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182 火事場泥棒

 人狼の執事アジーンは、くん、くん、と鼻を鳴らして、すぐさまぴくりと獣耳を立てた。


 今は浮遊城一階の温室内にいる愚者ロキを閉じ込める為に、人狼メイドたちが即席で作ったバリケードの前に立っていたわけだが、


「これは……もしや侵入者か」


 そう呟くと、人狼メイドの掃除担当ことドバーに肯きで合図を送った。


 ドバーにすぐに調査せよと命じたつもりだったが、「ん?」と――アジーンはふいに悪寒を覚えた。そもそも、飛行している浮遊城に侵入してくる時点でおかしいのだ。


 超越種のコウモリたちが城の周囲を固めているはずだし、それに有翼ハーピー族の女王オキュペテーの来訪以降はその近衛たちも城の外周に留まっている。だから、外から物理的に飛来してきたというのは考えづらい。


 となると、転移してきたとするのが妥当だ。もっとも、ヒュスタトン会戦からこっち、人族で法術が使える高位の術士はほとんど捕えているはずだから、それ以外でやって来るとなると地下世界の者たちに限られてくる……


 そうだとすると、ドバーだけでは危険だ。


 アジーンは即座にそう判断して、ドバーをいったん止めて、温室の奥にいる近衛長エークへと視線をやった――


(エークよ。侵入者だ。不敬にも玉座の間にいる)

(馬鹿な……いや、転移系で直接乗り込んできたということか?)

(その考えるべきだろうな。セロ様もルーシー様も不在で、カミラ様とリリン様が動けない以上、手前てまえたちで対処しておきたい)

(分かった。付き合おう)

(その前に決めておきたいことがある)

(何だ、アジーンよ?)

(手前が肉壁役だ)

(待て。卑怯だぞ! 私も――打たれたいし、切られたい!)

(貴殿は一応、職業からして中後衛役だろう?)

(前衛だって出来るぞ。そもそも、それを言ったら貴様こそ、月明かりの見えない室内では弱体化するはずだろ?)

(むしろそれがいいのだ)

(くっ……羨ましい)


 本当に無駄に見事なアイコンタクトである。


 もちろん、打たれたり、切られたりすれば、相当なダメージを負うわけだが、セロの『救い手(オーリオール)』で回復するので、いわば戦闘は二人にとって趣味と実益を兼ねている。


 とまれ、そんな緊急事態もあって、エークは急がないと前衛役を取られると、腰の短剣を手に取って、カミラに意味ありげな視線を送った。


(カミラ様、侵入者です。私がこの温室から出て対処します)


 そう伝えたかったのだが、当然のことながらカミラにはさっぱり通じず、


(あら、こんなときに口説こうとでもしているのかしら? 嫌いじゃないわよ、そういうところ。うふん)


 逆にそんな妖しげな大人の視線を返されたので、エークはいったん天を仰いだ……


 次いでリリンにも目で伝えようとしたのだが――逆になぜか睨み返されてしまった。ガンをつけているとでも勘違いされたようだ。


 どこぞのヤンキーじゃあるまいし……と、エークはため息をつきたくなったが、まあ、愚者ロキと対峙している最中だから気分が高揚しているのだろう。


 エークとしては、伝え方が悪かったと諦めるしかなかった。どうやらこのアイコンタクトのスキルは性癖的にあれでないと通じないらしい。


 つまり、この世界で以心伝心出来るとしたら、あとはせいぜい第二聖女クリーンくらいだろうか。ほとほと無用なスキルである。


 それはさておき、アジーンはすでに上階へと動いていたので、エークも急ぐことにした。


「ロキよ、喰らえ!」


 エークはわざとらしく声を上げて、愚者ロキの背後から短剣でうなじのあたりを狙った。


 だが、さすがに無謀な攻撃だったらしく、当のロキはというと、反転してエークの行動を見極めるまでもなく、片手で短剣の刃先を防ごうとした。


 直後だ。


「あら、残った片手だけで――」

「私たちの攻撃を防げると思ったか!」


 エークの行動があまりに無理筋だったことに加えて、事前の不自然なアイコンタクトの成果もあって、何かを悟ってくれたのか、カミラが片手剣で、またリリンも大鎌サイスでもって、同時にロキに真っ向から斬りかかった。


