セロとヌフがいかにも「それもそうだ」といった白々とした視線で天を仰ぐと、そんな嗜好に毎日付き合っているエメスが一歩だけ前に進み出てきた。


「小生は提案いたします――かえって彼奴らの企みに乗ってやりましょう。終了オーバー


 こうして魔王城が浮遊することで宙の檻の中にロキを閉じ込めて、ヒュスタトン会戦中に天族を討ち取る為にルシファーが地上世界に出てきたときに見逃さないように強襲機動特装艦かかしエターナルを発進させて、常時警戒に当たらせた。


 そして、ロキやルシファーにわざと侮られるように、セロたちはいかにも古い価値観を持った魔族らしく、それ以降は話し合いなどは全くしないで、とりあえずどーんと行って、がーんとやって、ばーっと去っていくような騒動をわざと引き起こすことにした。


 エルフの大森林群への侵攻がそうだし、『天の火』もそうだし、何ならモタとアジーンの結婚騒動もそうだ。もっとも、天の火だけはセロも驚きを隠せなかったわけだが……


 何はともあれ、そうやって潜入工作中のロキに疑われないようにと、セロたちも色々と気を付けながら、相手の思惑に乗って行動した。その結果、セロとルーシーは言葉巧みに二人に扮したロキに誘導される格好で、このタイミングで天峰にある軌道エレベーターへと向かわせられたわけだ――






 セロとルーシーの行く手には、竜の大群がいた。


 竜とはいってもほとんどは毒竜で、邪竜ファフニールの眷属の魔物モンスターたちだ。四竜から血を継いだ超越種直系ではなく、どちらかと言うと蜥蜴系最強と謳われるバジリスクに近い。


 つまり、聖竜への階段を上り始めたドゥーズミーユと同様に、ファフニールも邪竜としてはまだ四竜の頂きには届いていないということだ。もしファフニールがその域に達したならば、眷族もこぞってヤモリ、イモリやコウモリたちと同様の力を得て進化するのだろうが――


 セロたちの前に、毒竜の群れから数匹が進み出てくると、


「セロ様、ルーシー様、どうかお通り下さい。我々は父上からお二人を止めるようにとは申し受けておりません」


 そんな殊勝なことを言って、全員が頭を下げてきた。


 他の竜たちとは体躯がずいぶんと違うことから、おそらく海竜ラハブにいつもかまっているとかいう兄たちに当たるのだろう。たしか一度だけ邪竜ファフニールと対峙したときに会っていた気もするが、さすがにセロには見分けがつかなかった。


 何にせよ、セロは小さく肯くと、ルーシーと共に歩み始めた。


 第三魔王国は第六魔王国とは違って、高地だけあって空気が薄く、また海が近いこともあって湿った空気が流れ込んできた。もっとも、そんな気象とは明らかに異なって、火山国でもないのに――


 先ほどからなぜか地揺れがひどかった。


 天峰に近づくにつれて、爆発に近い轟音まで聞こえてきた。


 これはいったいどうしたことかと、セロも、ルーシーも、訝しみながらもやっと天峰にたどり着くと、そこでは人型化した邪竜ファフニールが血塗れになって大の字になって倒れていた。ファフニールを殴り倒したのは――海竜ラハブだ。


 そのラハブが哀しげな表情を浮かべつつも、こう宣告したのだった。


「次で最後です。今生のお別れを告げます。お義父様、これまで育ててくれて、本当にありがとうございました」


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