「ちい!」


 ロキはそんな結果的に(・・・・)見事な連係に舌打ちしつつも、無詠唱で魔術を唱えようとした。


 が。


 そのすぐ横をエークは過っていった。そして、カミラやリリンとすれ違いざまに、


「ここはお任せします。私はアジーンと共に上階に向かいます」


 そう伝えるや否や、温室から出て行った。


 残されたカミラとリリンはというと、ロキに一撃を加えようとするも、やはり防がれて、魔術による第二次攻撃を警戒していったんまた距離を取った。


 もっとも、ロキもエークが退出したことで何かに感づいたのか、すぐ真上の天井にちらりと視線をやった。


 いかにも訝しげな表情だ――どうやら、侵入者はロキの仲間というわけではないらしい。


 何にせよ、ロキはエークのことも、侵入者のこともどうでもいいといったふうに、再度、宿敵カミラに剣先を向けたのだった。






「ぜってー、俺らの存在なんて忘れられてるよな?」

「死ね」

「いきなりそれかよ」

「他に何があるのです。あれからどれだけの苦渋をわたしたちが舐めさせられたと思っているんですか? マジ死ね」

「いやあ、まあ……悪かったと思っているよ」


 そう言って、悪魔のベリアルはバツが悪そうにぽりぽりと頬を掻いた。


 相変わらず小粋なドレッサーといったふうで、シンプルでトラッドな黒シャツと黒パンツスタイルをやや着崩して、自信に満ちた面立ちだ。


 女性は全員すぐ口説くといった、どこか軽薄そうなラテンの雰囲気もあるが、何せ第一魔王こと地獄長サタンの側近で、古の大戦時に地上世界に幾つもの伝承を残した大悪魔だ。


 一方で、そんなベリアルといがみ合っているのは同じく悪魔で傀儡士のネビロスだ。


 ゴシック趣味の少女で、ベリアルとは対照的にどこか起きがけといったふうで、銀色の髪も乱れ放題、目の隈もひどく、纏っている黒のマントにもほつれなどが目立つ。


 ただ、手にしている西洋人形ビスクドールだけはとても綺麗で美しい。実のところ、ネビロスの本体はこちらの人形だ。


 さて、そんな二人はというと、エルフの大森林群の前でセロに土下座してからというもの、逃げ去るようにして地下世界にいったん戻った。


 もちろん、上司であるサタンに経過報告をする為だが、当然のことながら許されるわけもなく、三日三晩、文字通りに地獄の苦行を味わった。


 とはいえ、冥王サタンから地下世界の守護を仰せつかった地獄長サタンとしては、蠅王ベルゼブブや死神レトゥスの反旗を止めるのに現行戦力を削るわけにもいかず、またその二勢力と関係が密になった地上の第六魔王国を牽制する為にも、二人を利用する必要があったので、今回もまた仕方なく敵の本丸へと送り出した――


「今度ばかりはミスは許されないぜ」

「前回も降魔術の最中に邪魔してくれなければ、あんなことにはならなかったのです」

「だから、悪かったってよ。それより、ここは魔王城の玉座の間じゃねーのか?」

「人っ子一人いませんけどね、死ね」

「もしかして……違う城に降魔したとかじゃねーだろうな?」

「いえ。間違ってはいません。前回、万が一を鑑みて、第六魔王国の浮遊城に転移の座標を定めておきました。ほら、そんな深慮遠謀なわたしを褒めてくれてもいいのですよ」

「おー、よちよち。よーくやったねー。偉いでちゅねー」

「どうにも褒め方がムカつきますが……」

「何にせよ、じゃあ、ここがその浮遊城で間違いないってことか」


 悪魔ベリアルはそう言って、玉座に腰を下ろした。


 もちろん、ベリアルも地下世界では長らく魔王だったので、玉座には座り慣れていた。今は地獄長サタンの下についたわけだが、それでも野心は忘れていない――


「へへん。いや、まあ、悪くはない座り心地だな」


 一方で、傀儡士ネビロスはそんなベリアルの行動を咎めるよりも、この玉座の間に併設してある宝物庫の方がよほど気になったようだ。


 認識阻害が幾重にもかかっていたが、ネビロスにとっては破るのも容易で――かつては空っぽで、せいぜい無駄に金で出来たセロのピラミッド風衣装ぐらいしか納めていなかったこの部屋も、今では金銀財宝で彩られていた。


 そのほとんどは不死王リッチの墳丘墓から持ってきたり、西の砦に溜め込んであった高潔の元勇者ノーブルのへそくりだったわけだが、それでもさすがに大陸の覇者――


 この宝物庫には大陸の財宝の半数近くが納まっていた。まさに目を奪われるほどの景観だ。


「おお……これだけの財宝があれば……千年は寝て暮らせます。いっそここで死にたい」


 浮世のことなど露知らぬといったふうなネビロスだったが、意外なことに現物好きらしい。ぽとりと人形を金銀の上に寝かせて、悦に入っていた。


 もっとも、そんなふうに浮かれていた二人の前に――


「その玉座は、貴殿程度の魔族が座ってよい場所ではない」


 人狼の執事アジーンが駆けつけてきた。


 また、そんなアジーンのすぐ横に並び立つ格好で、


「そこの女。宝物庫に手を付けてみよ。砂漠での強制労働が待っているぞ」


 近衛長エークも慌ててやって来た。なぜか二人して肩を突き合って、我先にと前に出ようとしている……


 こうして浮遊城の玉座の間では、人狼の執事アジーンと近衛長エーク、対して悪魔ベリアルと傀儡士ネビロスとの戦闘が始まろうとしていたのだった。


「手前が前だ! 打たれるのだ!」

「いや、私だ! 抜けがけは許さんぞ、アジーン!」

「はあ、女をたくさん侍らせて、玉座にまったり座っていたいぜ……」

「この金銀財宝……寝心地がいい。死ぬ」


 ……

 …………

 ……………………


 ……そう。多分、始まろうとしていた。



第四部の序盤こといわゆる仕込み回は次でおしまいになります。


ちなみにアイコンタクトこと以心伝心のスキルについてですが……よくよく考えると、拙作で性癖的にあれな人物って、人狼のアジーン、ダークエルフのエークと聖女クリーンしかいないんですよね(泥竜ピュトンはギリギリで踏み留まっています)。


そんな濃い三人のせいで、この世界は歪んだ性癖で満ちている印象があったのですが、わりとまともな世界だったんだなと作者として改めて気づけました。良かったです。


そうそう、アイコンタクトは受けの三人間だけでなく、もちろん攻めのエメスにも伝わります。カミラも性格的には攻めなのですが、まだあれな実戦経験が足りていなかったのでしょうね。あと、攻めっぽいというと、有翼族のオキュペテーも女王だけあってそうなのですが……はてさて。

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